14.背中を押す声

 グラドフォス騎士団のレダス・アルケイドの助力のおかげで、マルスとパルはどうにかディルニスト家の屋敷に入る事が出来た。

 彼の助力が無ければ、こうして正面から入る事は出来なかった。それどころか、庭などから不法侵入するという方法を取らざるをえなかっただろう。

 貴族の、それも騎士団長の家に不法侵入など、発覚したらこの先自分達の身がどうなっていただろうか。それを想像してマルスは額に冷や汗を滲ませた。


「本当にありがとうございました」


「気にするな。ところで、今日はどうしたんだ? また探険にでも行くのか?」


 レダスは二人にここまで来た事情を尋ねた。

 彼は二人がいつもアイクと共に行動している事を知っている。だが、アイクの父親と違って彼はその事を容認していた。

 幼い頃から真面目で大人びており、家の名に恥じぬようにとひたむきに努力を重ねているアイクが、二人の前だけでは年相応なありのままの姿を見せる事を彼は知っている。だからこそ、彼は二人との交際を黙認しているのだ。


「えっと、違うんです。今日はその……旅に、出ようと思って……」


「旅? それまたどうして?」


 マルスの返答に驚いた顔をしてレダスは聞き返しながら、屋敷の扉を衛兵に開けさせ、二人を連れて屋敷の中に入る。

 衛兵に軽く会釈をしてからマルスとパルは顔を見合わせた。そして、事情を彼に打ち明けるべきかどうか、二人は耳打ちし合って相談する。


 少ししてから答えが決まったらしく、二人は互いに頷く。

 そして、エントランスホールで一度立ち止まり、レダスの方を向いた。


「その、何て言うか……これからする話、信じて聞いてもらえますか? すごくぶっ飛んだ話なんですけど……」


「うむ……」


 二人に合わせて立ち止まったレダスはやや訝しげな顔をしつつも、いつになく真面目なマルスの目を真っ直ぐに見つめる。

 いつも笑顔を絶やさず、明るく、少々抜けたところの目立つマルスが、今はひどく真面目で神妙な顔付きをしている。その見た事も無いような彼の顔付きに、レダスは信じて聞いてやらねばならないと思わされた。

 レダスと視線が交わってから、マルスは真夜中の洞窟探検での出来事を彼に話し始めた。




 *   *   *




 マルスから聞かされた話は、レダスにとってどれも耳を疑うような事ばかりだった。

 真夜中にレジェンダの洞窟に行った事、そこで地上界を創造したと言う聖霊に出会った事、三人の右手の甲に生まれつき刻まれている紋章の意味。そして、神から三人に与えられた使命。

 神話や御伽話といった作り話の類いに近いような話ばかりだった。


「そんな事があったとは……」


 レダスは驚きと戸惑いに眉間に皺を寄せて、髭の生えた顎に指を添える。

 普通ならば到底信じてはもらえないような話をした上に、レダスが戸惑った表情を浮かべているため、マルスは不安そうに彼の顔を見上げていた。隣にいるパルもマルスと同じ表情を浮かべている。


「……信じ難い話ではあるが、お前はそんなくだらん嘘をつくような奴じゃないだろう?」


 信じてもらえるか不安そうにしているマルスに、レダスは笑ってそう答えた。レダスは彼の素直で純粋な――単純とも言える――性格をよく知っており、彼が嘘をつくような男では無いと理解していた。

 マルスはレダスからの返答と笑顔に安堵した表情を浮かべる。


「そもそも、そんなに長々しい嘘をつけるほどお前は賢くないからな」


「賢くないって……」


 安堵した表情のマルスにおどけた口調で言いながら、レダスは彼の額を指でつつく。つつかれたはずみでよろけながらマルスは文句ありげな顔をするが、レダスの方は笑ってそれを受け流す。


「それで、お前達はどうするんだ?」


 こほん、と一つ咳払いをしてレダスは脱線した話を元に戻し、二人はどうするのかと答えを求めた。

 マルスは一呼吸おいてから、再び真面目な顔付きに戻って口を開く。


「オレ達、旅に出ようって決心したんです。オレ達にしか出来ない事だから」


 しっかりとした真面目な口調でマルスは答える。その隣では、彼の言葉に同意を示したパルがゆっくりと一回頷いて見せた。


「しかし……旅は危険だぞ? まだ子どものお前達になんてもっと……」


「危険なのは分かってます。でも、きっとオレ達にしか出来ない事だし、それに……それに、やっと兄さんを探しに行けるきっかけが出来たんです」


「カイルの事か……。まぁ……兄を心配するお前の気持ちも分からんでもないが……」


 マルスの兄が失踪し、その一件で彼がどれほど悲しみ落ち込んでいたのかを知っているレダスは、彼の言葉を聞いて強く引き止めようとしていた気持ちが薄らぎ始めていた。

 レダスは唸るような声を漏らしながら、考え込むように顎に手を当てる。


「オレ、大きくなりました。あの頃とは違って戦える。自分の事は自分で出来る。そりゃ、まだ子どもっぽいとこばっかですけど……」


 しっかりとした口調で言いながらも、己の子どもっぽい面を思ってマルスは頬を指で掻く。

 そう言ってから一度息を吸い込むと、頬を掻いていた手を下ろしてマルスはレダスの瞳を再度真っ直ぐに見つめた。


「それでもオレは行きたいです。行って兄さんを見つけて、世界だって救ってみせる」


 彼の口から出された答えは、向こう見ずで子どもっぽく、青臭い答えだった。だが、彼のその想いに迷いなど無い事を、その言葉に秘められた覚悟をレダスはきちんと感じ取っていた。

 それと同時に、旧友であった彼の父親に似て幼い頃からおっちょこちょいでお人好しで、少々頼りなさそうな印象を抱いていた少年が、いつの間にか覚悟を決めた、大人びた顔付きが出来るようになっていた事に胸中で驚いていた。


「ふむ……覚悟は本物のようだな。……パルは?」


「私も、マルスと同じです……。私達にしか出来ない事、ですし……。それに……私の力、きっとそのためにあると思う……。私に守れるものがあるのなら……今度こそ、守りたい……」


 レダスはマルスの答えを受け止めて頷くと、今度はパルに視線を向ける。

 視線を向けられた彼女はマルス同様に、真っ直ぐにレダスの瞳を見つめて答える。いつもと同じぽつりぽつりとした喋り方ではあったが、言葉の一つ一つから彼女の確かな想いが伝わってきた。


「二人の想いはよく分かった」


 パルの答えも聞いてから、レダスは再度大きく頷く。


「まあ、どうせオレが止めたところで、お前達は行くんだろう?」


 やれやれ、といったようにレダスは軽く肩を竦めて、おどけたように笑う。図星を突いてきたレダスの返答に思わずマルスは微笑をこぼしつつも、静かに頷く。

 だが、マルスとレダスが互いに笑みを浮かべたのも束の間、その次の瞬間にレダスはやや厳しい顔をして口を開いた。


「……一つ言っておくぞ。いいか? お前達はガキだ。命知らずで無鉄砲な子どもだ。子どもに出来る事なんて限られている」


 そう言うレダスの声は、先程とは打って変わって厳しさのあるものになっていた。低く響くその声は、二人に「まだ子どもである」という事の現実を突きつけてくる。


「だが、無鉄砲だからこそ出来る事がある。純粋だからこそ見えるものがある。それを忘れるな」


 厳しい口調ではあったが、レダスは最後に力強い笑顔を二人に見せた。

 激励とも取れるレダスからの厳しさと優しさの両方を持ったその言葉に対して、マルスは力強く返事をし、パルは大きく頷いた。

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