3
携帯の通知音が鳴り、愛は目を覚ました。
冷房の効いた寝室。二人にしては狭いシングルベッドの上、下着姿で静かに寝息をたてる綾香に、愛はそっとタオルケットを掛ける。
おもむろに立ち上がり、リビングへ向かう。
ローテーブルの上のビールやチューハイの空き缶を倒さないように、そっと自身の携帯を手にし愛はメッセージを確認する。
『今夜空いてる? いつもの時間にどうかな』
飼い犬のアイコン。冴えない眼鏡の三十代のITエンジニア。
――すぐにイってくれるから楽だけど。
少し悩んだ後、愛は男に断りの返事を送り、携帯を機内モードに切り替える。
携帯をソファーに放って、ベランダのカーテンを開ける。
煩い蝉の鳴き声。厭になるほど眩しい太陽の光。
夜が終わってしまったと、愛は陰鬱な気分になる。
昼頃になれば綾香が起きる。軽く昼食を食べて、そして、その後はどうするのだろう。
「また……ひとり」
そう考えると愛の胸は苦しくなった。
胸がきゅっと締め付けられて、泣きそうになる。
血潮が、身体が、帰りたくないと焦りだす。
愛はその場に座り込み、顔をうずめた。
「……愛ちゃん?」
寝室から聞こえた寝ぼけた小さな声に、愛は咄嗟に振り向く。
涙を拭い、綾香の元へ向かう。
「いた。よかった」
ベッドの上で身体を起こし、寝起きの目を細めて優しく微笑む綾香。
「おいで」
言われるがまま、愛は綾香の傍に向かう。
優しく抱きしめて、綾香は抱き締めた愛ごとベッドに横になる。
そして、冷えた足を愛に絡ませ、そっと愛の頭を撫でと「ねむいねえ」と呟いた。
のんびりとした綾香の言い方に、愛はくすりと笑う。
「もう、十時ですよ」
「もう少しだけ」
優しく愛を抱きしめて、綾香は目を閉じる。
温かい。抱き締められる、それだけで愛の心は満たされた。
昨夜、綾香は愛を抱かなかった。
正確には、愛は綾香を抱けなかった。
同性とのセックスは初めてだから愛の好きにして欲しい。
そう言ってくれたのに、愛は綾香を抱くことが出来なかった。
理由は分からない。深いキスをして、抱きしめ合って、服を脱がす。胸を触り、下着を脱がせようとした所で、愛の手は止まってしまった。
戸惑う愛に綾香は、無理をしなくていいと抱きしめて、やさしいキスをした。
温かくて、愛おしくて、安心して――、気付けば愛は、携帯の通知音に起こされて朝を迎えていた。
何度探しても理由は見つからない。今まで何度も同性を抱いてきたのに。
自分が綾香に何を求めているのか。愛にはそれが分からなかった。
綾香の寝息が心地いい。目を閉じる。釣られるようにゆっくりと愛も眠りに落ちていった。
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