3.初めての町

 三人がグラドフォスを発ってからちょうど四時間が過ぎ、太陽が沈む準備を始めた頃に三人はようやく目指していた町に辿り着いた。

 静かな雰囲気が漂う町だ。


「ルイムの町、だな」


 町に足を踏み入れてすぐ目に入った看板を見てアイクが言う。

 彼の視線の先にある看板は所々虫食いらしき穴が空いた年季の入った木製で、赤いペンキで大きく「ルイム」と書かれていた。

 ペンキの文字はごく最近塗り直されたらしく、古い木板とは対照的にまだ鮮やかさを保っている。


「外の町なんて初めて来た!」


 今まで一度もグラドフォス以外の国や町を訪れた事の無かったマルスが、やや興奮気味に言う。

 王都とはまた違う雰囲気が漂う町に、彼は「外の町はこうなってるんだ」などと呟きながらくるくると体を回転させて町の中を見渡す。

 両親が花屋を経営していたため、何度か他の町を訪れた事のあるパルもルイムの町を訪れたのは初めてのようで、彼同様に辺りを見回していた。


「……おかしいな」


 初めての町に興味津々な様子の二人の傍らで、顎に手を当てながら訝しがるような声でアイクがそう呟きをこぼした。


「おかしい……?」


「この町は、商人達が他の地方とグラドフォスとの中継地として利用する事が多いから、小さいとはいえかなり賑わっている所だと教わっていたんだが……」


 首を傾げてパルが聞き返すと、彼は顎に手を当てたまま不思議そうに町の人々の様子を眺めて答える。

 彼の言う通り、ルイムの町は商人達が他の地方とグラドフォスとの中継地として多く利用する町で、人で賑わっているはずの場所だった。

 その証拠に、小さい町であるのに入り口から見ただけでも宿屋が三軒も見受けられる。


 アイクは家柄上、幼い頃から地理学や社会学なども学んできており、各地域の町などに関してもいくらか知識がある。

 ルイムの町についてもアイクは以前に習った事があり、それを交えての返答だった。


「確かに商人さん達の中継地なら、賑やかなはずだよね。でも、ここは何だか暗いなぁ」


 マルスがそう言いながら再び辺りを見回す。

 確かにルイムの町には、とても賑やかとは言い難い、暗い雰囲気が漂っていた。

 町を行き交う商人の姿も、広場で露店を開いている商人の数も数えられる程度しかいない。

 露店には来る客もほとんどいないのか、露店を開いている商人達は暇そうで、中には無防備にうたた寝をしている者すらいた。


「何か……あったのかな……?」


「うーん……考えるよりもさ、素直に町の人に聞いてみようよ」


 パルとアイクは考える素振りを見せて町の人々の様子を眺める。

 二人とは逆に、頭で考えるよりもすぐに行動する性格のマルスは、聞いてみようと言うやいなや、早速町の住民らしい人を探して町の中へと進んで行った。

 一人先へ行こうとする彼の後にアイクとパルは慌ててついて行く。


 マルスは町の入り口から一番近い宿屋の前を歩く男に狙いをつけていた。

 男は町にいる商人達のように荷物を持っておらず、服装も簡易なものでどこか遠くから来たというわけでも無さそうだ。

 その男が町の住民だと判断したマルスはすぐさま声をかけた。


「あの、すみません! ちょっと聞きたい事があるんですけど……。おじさんは、この町の人ですか?」


 マルスは一応確認のために、男がルイムの町の住民であるかを尋ねる。

 男は少々驚いた顔をしながらも、頷きながら自分はルイムの住民であると答えた。


「この町っていつもこんなに静かなんですか? もっと賑やかな所って聞いていたんですけど……」


「……いいや、普段はもっとたくさんの商人がいて、町は露店でいっぱいになって、とっても賑やかな場所なんだ。だけど……」


「何かあったんですか?」


 首を横に振りながら質問に答える男に対して、マルスはさらに質問を重ねる。


「実は、他の地方に向かう大きい道の近くに洞窟があるんだけれど、そこに棲み着いてる魔物が、最近外に出てくるようになってね……。危険だから、一時的に道を封鎖しているんだ。おかげでグラドフォスに向かう商人も、他の地方へ向かう商人も足止めされているんだよ」


 やれやれといった風に重い溜め息をつくと、「おかげで商売あがったりさ」と男はそばにある宿屋にちらりと視線を向けて付け足す。

 どうやら彼はその宿屋を経営しているようだ。

 しばらくこの地方から動けないのであれば、グラドフォスに流れてしまう客が多くなっている。そして、他の地方から商人達が来ないために、宿屋を利用する客も大幅に減ってしまい、どこの宿屋も収入が激減していた。


「普段は洞窟の奥にいるんだけど、最近になって凶暴化したせいか、時々洞窟から出てきたりするんだよ」


 困り果てたような表情を浮かべて、男は後頭部を右手で押さえる。

 最近になって、他の地方とルイムの町を繋ぐ大道のそばにあるという洞窟に住む魔物が凶暴化して外に出てくるようになったらしい。

 犠牲者が出る前に、とその道を一時的に封鎖しているため、他の地方からの商人もグラドフォスからの商人も足止めを食らっているのだった。


「この町には商人だけじゃなくて、旅人や修行の旅をしている戦士も訪れるから、最初はその人達の力でどうにかなると思っていたんだけどね……魔物が強くて、彼らでも太刀打ち出来なかったんだ……。ああ、魔物の詳しい事は、あそこの掲示板の貼り紙を見るといいよ」


