4.戦闘

 暗闇に包まれた洞窟内を魔法の光で照らしながら、三人は奥へと進んで行く。

 この奥に一体どんなものがあるのかという期待と、いつどこから魔物が襲って来るか分からない恐怖を抱きながら一歩ずつ慎重に。至る所に突起した岩があり、地面も僅かに湿っているため、前と足下を交互に見ながらでないと危険だった。

 しばらく警戒しながら慎重に歩き続けていたところで、ふとパルが何かに気づいたように顔を上げる。


「誰か……呼んでる……」


「呼んでいる? 一体誰が?」


 半歩ほど先を歩いていたマルスとアイクは、突然奇妙な事を言い出したパルを振り返って歩みを止める。怪訝そうな表情を浮かべてアイクが聞き返すと、彼女は目を閉じて耳を澄ましながら答えた。


「分からないけど……ずっと、待っていたって、言ってるの……」


 彼女の返答にアイクは僅かに眉根を寄せて首を傾げ、同じような表情をしていたマルスと顔を見合わせる。


「……何も聞こえないよ?」


「私には、聞こえる……。おいで、って……」


 マルスも彼女の真似をして耳を澄ませてみるが、彼女が言う声らしいものは全く聞こえない。せいぜい聞こえるのは、自分達の息づかいくらいだった。

 どうやら彼女の言う声らしきものは、彼女にしか聞こえていないようだ。


「本当に、パルは不思議だな」


「オレ達に聞こえない声が聞けたりとか、見えないものが見えたりするもんね。ちっちゃい頃からさ」


 マルスが言うように、パルには幼い頃から普通の者には聞こえない声や、見えないものを感知する力、それらや動植物と意思疎通が出来る不思議な力があった。

 出会った当初は彼女の特異な力に驚いていたが、今日まで多くの時間を共に過ごしてきたマルスとアイクは今更その能力に驚きはしない。


「うーん……待っていたって、どういう意味だろ?」


「……とりあえず、進めば分かるだろう」


 首を傾げて考え出したマルスに、アイクは先を急ぐよう促す。父親の目を盗んで来たアイクにとっては、ここで悩んで時間を無駄にするわけにはいかないのだ。

 そうだね、とマルスが頷いたところで三人は光が照らし出した道を再び歩き出す。


 その時だった。突然、魔法の光が届いていない奥の暗闇から甲高い奇声が響き、小さな羽音がいくつもこちらへ向かってくるのが聞こえる。


「な、何か来る!」


 咄嗟に先頭を歩いていたマルスが声を上げた。

 マルスとアイクは剣を構え、父親譲りの体術と母親譲りの魔法で戦うパルはいつでも攻撃出来るよう構えを取って臨戦態勢を取る。


 その僅か三秒後、洞窟の奥から五匹もの大きな蝙蝠が飛び出してきた。

 体長は大人の男の肩幅ほどと大きく、足と翼の先に鋭い爪を持つ魔物の蝙蝠だ。普通の蝙蝠とは比べ物にならないほど獰猛で力も強い。


「うわっ!」


 すれ違いざま、大蝙蝠の鋭い爪がマルスの頬を掠った。初めて魔物と戦い、攻撃を受けた彼は驚くような悲鳴を上げる。彼の頬から顎にかけて赤い血が線を描くように伝っていた。


「マルス、無事か!?」


「大丈夫! くそっ……これでもくらえ!」


 無事を確認してくるアイクに返事をしつつ、マルスは垂れてきた血を手の甲でグイッと拭うと、勢いに身を任せて剣を振るった。飛び回る相手には狙いが付けにくいものの、狭い空間を飛ぶ体の大きな蝙蝠ならば滅茶苦茶に剣を振り回した方が当たるだろうと思っての攻撃だ。

