03 エントリー(+ある男2)


 ある男2


 これはある男のリドルストーリーだ。

 結末はかたられない。

 男がかたりたがらないからだ。

 いや、ひょっとしたら、これはリドルストーリーではないのかもしれない。

 結末はかたられるのかもしれない。

 男はだれかに、その胸のうちを知られたがっているのかもしれない。


 だせいの毎日は続いた。

 Eくんはときどきあざをつくって学校へきた。

 そのあざは、回を重ねるたび、だんだんと大きくなってきている。かていないぼうりょくというのは、その原因をとりのぞかないかぎり、エスカレートしていくものだ。

 男はEくんとの約束をまもり続けていた。

 つまり、なにもしないということを続けていた。

 男はあいかわらずやる気がなかったが、このごろは、そのやる気のなさに拍車がかかったような気がする。

 仕事にたいしてやる気がもてない。

 いや、仕事だけではない。

 何にたいしてもやる気がおきない。

 何もしたいとおもわない。

 男はふとかんがえた。

   なんだかさいきん、生きることすらもめんどうになってきたぞ。

 そんなある日だった。

 男のもとに一本の電話がかかってきた。

  私は諜報機関のものです。

 電話の相手はいった。 あなたをスカウトするために、こうして電話をおかけしました。

  どうして私なんかを?

 男はおどろいてきいた。

  まあ、くわしいことは会って話しましょう。今週末、ランチにいきませんか?

 あやしいとはおもったが、男はその誘いにのって、電話の相手と会うことにした。


  いろいろと調べさせていただきましたが、あなたほど優秀な人間が、なぜ小学校のせんせいなんかをしておられるのですか?

 会ってそうそうスカウトはいった。

 小学校のせんせいなんか、といういいかたは、ふつう失礼にあたるが、しかし男はまったく気にならなかった。むしろ、このスカウトがほんとうに諜報機関のものだという信用がつよまった。このスカウトはいまの言葉で、こちらの顔に怒りのいろが浮かばないことをみることによって、こちらがいまの仕事にたいしてやる気をもっていないことをたしかめたのだ。

  ぜひうちの機関へはいってください。世界を救う仕事ができますよ。

 スカウトのその言葉が魅力的におもえた。

  あなたはいまはやる気がない。しかしむかしはちがった。そうでしょう? だって、やる気のないもの、大きなことをやりたいとかんがえていないものが、名門の大学にはいって、これだけの成績を収めるでしょうか? 私はあなたとおなじ大学をそつぎょうしているので、それはちがうと知っているのです。あなたが過去に、どれだけの努力をしてきたかがわかるのです。しかも勉強だけではなく、スポーツでもかがやかしい結果を残している。あなたはまるで超人です。むかしのあなたには情熱があったはずです。だが、人はその情熱にみあったことに挑戦しなければ、かんたんに廃人になってしまう。なんのきっかけか、あなたはそこをまちがえた。そうしていまのあなたができてしまっている。しかしこれは変えられます。なにかものごとをはじめるのに遅いなんてことありません。あなたの情熱にみあった大きさの仕事をしてください。そうすることでやる気は取りもどせます。世界を救うことに挑戦してください。きっと、あなたにはそれが丁度いいはずです。

  すこし、めんどうですが、この書類を書いてきてください。後日会いましょう。

 そういってスカウトは話を終えた。

 男は次の日には退職を願い出た。

 学校のせんせいを辞めるための書類も、スカウトに渡された書類もすぐに書き上げた。その後、身体検査やら、面接など、いろいろな審査をうけた。

 そして男は採用された。

 世界を救うための、諜報機関のエージェントになったのだ。

 もう、めんどうだなんてきもちは、男の胸のうちから消えていた。


     ***

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