魔女の家と儀式

 それからしばらく飛行し続け、木々が生い茂る森の中へと降りていく。そして少し歩いて、何もないところでロコが突然に手を前に出して数秒その姿勢のまま止まっていた。それを真華しんげは不思議がって覗き込むようにロコを見て調べようとするも、特にこれといって何もなくムダな徒労に終わった。


「――ここよ。私の家」


 そんなことをしている内にもロコの謎の行動は終わりを迎え、そう真華に告げる。その言葉で、先程までロコが伸ばしていた手の方へと顔を向けると、


「おろっ!? さっきまで何にもなかったのに、急に家が!?」


 突如として家が現れたのだ。木製の、ロッジのような外観の家があたかもそこに最初から存在していたかのように、そこにあったのだ。


「あぁ、結界を張って人に認識できないようにしてあるから。むやみやたらと人が入ってきたら大変だからねっ」


 ロコは驚愕きょうがくする真華に、そう簡易的に説明を加える。もちろんこれも魔女のロコならば容易たやすいことであろうが、これだけの物体をまるまる見えないように隠すことができるのかと、真華は驚かされるばかりであった。だけれど、これは逆に今の2人にとってはかなり安全なものとなるであろう。認識できないように結界を張ってしまえば、それはもちろん敵が追ってくるのもある程度しのげる。まさに真華を匿う場所としては最適なものであった。


「どうぞ、入って」


 そのロコの指示で真華はその家へと近づいていき、ロコの案内のもと中へと入っていく。


「お邪魔しまーす!」


「――ふーん、結構普通なんだなぁー」


 真華は部屋の内装を見渡しながら、中へと入っていく。そこはどこぞのRPGゲームとかでよくありそうな、外国っぽい雰囲気のただよう木造の部屋だった。小物は案外少なく、さほど生活感が感じられなかった。でも真華はもっと、魔女というからに調合用の大きな釜や、もっと禍々まがまがしい道具なんかが置かれていると考えていたが、それとは大きく食い違うようだ。


「まあ、ほとんどこの家はあけてるからねぇー」


 ロコはそんなふうに回答しつつ、ソファに置いてあるものを片付けていく。そしてロコの誘導で真華とロコは休憩がてら、そのソファに座り一息つくことなった。


「なあ、それにしてもさ。あんたどうして俺を助けたりなんかしたんだ? アレもきっとわざとやったんだろ?」


 そんな中、これまでに色々と疑問が浮かんではいるが、彼がその中でもまず真っ先に訊きたかったことをロコに問う。あの時見せた不敵な笑みは、明らかに故意でやったと思わせるものであった。真華もあの極限状態でそれに気がついていたのだ。普通に考えて、これから人を呪おうとする者があんな顔、見せるはずがない。そして次に『儀式失敗』と告げた時の声色。その中には微塵みじんたりとも『申し訳ない』という気持ちが籠もっていない感じであった。これらから見ても、彼女はたまたま失敗したのではなく、『故意的』にこの事態を起こしたことがうかがえる。


「な・い・しょっ!」


 その問いに、まさかそんなところから攻めてくるかとロコは軽く笑い、いかにも悪そうな笑みを見せて一文字ずつ、まるでぶりっ子みたいにそう言った。


「それよりも、まずはあの儀式のことについてお話するわ。アレは『普通の人間を魔女、もしくは魔法使いに変える』儀式だったの」


 そしてすぐに話を逸して、今回の事件の核心である『儀式』について話し始めた。


「まあ、なんとなくやり取りからそうだとは思ってたけど……でもなんでそんなこと?」


 もしあの肥満男たちの目的がそうだったとすると、1つ新たな疑問が生まれてくる。それは言ってしまえば下位の存在である『人間』から、上位の存在である『魔法使い』へと変貌させるのをなぜ『魔法使い側』がするのかということ。彼らにははたして何のメリットがあるのだろうか。むしろムダなコストと労力で、デメリットだらけではないのか。


「ん? 最近の魔法使いの減少が原因ね。あの人たち殺し合いとかもするから、それなのにも関わらず子供を作ろうとはせず、少子化が進んでいるっていうのが現状ね」


「ふーん、どこもやっぱ一緒なんだなぁー」


 そのロコの回答に、真華は自分たち人間の現状を重ね合わせていた。人間も人間で『娯楽の発展』や『経済的理由』とか『家電や惣菜類の誕生』により1人で生きてけるようになってしまったがゆえに、非婚化が進み少子化が加速している。そして同時に、共通の問題を抱えているという点に少し魔法使いたちにどこか親近感を覚えてしまっていた。


「でも結局はその儀式は失敗に終わった。だけれど、あなたは残念ながら完全に『人』というわけではないの」


 儀式はロコの手によって完全に失敗したかのように見えていた。ならば真華には何も起こらず、無事に終了……するかに見えていたが、どうやら事態はそううまくは行かないようである。ロコの口から、そんな事実が告げられる。


「はっ? 何で?」


「儀式の失敗により、がかけられてしまったの。あの時、円のようなものが私とあなたのところへ来たでしょ? あれが成功したならば、私のマナの一部をあなたにあげることになっていたんだけれど、失敗したことにより、私とあなたの両方に呪いがかかってしまった」


「うっわぁー……やっぱり失敗にリスクはつきものかぁ……」


 まさにあの時真華が危惧きぐしていた通りのものとなってしまったようだ。『呪い』というものがどのようなものなのか、今はまだわからないが、そのロコの言葉だけで、面倒事に巻き込まれるのは必死だろうという考えが彼の頭には巡っていた。


「そう落ち込まないで。今からその呪いについて調べてあげるからっ!」


 そんな真華をはげますかのように、ロコは軽く肩を叩いて明るく元気にそう言った。その屈託くったくのない笑顔は、心の底から真華のためを思ってやっていることがうかがえるものであった。


「あっ、ありがとう。でもさ、なんか申し訳ないな俺のせいで、キミまで……」


 対して、真華には申し訳ない思いでいっぱいであった。仕方がなかったとはいえ、真華のみならずロコまでもが呪いにかかることになってしまったのだから。迷惑をこうむり、さらにその人におんぶに抱っこ状態。そんな自分が情けなくてしょうがなかった。


「ああ、いいのよ。これは私が自らの意思でしたことなんだし、覚悟はしていたわ。それに、この世界でも最強と謳われる魔女様にかかれば、呪いなんてなんのそのよ!」


「……ふっ、ハハハッ、だといいけど」


 そのロコの言葉は真華にとってとてもありがたいものであった。落ち込んでいた彼の心が次第に元気を取り戻していく。そして同時に、『この人なら大丈夫かもしれない』という根拠のない自信が彼の心に芽生え始めていた。それは最初のあの儀式からの救出という実積があったからかもしれない。あるいはロコの人となりに触れて、信じてもいいと感じたのかもしれない。いずれにせよ、真華にはロコへの『信頼』が生まれたのだ。ただ問題はまだ山積みである。はたしてロコたちは一体どうやってこの問題を解決していくのであろうか――

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