 男の言うように、この町には商人だけでなく旅人や己の強さを磨くために修行の旅をしている戦士のような、戦いの出来る者達も訪れる。

 初めこそ、彼らの力があれば解決する問題だろうと思っていたのだが、魔物の強さが想像以上だったらしく、彼らにも倒す事が出来ず解決しないままとなっているようなのだ。

 溜め息混じりに男は言いながら、広場の方にある町の掲示板を指さす。


「おじさん、ありがとうございます」


 マルスが礼を言い、アイクとパルが頭を下げると、男は適当に返事をして自身の経営する宿屋の中へと入っていった。

 宿屋の扉が閉まってから、三人はすぐさま掲示板の方に向かって行く。


 町のちょうど中心にある広場には大きな掲示板が立てられており、その周辺にはここで足止めを食らっている商人の露店が点在していた。

 掲示板には町の様々な知らせが貼られており、その内容は集会の知らせや物価に関する知らせ等がほとんどだ。

 それらに混じって、町の子どもが書いたのであろう落書きもちらほらと見受けられる。

 様々ある貼り紙に囲まれるようにして、掲示板の中心には一際目立つ大きな紙が貼られていた。

 その内容は先程の男から聞いた魔物についてのものだった。


「ルイムの町より北西に位置するオスクルの洞窟周辺にて、凶暴化した魔物の出現が確認されています。非常事態のため、一時的に他の地方への道を封鎖しております。ご了承下さい……」


 貼り紙に書かれている内容をアイクが読み上げていく。


「また、魔物退治に自信のある者は町長のもとへ。討伐報酬は六万ディール……」


 最後の一文には、魔物討伐の志願者を募集しているような内容が書かれている。

 そして、文章の下には件の魔物らしき絵が描かれていた。


「んん……ドラゴン?」


「トカゲ、じゃない……?」


 貼り紙に描かれている討伐対象の魔物の絵を凝視しながら、マルスとパルが首を傾げて呟く。

 魔物の絵は、その貼り紙そばにあった子どもの落書きとそう変わらぬ出来の絵で、どのような魔物なのかが分かりにくい。

 何とか分かるのは、大きな口に巨大な牙と巨大な鉤爪、太い尻尾を持っている事だった。


「オレ達で倒せるかな?」


「ずいぶん乗り気だな」


 貼り紙の乱雑な絵を基にどんな魔物なのだろうかと想像しながら、マルスが二人にそう問いかけてきた。

 やる気満々といった様子の彼に、アイクはそう言う。


「倒せるかは不安だけど、この町や他の地方の人、困っているんでしょ? 放っておけないよ」


「私も……」


「町の人達を放っておけない点は、俺も同感だ」


 町の人達が困っているから放っておけない、というマルスの言葉にアイクとパルも賛同して頷く。

 幼い頃から三人は正義感が強く、困っている人を放っておけない性格だ。

 そして、若さ故の青臭い思考に囚われやすい。

 そのため、どれほど相手が強かろうともそれによって誰かが困っているという事を知ってしまった以上、無視して進む事が三人には出来そうになかった。


「まあ、他の地方に向かう道が使えない以上、俺達もここで足止めを食らう事になるからな。それに恐らく……その内グラドフォスから兵が魔物退治に派遣されて来るだろうから、それより早く倒して先に進みたい。兄さんの中の一人が騎士団を率いて来る可能性もある」


 グラドフォスと他の地方を繋ぐ陸路が封鎖されているため、アイクの言う通り、いずれグラドフォスから兵士達が魔物退治に派遣されて来るだろう。

 彼らに任せて待つ事も可能ではあるのだが、その兵達を率いて来るのは恐らく四人いる兄の中の誰か一人だろうとアイクは考えていた。

 そうなると、兄に見つかって家に連れ戻される危険性が非常に高い。


 その事を考えると、可能ならばグラドフォスの兵が来るよりも早く自分達でその魔物を倒し、先に進みたいところだった。


「そうだね。アイクがいなくなったら、これから困るに決まってるし」


 マルスが相槌を打ちながら言う。

 ここでアイクが連れ戻されてしまっては、今後に支障が出る事は間違い無いと彼は思っていた。

 それだけ彼のしっかり者な面を信頼しており、自身の計画性の無さを自覚しているからだ。

 隣でパルもアイクが離脱するのは困ると、マルスの言葉に何度も頷いてみせた。


「どうする……? やってみる……?」


 パルの言葉で三人は顔を見合わせる。もう彼らの意志は、一つに決まっていた。


「やってやろう!」


 マルスが大きく頷いて言うと、アイクとパルもそれに賛同を示して同じように大きく頷く。

 意志が同じである事を確かめ合ったところで、彼らは早速貼り紙に書かれている町長の家へと向かった。

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