最終章 移住

 九月中旬。


 俺は実家を壊して土地は売りに出した。


 長年勤めた仕事は辞め、次の就職先が決まった。


 決めたら物事はあれよあれよと流れジェットコースターにでも乗ったみたいな速さで進んで行った。


 今、俺の隣にはマヤはいない。


 ゴン太と中古で買った軽トラに乗りこむ。


「引っ越しだぞ、ゴン太」


 ワクワクする。

 地元を離れて生活をするのは初めてだ。

 俺は巣立ちをする気分だ。

 不安と希望を胸に持ち合わせて。

 大きく羽ばたく寸前だ。


 俺という岩陰に隠れた蟹は空を舞う翼を持った。

 はははっ。変な表現だってマヤに笑われちまうな。


 俺は移住を決意した。

 移住先の県ではサポート体制がしっかりしていて住居や働く先も紹介してもらえた。


「また田舎だけどゴン太も気にいるぞ」


 引っ越す荷物は多くはない。

 俺が使わない両親の物は思いきって捨てた。



 よく晴れた日。


 夏の残り香と秋の気配を感じながら山道を軽トラでのんびりと走る。

 海沿いを爽快な気分で走る。


 車を半日走らせて着いた新しい俺達の家――。


 駐車場に軽トラを停めて玄関に立つ。


 ガラガラッと引き戸が開いた。


「お帰りなさい!」

「ただいま」


 同じ名字になったマヤが新居から出て来た。

 俺の首根っこに抱きついてくる。


 ――俺とマヤは家族になった。


 マヤがいなくなったと思って焦ったあの日に俺は心の勢いのままマヤにプロポーズをした。


 俺達二人と一匹は正真正銘大事な家族になった。





         了











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岩陰の蟹 桃もちみいか(天音葵葉) @MOMOMOCHIHARE

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