13. 御解し

「さて」


 みちるさんが、ぱんっと手を打つ。


「ここから荒御魂の魂鎮めを始めます。魂鎮めは大きくわけて二つの手順をふむわ。まずは御解みほぐし。魂にからみついた神気のひもを解してやるの。そのうえで御寧みやすめをおこなう。解した神気に、おとなしくなってもらうの」


 みちるさんは、人形を乗せた三方を祭壇にかかげた。


「しずか、せっかくだから御解しまではやってみなさい」


「ええっ! やり方というか、作法っていうの? わたし、知らないんだけど」


「最初はそれでいいわよ。ただし、心持ちだけはしっかりすること。神さまと、自分の力と、それからこの人形に宿る神気への尊敬を忘れないように。わかったらこっち来て」


 みちるさんに呼ばれ、祭壇の前に立つ。


「はい、礼」


 みちるさんは、背筋を伸ばしたまま腰を深く折って礼をした。


 それをまねて、わたしも礼をする。


「えっと、とにかくひものむすび目を解けばいいのよね?」


「そう。神手でね」


 おそるおそる人形に左手をのばす。


 おかっぱの髪がはらはらと乱れているのも、無表情な顔も、ほこりにうす汚れた着物も、雰囲気ありすぎだよ。

 尊敬とはちょっとちがうかもしれないけれど、軽々しくあつかおうという気にはとてもなれない。


 右目を閉じて、左目に意識を集中する。左手はひもを引くのに使うので垣間見の術ができない。


 ぼんやりとだけど、神気のひもが見える。


「うりゃあ!」


 気合い一発! ひもを引っぱる!


「あ、解けた解けた! うわ、うわわわ!」


 ひもが消え、ぶわっとかすみが広がった。


 神気だ。


 白に紫がかかった、きれいだけど少し恐ろしい色。

 その色は忘れようにも忘れられない。昨日はこれにとりまかれて失神したのだから。


「みちるさん! これどうすればいいの! ぎゃー、こっち来た!」


 拝殿を走りまわって逃げる。神気はゆっくりふわふわと追いかけてきて、わたしは確実に追いつめられていく。

 だんだん視界が神気でいっぱいになって、心なしかお線香の香りがただよってきて、何だか気が遠くなって……。


「神気ってどう見えるの?」


 のどかがみちるさんに聞いている。


「そうね。『霊山にかかる雲霞うんか藤袴ふじばかまのしずくをたらしたよう』とよくいわれるわ。あと、白檀びゃくだんのような香りがするのよ」


「へえ。きれいなんだね」


「ちょっとそこ! のんきにおしゃべり禁止で、たすけてわたしをヘルプ!」


「しずか、拝殿でさわがない!」


「んーっ! んーっ!」


 自分の口を自分でふさぎ、無言で抗議をするわたし。さすがに少しかわいそうじゃないかな。


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