呪いを打ち砕く、その方法

「――で、その呪いってヤツをどうやって調べるんだ?」


 ロコがそうやって豪語ごうごするのはわかったが、実際のところその具体的な案はまだであった。この家にはものが少なく、とても何かを調べるのには向いた部屋ではなかった。もし仮に外に出るのだとしたら、それはそれで危険が増してしまう。だからその具体的な案がとても気になる真華しんげだった。


「うん、ちょっとついてきて――」


 そう言うと、ロコは立ち上がり、部屋の奥の方へと進んでいく。そしてロコの指示通り、真華もそれについて行く。廊下のような通り道を歩いていくと、その最奥には階段があった。どうやらそれは地下へと続いているようだ。まさか地下に何かあるのか、といぶかしげに思いつつ、その先には何が待っているのかと期待に胸を膨らませる真華であった。そして2人ともその地下世界へと歩みを進めていく。


「……ここは?」


 階段を降りた先にあったのはまたしても廊下であった。その先にはおそらく次の部屋へと繋がるであろう扉がある。さっきまでの木造の作りとは違い、今度はおそらく鉄のような金属で出来たであろう銀色の壁で構成されていた。そのいかにも異質さがただよう空間に、真華はたまらずロコに質問する。


神の脳内ディバイン・ブレイン。まあ、平たく言えばありとあらゆることが記された本が置いてある図書館みたいなものね」


 そんな説明をしながらも、ロコは扉に何やらパスワードのようなものを入力して扉を開けていく。するとそこにあったものは――


「うっわぁー! すっげぇー……」


 まるで螺旋らせん階段のように中心に大きな穴が空いており、その穴に沿って円を描くようにベランダみたいに足場があり、そして落下防止用にふちに柵が出来た空間がそこにはあった。あまりにも見慣れないその空間に、ワクワクが止まらずにすぐに柵のところに掴まって乗り出すように、下を見下ろす。するとそれはもはや光が届かず底が目視することすらできないほどに、深くまで続いていた。そしてその円の壁側には、びっしりと本棚に無数の本が置かれていた。もちろんそれは下の方にも、上の方にも隙間なく埋められていた。上の方も、どこまで続いているのだろうかわからないぐらいに高さがあり、どこかに窓がついているのか、上から光が差し込んでいた。


「……ん? なあ、この空間に上があるってことはこれ、地上を突き抜けてないか?」


 そんなとてつもなくでかい図書館に圧倒されながらも、真華はふとそんな疑問が浮かんでくる。ここは地下であるからして、上の方に空間を作っていけばいつかは地上へと辿り着いてしまう。そして光が差し込んでいるということは、何かを発光させていない限り太陽の光が差し込んでいるということになる。ならば地上を突き抜けていないとおかしいのだが、先程の家に入る時にはそんな天にまで昇るような高さの建物はなかった。


「あぁ、ここはさっきまでいた私の家とは別の空間。そうね、この世界のどこかにそれぐらいバカでかい図書館があって、その入口と私の家の地下への入口が繋がってると思って」


 その疑問に、そんなふうにわかりやすくロコは説明をする。


「へ、へぇー」


 だとしても、これだけの施設をあたかも自分の私物化するかのように自身の家と繋げてしまうとは。そんな大胆な行動をしているロコに圧倒されてしまう真華だった。


「で、こんな莫大ばくだいな量から、どうやってそんな小さいことを調べ上げるってんだよ?」


 億、いやもはやそれ以上にあるかもしれないこの本の数の中から、自分たちが必要な情報を探るのにはどれだけの時間がかかることだろうか。それにそもそも足場はこの階にしかなく、下や上の方の本を取りにいけるようなエレベーターとかそういうたぐいのものはなかった。はたしてこれではどうやって調べればいいのか、真華にはそれがわからなかった。


「バカね、あなた。これだけの量あるんだから、検索機能があるに決まってるでしょ」


 さも当たり前かのように、真華を小馬鹿にしてそう説明するロコ。それを今から実践すると言わんばかりに、ロコは真華と同じ柵の近くまで歩み寄り、一つ大きく息を吸って、


情報倉庫データベース!」


 近くにいる真華には耳が痛くなりそうになるぐらいの大声で、そう叫んだ。すると下の闇の中から何十年も前の、小学校のPCルームとかでしたお目にかかれないような箱型のパソコンがやってきた。もちろんそれは人間の世界では到底理解の及ばない理屈で出来ているであろう、画面に顔、横からは手が、そして下からは足が生えた、ちょっとキモダサい生き物であった。


