第12話 欲人


「人が……人を襲ってる?」



 臓物を腹から垂らし、低い呻き声をあげながら人間を襲う「人間」を見たマコトは頬を引き攣らせる。



「ちッ! クソがッ!」



 が、それも一瞬のことで、腰に差していた鉈の柄を握ると、窓を大きく開き、窓枠へと足を掛ける。



「待ってろよ! 今助けてやるからなッ!」

 


 そして、襲われている者を救助する為、二階から飛び下りようとするマコト。

 窓枠に置いた足に力を込め、これから襲われるであろう足裏の痛みに対して覚悟を決めるのだが――



「まあ、待つのじゃ」


「なっ!? アンジー!? うおっ!!」



 飛び降りる寸前のところで後方に引っ張られてしまい、引っ張れた勢いによって床に転がる羽目になってしまう。



「いってぇ……思いっきり後頭部打ったぞ……

つーかアンジー! お前何してくれてんだよ!?」


「何って、止めてやったんじゃよ?

【欲人】についての知識もなく、考えもなしに対峙しようとする無謀なマコトのことをのう」


「止めてやった? それに【欲人】?

聞きたいことは色々とあるが……今はそんな場合じゃねぇ! 早く助けに行かねぇ――」


「もう手遅れじゃよ」



 マコトが視線を窓へと移し、アンジーが諦めの言葉を吐いた瞬間、その場にいた全員の耳につんざくような女性の悲鳴が届く。



「ま、まさか――」



 そのことにより、マコトは窓枠に手を置くと身を乗り出して眼下を覗きこむ。

 するとマコトの目に映ったのは、ぐったりとした女性の姿と、女性に覆いかぶさる男性の姿で――



「は、ははっ……ひ、人が人を喰ってやがる……のか?」



 女性の臓物を口で引きずり出し、虚ろな目をしながらソレを咀嚼をする。

 そんなおぞましい男の行動を目の当たりにしたマコトは、面白くもないのに笑い声を漏らしてしまう。



「人が人を……うぷっ! げほっ、かはっ!」


「こ、こんなんロメロの――ゾンビ映画の世界じゃねぇか……」



 そして、そのおぞましい行動は、立石と吉岡にも大きな衝撃を与えたようで、二人はそう呟くと同時に顔を真っ青に染め上げていくのだが……



「きゃああああああああ!!」


「うああああああああッ!? やめろッ! こっち来るなあぁッ!!」


 

 顔を染め上げるにはまだ早く、あくまで前触れでしかなかったのだろう。

 その証拠として、始まりを告げるかのように人々の悲鳴が響きだす。



「悲鳴!? どこから――いや、そこらじゅうから聞こえやがる!」


「な、何が起きてるの!? また魔物が!?」


「そ、それは分かりませんが……い、いつでも避難できるように水や食料をまとめておきましょう!」


「そ、そうだね吉岡君! そ、それじゃあ飲み物は僕が担当するよ!」


「は、はい! お願いします!」



 悲鳴が届いたことにより、慌てて荷物をまとめ始める立石と吉岡。

 マコトはそんな二人を見て手伝おうかとも考えるのだが――それよりも先に確認するべき事がある。

 と、いう結論を出すと、小声でアンジーに話し掛けた。



「なぁ、さっき【欲人】って言ってたけど、それってアイツのことだよな?」


「ぬおっ!? み、耳元で喋るでない! ゾ、ゾワゾワするじゃろうが!」


「わ、悪りぃ……今後気をつけるわ。

で、あそこで最悪な晩餐を楽しんでいるのが、アンジーの言う【欲人】で間違いないんだよな?」


「ベ、別に気を付ける必要はないんじゃが……

と、ともあれ、マコトが言うように、あそこで最悪の晩餐を楽しんでおるのが【欲人】と呼ばれる存在じゃな」


「それで、その【欲人】つーのは一体何なんだよ?」


「ふむ、何かと問われると明確な答えは出せないんじゃが……

言うなれば人間が背負っている業――その醜さを伝える為の存在で、その為だけに彷徨う哀れな存在じゃよ」


「……随分と抽象的な答えだな」


「そうは言われても、元々抽象的な存在なのだから仕方ないじゃろ?