 運悪く彼の振り回した剣に当たった大蝙蝠は甲高い断末魔と共に、地面へ力無く落ちていく。


「邪魔、しないで……!」


 パルは高い身体能力を活かして蝙蝠の攻撃を躱し、水魔法を放って体勢を崩させた蝙蝠に鋭い蹴りでとどめを刺す。そして、彼女やマルスが討ち漏らした蝙蝠をアイクが正確な斬撃で確実に仕留めていく。

 三人は初めての魔物との実戦加え、慣れない暗闇と狭い場所での戦闘に始めこそ戸惑っていたが、次第に慣れてきて上手く動けるようになってきていた。


 それから五分ほどが経過しただろうか。気づけば三人の足下には大蝙蝠の死体が転がっており、喧しいほど響いていた奇声も羽音も聞こえなくなっていた。

 静寂の中で三人の安堵するような呼吸の音だけが聞こえる。


「どんなもんだっ!」


 マルスが拳を胸の前で握って、初めての魔物との戦闘での勝利に歓喜した。歓喜しつつ、恐ろしい魔物を倒せた事への安堵を滲ませた表情で、彼は自身の剣を鞘に収める。


「これが魔物か……恐ろしいな……」


 剣を鞘にしまいながら、アイクは感じた魔物の恐ろしさをぽつりとこぼした。その呟きにパルが同感だと頷く。

 足下に転がる大蝙蝠の死体、その恐ろしい顔を見ると鳥肌が立つような思いだった。

 

「あ、マルス……傷、大丈夫……?」


「平気平気! 別に毒があるってわけでも無さそうだし」


 軽くとはいえ、マルスが傷を負っていた事を思い出したパルは心配げな表情を浮かべて彼を見た。

 「もう血出てないよ」と流血が止まった頬の傷を指さして彼は答える。小さな切り傷には薄い瘡蓋が出来ており、深い傷ではなかった事が窺えた。


「それなら、良かった……」


 笑顔を見せて答えた彼に安堵してパルも微笑む。大した傷では無かったものの、魔物に襲われてついた傷という事もあり、彼女はいつも以上に心配していたのだ。


「まだ魔物が来るかもしれない。気をつけて進もう」


 アイクもマルスの傷に対する心配が無くなってから、二人に声を掛けた。

 こういう時に場を引き締め、先に向かえるようにしてくれる彼の言葉は二人にとってありがたいものだった。

 彼の言葉に二人は頷くと、再び三人は奥を目指して歩みを進めて行く。




 *   *   *




 三人はその後も巨大なミミズや、群れをなして襲ってくる獰猛な鼠といった魔物達と戦いながらも歩みを勧めた。

 洞窟は至極単純な造りで、分かれ道もいくつかあったものの、分かれ道の先は行き止まりか奥へ続いているかの二択しかなく、最深部までは一本道と言っても過言ではない。迷いはしなかったが、歩きにくさと魔物との戦いで三人の体には疲労が溜まってきていた。

 そして、ようやく最深部に辿り着いたところで、パルは魔法の光を先の方に飛ばし最深部の全体を照らし出す。


「……何もいないようだな」


 洞窟の最深部には何か強い魔物がいるかもしれないと警戒していたアイクだが、何もいない事に少々拍子抜けしたような顔をする。そういった想像をするところは、大人びているとはいえやはり彼も子どもなのだろう。


「んー……あれなんだろ?」


 傍らでずっと何かないものかと目を凝らして辺りを見ていたマルスが何かを見つけたらしく、先の方を指さした。彼の指さす先には石碑のようなものが寂しげに立っており、興味を抱いた三人はすぐさまその石碑に近づいてみる。

 石碑の高さは腰くらいで、ずいぶん古いもののようだ。何か文字が刻まれているが掠れてしまっていて、とても読めるような状態ではなかった。


「何が書いてあるんだろ」


「古代文字のようだが……これだけ掠れていると流石に解読出来ないな」


 石碑の前にしゃがみこんでマルスが掠れた文字を指でなぞる傍らで、アイクが眉間に皺を寄せてそう呟きをこぼす。教育の一環として古代文字についての知識もある彼は、何が書いてあるのか読み解こうとしていた。

