14. 祝詞

「じゃあ、この神気を御寧めするわね」


 と、ようやくみちるさんが祭壇へと一歩踏みだした。


 みちるさんは両手の指を組み合わせ、人さし指だけを立てた。


 その手をお祈りするようにお腹の前にそっとすえる。


 そしてみちるさんは大きく息を吸い、止めた。


 神気が動きを変える。


 わたしのそばに広がっていた神気が、みちるさんのほうへと集まっていく。


 みちるさんが組んだ手に、ふわふわゆらゆらと吸いよせられていく。


 みちるさんはすうっと息を吐き、そして唱えた。


一二三ひふみ 一二三ひふみ


 奥津鏡おくつかがみ 辺津鏡へつかがみ 十握剣とつかのつるぎ


 布留部ふるべ 由良由良止ゆらゆらと 布留部ふるべ


 すると神気は見る見るうちに色を失い、うすまり、すっと消えていった。


 最後の最後、神気が消える直前、どこからともなく声が聞こえた気がした。


「遊んでくれて、ありがとう」


 あたりを見まわす。のどかでもないし、みちるさんでもない。聞いたことのない声だ。


「しずか、どうしたの?」


「今、声がしたでしょ。のどかには聞こえなかった?」


 のどかが首をかしげる。


「今のはこの子の声よ」


 そう言ってみちるさんは人形をそっとなでた。


 わたしも祭壇に近づいて人形を見る。もう動いてないし、何となく見ていても不安にならないというか、さっきまでと印象がちがう。


「神気はね、どんな魂にでも見さかいなくつくわけじゃないの。神気は強い思いに引きよせられる。人が思いを残したものなんかの魂にはつきやすいの」


「みちるさん。この人形にも魂があるの?」


 のどかが人形を手にとった。


「ええ。現世のあらゆるものに魂は宿っているわ」


「人形も、強い思いを持つんだね」


「そうよ。この子の場合、元の持ち主の思いを受け止めたのね」


 みちるさんは、丁寧な手つきで人形を受けとった。


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