三話

「よ、いしょと」

楓さんから預かった荷物を背負う。

中身がなにか?

なんて知らないけど、尋常じゃない重さだ。

……まぁ、空木さんなら

何が入っててもおかしくない。

空木、という名前は、あの世の中では有名だ。

『変人』というレッテルと一緒に。

なんでも、唯一無二の術を持っているが、

とにかく男女、老若男女問わず

見境なしにひっかける色欲魔だとか

生きた蛙の腹をさばくためだけに

この世行きの装置を勝手に作り、

オタマジャクシを千匹持ち帰ったとか、

薬剤で顔を焼いてわざわざ老人に顔を変えたとか、

嘘か誠か怪しい噂の飛び交う人物なのだ。

…肉体を持たない私たちに、

薬剤が効くのかどうかは甚だ疑問だが。

しかし怖いから試せないのも事実である。

「先輩!先輩!!」

4月になったからか、

新しく入ってきた人達の声が響いている。

きっとこれから仕事を教わるんだな、

なんて想像をめぐらせて。

何も教えることの無い私に後輩など

着いたこともないので断念した。

「はァ、行こう」

この世と同じように四季を再現したこの世界が、

こういう時は酷く憂鬱だ。

なんだって新社員は4月!

みたいな風習があるのだろう。

自分より『下』の人達が増えていくのは

あんまりいい気分じゃない。

しかも一気にとか、しんどい。

どんどん『先輩』の格も上がるし、

あの先輩術使えないらしいぜ。

なんて噂にはなるし

まだ使えねぇの?

なんて同僚からは言われるし。

散々だ!!春が来なければいいのに!

「あーあ。」

…毎年同じこと思ってるや。

「せんぱぁい!!!」

「うわっ、何?!」

キィン!!!

あまりの声量に耳が痛む。

ばっ!と声の主を反射的に見ると、

栗毛の可愛らしい少年が立っていた。

「さっきから呼んでいるのに!

ハッ?!もしかしてもう嫌われて!!」

ぷぅ、と頬をふくらませたかと思えば、

ぱっと顔色が変わって、

うんうんと唸り始める。

……ひとりで勝手に話進めてる、この子。

「ご、ごめんなさい。

考え事してて気づかなくて。

どうしたんですか?迷子?」

もしかしたらさっき聞こえた「先輩!」の声も、

彼のものだったんだろうか。

……そうだとしたら悪いことした。

と思いながら声をかける。

「まっ、迷子!!僕がですか!!?

そうだったんですか!?」

「いや、知らないよ」

困ったなぁ、面倒くさい子だ。

なんて失礼なことが頭をよぎる。

「ち、違います、僕、その、

楓さんに言われて」

ばっ!と今度は顔を上げたかと思うと、

身振り手振りで説明し始めた。

「楓さんに?」

「あっ!僕、朔真って言うんですけど!」

「あっ、うん。私、馨」

唐突な自己紹介にもなんとか対応する。

……そして。話を聞いてみると。

どうやらこの子、朔真くんは、

楓さんに私と一緒に空木さんの所に行って、

安心課の業務を見てこいと言われたらしい。

「それ、事実?」

思わず確認をとってしまった。

安心課に来て数十年。

後輩なんて、出来たことすらないし、

楓さんがそんなこと言うかな?

って思うし、ていうか空木さんに会うのは

特殊業務なんじゃないかなぁとか思ったりして。

「あ、俺の後輩」

「あ、涼さん!」

「えぇ?!」

背後から涼の声がしたかと思うと、

あろう事か朔真くんは笑顔で応対した。

意味がわからなくて、私は思わず声が漏れる。

「なんだ、お前なの。俺の後輩連れていくの」

「…………俺の後輩?」

「そいつ、この春から入ってきたんだけど、

今回俺が指導役やることになって。

なんだけど急に楓さんが、違う先輩と

空木さんのとこに行けなんて言い出してさ。」

ちょっと心意が読めなかったんだけど、

まぁいいかって出したんだよ。

と言う涼。

「まっ、まぁいいかって!

ひどいですよ先輩!!!」

「あ、そうだ、こいつ、すぐ泣くから。」

「泣き虫じゃないです!」

「じゃあその目の水はなにかなァ〜」

完全に涼のおもちゃだ。

私はそう思いながら、

この楓さんの采配に納得した。

「なるほど、今回だけってことね。」

空木さんのところに行くのが

なんなのかは知らないが、

楓さんのやることなら多分間違いはない。

「あー、じゃあまぁ頼むわ」

ピラピラ、と手を振って

涼は自販機の方に足を伸ばす。

「お願いします!先輩!!」

「う、うん……」

キラッキラの瞳の後輩。

……この瞳を裏切りたくないような。

まぁ時が来たらバレることではあるけれど、

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