携帯の通知音が鳴り、愛は目を覚ました。

 冷房の効いた寝室。二人にしては狭いシングルベッドの上、下着姿で静かに寝息をたてる綾香に、愛はそっとタオルケットを掛ける。

 おもむろに立ち上がり、リビングへ向かう。

 ローテーブルの上のビールやチューハイの空き缶を倒さないように、そっと自身の携帯を手にし愛はメッセージを確認する。

『今夜空いてる? いつもの時間にどうかな』

 飼い犬のアイコン。冴えない眼鏡の三十代のITエンジニア。

 ――すぐにイってくれるから楽だけど。

 少し悩んだ後、愛は男に断りの返事を送り、携帯を機内モードに切り替える。

 携帯をソファーに放って、ベランダのカーテンを開ける。

 煩い蝉の鳴き声。厭になるほど眩しい太陽の光。

 夜が終わってしまったと、愛は陰鬱な気分になる。

 昼頃になれば綾香が起きる。軽く昼食を食べて、そして、その後はどうするのだろう。

「また……ひとり」

 そう考えると愛の胸は苦しくなった。

 胸がきゅっと締め付けられて、泣きそうになる。

 血潮が、身体が、帰りたくないと焦りだす。

 愛はその場に座り込み、顔をうずめた。

「……愛ちゃん?」

 寝室から聞こえた寝ぼけた小さな声に、愛は咄嗟に振り向く。

 涙を拭い、綾香の元へ向かう。

「いた。よかった」

 ベッドの上で身体を起こし、寝起きの目を細めて優しく微笑む綾香。

「おいで」

 言われるがまま、愛は綾香の傍に向かう。

 優しく抱きしめて、綾香は抱き締めた愛ごとベッドに横になる。

 そして、冷えた足を愛に絡ませ、そっと愛の頭を撫でと「ねむいねえ」と呟いた。

 のんびりとした綾香の言い方に、愛はくすりと笑う。

「もう、十時ですよ」

「もう少しだけ」

 優しく愛を抱きしめて、綾香は目を閉じる。

 温かい。抱き締められる、それだけで愛の心は満たされた。

 昨夜、綾香は愛を抱かなかった。

 正確には、愛は綾香を抱けなかった。

 同性とのセックスは初めてだから愛の好きにして欲しい。

 そう言ってくれたのに、愛は綾香を抱くことが出来なかった。

 理由は分からない。深いキスをして、抱きしめ合って、服を脱がす。胸を触り、下着を脱がせようとした所で、愛の手は止まってしまった。

 戸惑う愛に綾香は、無理をしなくていいと抱きしめて、やさしいキスをした。

 温かくて、愛おしくて、安心して――、気付けば愛は、携帯の通知音に起こされて朝を迎えていた。

 何度探しても理由は見つからない。今まで何度も同性を抱いてきたのに。

 自分が綾香に何を求めているのか。愛にはそれが分からなかった。

 綾香の寝息が心地いい。目を閉じる。釣られるようにゆっくりと愛も眠りに落ちていった。

 

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