 だが、文字の掠れが酷く、解読が辛うじて出来そうな文字を拾ってみても、ほんの一文字程度にしか訳せないものばかりで全く意味が読み取れなかった。


「すっごいお宝の秘密とか書いてあったらいいなぁ。でも、読めなきゃ意味ないや」


 折角洞窟の奥まで来たというのに、見つけたのは解読不能な文字の刻まれた石碑のみ。何か凄い財宝や強い魔物がいるのではないかと、前々から期待していただけに落胆が大きく、マルスはわざとらしいほどに肩を落とす。


「誰かの墓、という事も考えられるぞ」


「ちょっ、怖い事言わないでよ!」


 石碑の前にしゃがんだまま肩を落としているマルスに、アイクはそんな事を言ってみた。霊的なものが苦手なマルスは青ざめた顔で僅かに声をひっくり返らせながら文句を言い、すぐに立ち上がって石碑から距離を取った。

 アイクは彼の反応を面白がって、墓にまつわる恐ろしげな話をする。聞きたくないと声を上げながら耳を塞ぐ彼の様子に、アイクは堪らず笑い声をこぼしていた。


「……また、聞こえる……」


 二人がそのようなやりとりをしている最中さなか、ふとパルが小さな声で呟いた。彼女の呟きに反応した二人は、やりとりを中断して彼女の方を向く。


「聞こえるって、入り口で聞いた声?」


 マルスが問いかけると彼女は小さく頷く。そして、ゆっくりとした動作で石碑を指さした。


「この石碑から、聞こえる……」


「ここから声がするのか?」


 アイクの問いに彼女はまた頷いて答える。彼もマルスも石碑の方に耳を澄ませてみるが、やはり二人の耳には何も聞こえはしない。


「や、やっぱり誰かのお墓なのかな……?」


 マルスは先程のような青ざめた顔をして、声を僅かに震わせながら二人を見た。

 彼は墓に眠る死者が生きている者の魂を欲して、生きている自分達を呼んだのではないかと想像したようだ。そう言った御伽話を彼は何度か聞いた事がある。


「お墓じゃ、ないと思う……たぶん」


 パルは石碑のすぐそばにしゃがみこんで、石碑を凝視する。


「ここ、掠れてないみたい……。土で隠れてる……」


 パルはそう言って、掠れた文字の少し下あたりを指で擦ってみる。

 そこは一見すると字が掠れて消えてしまったように見えていたが、薄く土がこびりついて下にある文字を隠しているのだった。マルスとアイクは彼女のそばに寄って、土の下に隠されたものは何かと見つめていた。


「なんだろう、これ……。何かの絵、かな……? どこかで見たような……」


 薄くこびりついた土の下から出てきたのは、文字ではなく四つの紋章のような絵だ。絵は上下左右に一つずつ――計四つ描かれている。

 その紋章にパルはどこか見覚えがあった。彼女だけでなく、マルスとアイクもそう感じた。


「あ、この紋章……オレ達の右手にあるやつと同じじゃない?」


 マルスは思い付いたようにそう言うと、自分の右手にはめているグローブを外して手の甲を見る。アイクとパルも彼の言葉にハッした顔をして、自分の右手のグローブを外した。


「やっぱり、同じやつだ。オレのは上のやつ」


「確かにそうだな。右のは俺の紋章と同じだ」


「私のは、左と同じ……。どうして……」


 先ほどマルスが言った通り、石碑に描かれていた紋章の絵は、三人の右手の甲に刻まれたものと同一のものだった。

 マルス達三人は、不思議な事に生まれた時から右手の甲に謎の紋章が刻まれていた。紋章は三人共焼き印のような褐色をしているが、それぞれ異なる模様をしていて、マルスのは炎を、アイクのは氷を、パルのは水と風を模している。

 それが一体何なのか、なぜ生まれた時から刻まれているのか三人には分からない。幼い頃に両親に尋ねてみても、曖昧な子ども騙し程度の答えしか返ってこなかった。

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