第六章 お出かけしよう

33. 出発の朝

 早朝からのお勤めを終え、お昼ごはんを食べた後の午後一時。


「のどか、今朝も眠そうだったね」


 階段前の駐車場でニオを待っているとき、わたしはのどかにそう声をかけた。


「まあね」


 今は意識もだいぶしっかりしているみたいだけれど、朝は相変わらず立ったまま眠っていたのどか。

 夜更かしして読書しているのが原因だとばかり思っていたけれど、朝早くから修行もしていたなんて。


「僕が朝弱いのはいつもどおりだよ。しずかこそ、今朝はぼんやりしてたよ。こっちに来てからは朝元気だったのに」


「昨日はちょっと眠れなくて。……えっと、お出かけが楽しみで!」


 今朝見た夢について話してみようかとも思ったけど、やっぱりやめておいた。

 あの夢はなんだか不吉で、言葉にしてはいけない気がしたからだ。


「ていうかさ、わたし、こっち来てから元気になった?」


 だからわたしは話題をそらした。それに純粋に気にもなった。神社に来て何か変わったかな?


「夜更かししなくなったでしょ。やっぱり今までは仕事かかえこみすぎだったんだよ」


「神社での修行とかお勤めに比べたら、そんな大変でもなかったよ?」


「自分のやるべきことに集中するか、他人の分まで背負うかのちがいだよ」


「うーん」


 せっかく話題をそらしたのに、かえって面倒な話になってしまった。


 と、そこに駐車場に車が入ってきた。何か高そうな車だ。


「お待たせー」


 停まった車から、ニオがおりてくる。


 白いフリルトップスに、ブラウンのキュロットスカート。頭には黒いキャスケット。足もとは黒にピンクのスニーカーで動きやすそう。

 ニオは背が高いしスタイルがいいから、シンプルな格好がよく似合う。


 Tシャツ、パーカーにショーパンのわたしと並ぶと、とても同い年には……。

 うん、今度服を買いに行くときにはニオといっしょに行こう。


 運転席から出てきたおじさんがみちるさんに頭を下げる。


「ほなら宮司さま、今日はニオをお願いいたします」


「はい。お預かりいたします」


 どうやらニオのお父さんのようだ。背が高くて肩はがっちり、髪の毛がちょっぴり薄くて、とにかく力強い。

 ニオとは似てないなあ。ニオ、細っこいし。ただ背が高いところは同じかも。


 おじさんは、わたしとのどかを見て「お」と声をあげた。


「のどかくんにしずかちゃんやんな! いやほんま大きなって。おじさんぶったまげてもうたわ!」


「たまげてもうたですか!」


「もうたわ! わはははは!」


「あはははは!」


 おじさんにつられて、ついわたしもテンションが上がってしまった。

 やっぱり親子なんだなあ。早口の勢いが、おかしいときのニオとそっくりだ。


 おじさんに見送られ、わたしたちはみちるさんの車で出発した。


 みちるさんの車は緑の軽自動車で、ころころとかわいらしい。


 後ろの座席もせまくて、大人三人だとかなりきつそう。

 とはいえわたしものどかも、そしてニオも身体が大きくはないので、三人でも並んで座れそうではあった。


 でもわたしは助手席に座り、後ろは二人にゆずることにした。

 ニオだって、どうせならのどかと二人並ぶほうがうれしいでしょう。


 田んぼの真ん中を走っていく。周りには小高い山がぽつぽつとあって、海に浮かぶ小島みたい。


「あの、えっと」


 後ろで、ニオがのどかに声をかけた。


「どうしたの?」


「その、呼びかたなんだけど、かーくんでいいかな?」


 ああ。のどかが『のんちゃんは恥ずかしいからやめて』って言ったから。

 ニオ、本気で呼び方考えてきたんだ。


「いいね、それ。どかのんになったらどうしようかと思ってた」


「よかったー。あの日、寝ずに考えたんだよ」


 後ろで交わされる会話に、思わずにやけてしまいそうになる。


「ふふっ」


 と、隣の運転席でみちるさんも笑みをこぼした。

 その笑い方は、お母さんに少し似ていたような気がした。

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