まあ、もう少し説明を付け加えるのであれば、【欲人】という存在は人間に対する戒め――神々が与えたもうた罰といったところじゃのう」


「神々が? 罰を?」


「うむ、要は人間の業――「美食」や「暴食」を醜いものとし、古の神々は罪であると断じた訳じゃ。

そしてその結果、神々は人間の死後に対して【欲人化】という罰を与えたもうた。

死して尚、食欲に囚われている姿を見せることで、如何に醜い「欲」であるかを人間達に知らしめる為にのう」


「ってことは、やっぱりと言うか当然と言うか、この異変もアンジーが居た世界の法則って訳か……

つーか、お前のところの神様って……結構悪趣味じゃねぇか?」


「まあ、儂もそうは思うが神様という存在は気まぐれじゃからのう。

神々の行いが幾ら悪趣味であろうと、儂らは受け入れ、享受するしか選択肢は無いんじゃろうな」


「ふぅ……正直受け入れ難いっていうのが本音ではあるんだが、受け入れるしかねぇんだろうな。

で、受け入れるとなると……この世界の人間も死んだら【欲人化】しちまうってことで……」


「先程から聞こえている悲鳴――その元凶が何にあるのかを理解できるというものじゃのう?」


「吉岡が言ったように、まじでゾンビ映画さながらじゃねぇか……」



 アンジーから【欲人】について聞かされたマコトは、思わず天井を仰ぐ。

 それと同時に先程聞かされた言葉――「無謀」という言葉を思い出し、その真意を尋ねる為に口を開いた。



「それと、無謀っていうのはどういう意味だよ?」


「それはじゃな――まあ、見せた方が良さそうじゃのう」


「見せる?」


「うむ、しっかり見ておくんじゃよ? ――【骨砕き】」



 そう言ったアンジーはマコトの影に隠れるようにして、土魔法であり、拳大のの礫である【骨砕き】を放つ。

 その魔法は一直線に飛んでいき、【欲人】と化した男性――臓物を貪っている【欲人】の心臓を見事に打ち抜いてみせたのだが……



「なるほどな……心臓を打ち抜くくらいじゃ止まらない、って訳か」



 【欲人】は倒れるような素振りも見せず、変わらない姿勢で晩餐を取り続けていた。



「うむ、あいつらを殺したいのであれば、生前「欲」を制御していた頭部――脳を破壊する必要があるんじゃが、マコトはそれすら知らずに【欲人】と対峙しようとしておったからのう。

まあ、今のマコトであれば遅れを取ることは無いと思うんじゃが、万が一ということもあるじゃろ?

じゃからマコトを制止し、無謀であると伝えた訳じゃな」


「成程な……そういうことなら礼を言った方がいいよな?

ありがとうな、アンジー」


「うむ! 感謝すると良いのじゃ!

おっと、止めを刺し忘れておったのう――ほいっと」



 アンジーは胸を張り、フンと鼻を鳴らした後、まるで片手間であるかのように【骨砕き】を放ち、【欲人】の頭を打ち抜くことで活動を停止させる。


 それを隣で見ていたマコトは、【欲人】の対処法を理解すると同時に、人間であったモノが脳漿を撒き散らかした光景に対して、形容し難い不快感を覚えてしまう。



「対象法は分かった……だったらやるしかねぇよな……」



 しかし、そのような不快感よりも、現状を、逃げまどう人々を――という思いの方が勝ったのだろう。

 マコトは【欲人】を殺すことに抵抗感を覚えるものの、「やるしかねぇ」という言葉を用いて自らを追い込み、自らを鼓舞する。


 

「つーことで行ってくるわ」


「行くというのは、襲われている人達を助けにいくということかのう?」


「ああ、そのとおりだ」


「ふむ、わざわざ危険を侵しに行く必要はないと思うんじゃが?」


「それはそうかもしれないけどよ……

この街は俺が生まれ育った街だし、もしかしたら知り合いとか友達が酷い目に遭ってるかもしれねぇんだよ。

そう考えたらよ……放っておく訳にはいかないだろ?」


「成程のう……マコトの意志が固いようなら止めはせぬが……

どう転んでもあまり良い結果は待っておらんぞ?」


「だろうな。

だからアンジー、俺と別れるなら今の内だぞ?

課長と吉岡ならきっとお前の面倒を見てくれるだろうし、俺と行動するよりかは平穏な暮らしを送れる筈だ」


「平穏な暮らし……のう」


「ああ、こんな状況での平穏ではあるがな」



 マコトがそう言うと、アンジーは唇に指を置き逡巡する素振りを見せる。

 そして僅かな沈黙の後、アンジーは答えを伝える為に口を開き掛けるのだが――



「ああぁ……ああああぉおお」


「なっ?! コイツどこから入って来やがった!?

なっ!? く、来るんじゃねぇッ! か、課長! ぶ、武器、武器を取って下さい!!」


「ぶ、武器だね! ど、どれが良いかな!?」


「ど、どれでも良いんで早く取って下さいッ!」



 状況は差し迫っていたようで、アンジーの答えは、吉岡と立石の叫びによって遮られてしまうのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る