「検索したいキーワードを提示ください」


 そのパソコンがいかにもな機械ボイスで喋り始める。一方、真華はどうして宙に浮いて、しかも動いているのかとても興味津々で、舐め回すようにそのパソコンを見回していた。


「……人を魔法使いに変える儀式」


 ロコはそのパソコンの指示で腕を組み、少し考えるような仕草をしてストレートに検索ワードを提示した。


「ケンサクチュウ……ケンサクチュウ――」


 そのロコの検索ワードで、検索を始めるパソコン。それがまたわかりやすいように画面に砂時計のマークが出て、何回も回転していた。


「……ヒット! 該当する本:1件」


 そして数秒して、情報倉庫データベースからそんな回答が舞い込んでくる。


「ビンゴねっ!」


 そうロコは子供みたいにジャンプして喜びつつも、内心その1つのキーワードだけで1冊にしぼれたことに驚く部分もあった。


「ほえー便利だなぁー」


 これだけの数があり、さらに本の内容も検索ワードと照らし合わせなければならないのに、それがこの数秒程度で検索できてしまうことに感心する真華であった。そんな中にも、その該当すると思しき本がまるでエレベーターのように下の方から上がってきて、宙に浮かんだままロコの前で停止した。それをロコが手に取り、さっそく本を開いていく。


「――ふむふむ、どうやら『不老不死』の呪いにかかったようね」


 その内容をざっと流し読みのように読んで、今回かかった呪いの内容を暴いていくロコ。


「不老不死ィ? おいおい、とんでもなく迷惑なもんにかかってんじゃねーか!?」


 その内容に、急に不安と心配が込み上げてくる真華。たとえロコを信じたとしても、その不老不死が解決できるのか、そもそもどうやって解決するのか全くもって想像がつかなかった。


「大丈夫。ちゃんとここにもその解除法がご丁寧に記載されているわ。何々――」


 その取り乱している真華を安心させるように、本の内容をさらに明かしていくロコ。そして次に解除法の具体的な手順の項目に目を向けていく。すると、そこに記載きさいされていたのは――



『魔女から口づけのキスを受けること』



「なぁにこれぇ?」


 ロコはその意味不明な解決方法に、とても女の子がしていけないような顔をして声を上げる。


「んーてか、どういう理論なんだ、それ?」


「ここには『魔女のマナを口づけによって譲渡し、その力で呪いを内側から破壊する』って書いてあるわ」


 そのくだらない内容にあきれた声を出しつつ、その解決策の理由付けを語っていく。どうやら本来マナを持たない人間がかかる呪いのため、マナの力で十分に破壊することができるようだ。儀式の失敗で、そんなにももろい呪いがかかるのかとさらに呆れていくロコであった。


「へぇーなんかよくわかんねーけど、とにかくそれで出来るんだな。じゃあ――」


 その理論を聞いてもよくわからなかった真華はとにかくその書物にかかれた通りにしてみようと考えた。両手でロコの肩を掴み、顔をかたむける。


「ちょっ!? い、いやよッ!?」


 それですぐに何をされるのか察しがついたロコは、慌てふためきながらもそれを拒否していく。


「おいおい。俺を不老不死にしたままでいいのかよ!」


 呪いを解かなければ、真華はこのまま一生この先生き続けてしまう。本人がどれだけ死にたいと思って水に顔を埋めても、首を締めようとも、腹にどれだけの包丁を指したところで、決して死ぬことは許されないのだ。でも、今はそれを解決する確かな策がある。それをしないで、彼を不老不死にしたままにするのはあまりにもこくであろう。


「で、でもぉー……」


 だが、ロコもれっきとした1人の女の子なのである。人間の異性と口づけを交わすことは、それ相応の勇気や覚悟がいることであった。そして何より――


「そう乙女になんなって、どうせ一回の口づけくらい、たいしたことないって!」


「た、たたっ、たいしたことあるわよッ!? だって、私まだッ――」


 勢いに任せて、言わなくてもいいことまで言ってしまいそうになるロコ。とっさにそれに気づき、口を両手で抑えるが時既に遅し。もう真華の耳にはその意味がわかるところまで聞かれてしまっていた。


