第3話 現在

「こんなとこにおったんかい。」

ガラッと戸を開けて丸いサングラスに三角巾、割烹着姿の男が入ってきた。

窓辺では、もうひとりの男がたばこを薫らせながら、外を眺めていた。

髪は金髪、目は透きとおる青眼の細身の男だ。

声をかけられても、あまり関心がないように何も言わなかった。

ちょっとネクタイをゆるめて、胸元が開いている。

あまりYシャツを着慣れないのだろうか。

「いくら火の気のある調理室とはいえ、そうたばこを吹かされちゃこっちだって困るでぇ。何せ次の時間、調理実習だしな。いくら換気扇を回してもきりがない。」

そんなことはお構いなしに彼に近づきながら、話しまくっている。

両手に抱えていたスーパーのビニール袋を調理台の上に無造作に置いた。

「それに、10月から校内一斉禁煙やで、オッド先生。」

最後の言葉をやたらに強調するように言った。

「………」

やはり何の反応も示さない。

無表情のまま、彼はたばこを吸い続けた。

「でも、ぶっちゃけた話、よくこの仕事(ALT)引き受けたと思うとる。まあ、いつまでもプーでいるわけにもいかんし。じじいの寺に居候ってのもつらいやろ。いいタイミングだったとは思う。」

次から次へと言葉が、まるでマシンガンのように飛び出してくる。

ちょっと沈黙したあと、ようやく窓辺の男が彼の方に向き直った。

「それより…臣人(みと)」

「『お前が何で家庭科の教師やってるかが不思議だ』ってか?『普通、男なんだから技術の先生じゃねーのか』って言いたいんやろ。」

まるで彼の言いたいことをすべて代弁するかのように、臣人は話し続けた。

窓辺の男は、表情を変えることなく彼の方をじっと見ていた。

「バーン、そいつは差別やで~。何で男が家庭科の先生やっちゃあかんのや!?料理は得意中の得意。お前だって知ってるやろが。」

臣人は、両手を調理台の上に置いた袋につっこみ、中味を確かめている。

「アメリカにいた時は、三食ともわいが作ってやってたやないか。忘れたとは言わせへんで。うまい、うまい!と、わいが作った飯を食ったやん。」

臣人は両手に大根を持って、にっこりしている。

バーンは頭を抱え、臣人を見た。

「………」

後退りながら、演技がかって大袈裟に臣人は驚いて見せた。

「その眼は!?あまりにもひどいでぇ。つるっパゲの家庭科の先生がいたら悪いんかぁ。」

「………」

バーンは、『もうどうとでも言ってくれ』と言わんばかりにため息をついた。

「グラサンは仕方がないやろ。本業の名残だし。お前のコンタクトレンズと一緒…でな。」

意味深に臣人は笑って見せた。

バーンはそんな臣人を見つめていた。

「……。」

チャイムの音が響いた。

バーンは、たばこの火を不機嫌そうに消した。

「やれやれ、予鈴や。昼休みも終わりか。おい、次はどこや?」

時計を見ながら臣人がたずねた。

「2年3組、Oral Communication 。」

バーンはただ淡々と必要最低限のことだけ口にした。

「あと2時間の辛抱で、今日の授業も終わりやから頑張ろうで。終わる頃にゃうまいぶり大根が出来上がってるで、食べにきぃや。」

その臣人の言葉に何も答えずに、バーンは調理室から出ていった。

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