「あれ、意外とまだキスもしたことない感じ?」


 真華から見れば、彼女はとても美人で恋の1つや2つぐらいは平気でしてそうなものであった。だがその予想は意外にも外れていたようで、どうやらキスすらまだしたこともなかったようだ。


「あっ、あたりまえでしょ……」


 完全に乙女になって縮こまり、頬から耳まで真っ赤に染めて恥ずかしそうにその質問に肯定するロコ。それを受けて、真華は一旦どうしたものかと考え始める。


「……まぁーそっか、本人が嫌がっているのにムリにするのは可哀相だよなぁー……あっ、そっか、魔女だったら別に誰でもいいんだよな! だったら、キミである必要性はないしなっ」


 相手の意思を無視した行動は、それこそあの時と儀式と変わらない。それではロコがあまりにも可哀相だ。そして何もロコである必要性はない。魔女はこの世にまだ何千万、何億といるのだ。マナさえあればいいのだから、わざわざロコであることもないのだ。それに気づいた真華はロコから手を離し、呪いの解除を一旦諦める。


「そ、そうねっ」


「……んん? でも、その理論だとなんか変じゃないか?」


 だけれど今まで得られた情報を改めて精査していく内に、真華はふとある矛盾した点に気づいてしまう。


「え、どうして?」


「だって魔女はマナを持っているのに、呪いにかかってる。しかもたぶんそれ、まだ解かれてないんだろ? 変じゃないか?」


 マナによって不老不死の呪いが破壊できるなら、最初からマナを持つ魔女たちがその呪いにかかるのはおかしい。もし仮にかかったとしても、それはかかったそばから破壊されてしまうはず。でもロコの発言からして、彼女はまだ呪いにかかっているようだ。だとするならば、マナの力で破壊できていないということはその書物の記載と矛盾してしまう。そう考えた真華であったが、


「ああ、ごめなさい。言い方が悪かったわね。私の呪いはあなたの呪いとは別。人間には人間の、魔女には魔女の呪いがかけられるの。そもそも儀式っていうものは、神に祈りをささげて力をもらうっていう厳かなもの。だから失敗は許されない。言ってしまえば、それは失敗した罰のようなものね」


 ロコはその勘違いをさせてしまったことに軽く謝罪し、すぐに正しい情報に訂正していく。


「ふーん。じゃあ、魔女の呪いの方は何だったんだ?」


 その書物は今回の儀式のことに関する情報が詰まっているもの。だからそこには魔女がかけられてしまった呪いに関しても記載されているはず。そう考えていたのだが、


「んー……それがそれっぽいものが書いていないのよね。情報のロックがかけられて閲覧できないのか、そもそもどうなるのかは神さえ知らなかったのかなぁー?」


 ロコは難しそうな顔をしながら、そんな事実を告げていく。最初から最後まで一応は読み、さらにもう一度頭から目を凝らしてじっくりと調べていくが、どこにも『魔女への呪い』に関する記述はなかった。この神の脳内ディバイン・ブレインの管理者は当然ロコではなく、別の者なのでその人が見られたくない情報にはロックがかかってしまう。なので権限がないと閲覧することは不可能、なんてことは多々あった。今回もそれなのか、はたまた最初から記述されていなかったのか。いずれにせよ、結局ロコはその情報を得ることは叶わなかった。


「うーん、でもまいったな。どんな呪いかもわからないなんて」


 今現在、2人は最も不利な状況に立たされていると言っても過言ではないであろう。何に関しても大切なことは『情報を持つ』という情報アドバンテージが大事になってくる。何も知らない状態では、どうにも対策がしようがなくなってしまう。真華はそれに困り果てる一方、


「大丈夫よ。そんなに不安にならなくても。あなたが不老不死の能力を手にしたように、ポジティブに考えればむしろご褒美な呪いかもしれないんだから」


 ロコは楽観的にものを考え、そんなふうに自身への呪いを考えていた。


「それこそポジティブな考え方だな」


「とりあえず、戻ってお茶にでもしましょうか」


 ロコの呪いの情報は得られなかったが、真華の方では進展があった。後はその解決法だが、それはとりあえず後で考えて今は家へ戻ってまったりとするようだ。そんなわけで、2人は本を元に戻して来た道を戻り、ロコの家へと帰っていくのであった。

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