02 試合開始、エレベーターとぼくらの正体
ヘディの部屋にて、以前行われたミーティング。
エレベーターの活用について。
ラスティ「ケイドロの試合において、エレベーターの運用は重大な要素だ。上手く使えば絶体絶命の窮地を脱することができる。だけど、逆に一度の失敗で敗北が決まることもある。今度の〈大会〉までに絶対マスターしなきゃいけない。……つーわけで、今日は詳しい話をアネゴにご教授願うことにする。……アネゴ、どうぞ」
ヘディ「はい替わりました、あたしです。って、こらっ。ダイスケ。人の机の引出しを勝手に開けるな。なにも面白いものなんて入ってないわよ」
ダイスケ「エロ本はどこだ?」
ヘディ「バカっ。あんたたちと違って、あたしは持ってません」
ダイスケ「ちぇっ、つまんねー」
エミル「……」
ラスティ「……」
ヘディ「いまはミーティング中よ。ちゃんとあたしの話を聴きなさい」
ダイスケ「座学は苦手なんだよなあ」
ヘディ「……殴るわよ」
ダイスケ「さっ。どうぞ、アネゴさん。お話しくださいませ。ささ」
ヘディ「えへん。……そうね。あんたたち、一度押してしまった階数ボタンをキャンセルする方法って、知ってるかしら?」
ダイスケ「知らねえっす。そんなことできるんですか?」
ヘディ「できるわよ」
エミル「あ、ぼく知ってるよ。ダブルクリックするんでしょ?」
ヘディ「それで消せる場合もあるけど、できないときもあるのよ」
エミル「え。そうなの? あ、でも、そういえばたしかに、この前乗ったエレベーターじゃできなかったなあ」
ヘディ「機種によって違うのよ。長押しでキャンセルできるものもあるし、〈開ボタン〉と〈階数ボタン〉を同時押しすればキャンセルできるものもある。たとえば、そうね……フジテックのものだと五連打しないとキャンセルできないわ」
エミル「へー、知らなかった!」
ダイスケ「よくそんなこと知ってるっすね」
ラスティ「これはマニアってやつですわ」
ヘディ「ちょっとは興味が出たかしら? このあと実際に練習するから、ちゃんと聴いておきなさいよ」
エミル&ダイスケ&ラスティ「はーい、先生」
ヘディ「キャンセルの話をしたことだし、まずはちょっとしたテクニックの方から話しましょうか。エレベーターってのは、人が乗り込む〈カゴ〉の部分と、そこから伸びる〈ロープ〉、〈滑車〉を通して、その先にぶら下がる〈釣合い重り〉、〈滑車〉を回すための〈巻上げ機〉と、それを動かすための〈制御盤〉あとは〈巻上げ機〉にぶら下がる〈調速機〉と、ほかには当然〈乗場ドア〉、レール、ガバナーロープ、リミットスイッチ――」
ダイスケ「……ぷしゅう」
エミル「あのー先生。ダイスケくんが、すでに頭から煙を上げております」
ヘディ「――いろいろな構造があるけれど、あたしたちに関係あるのは〈操作盤〉だけね」
ダイスケ「それだけかいっ!」
エミル「あ、復活した」
ヘディ「それだけって言ったわね? じゃああんた、使いこなせるわね?」
ダイスケ「……自信ありませーん」
ヘディ「素直でよろしい。ではクイズです。カゴのなかのドアのとなりには縦に階数ボタンが並んでいるけど、ほとんどの機種ではそれとは別に、カゴの横のところに〈車椅子専用のボタン〉があるわよね? あれを押すことによって、ふつうの階数ボタンを押したときとどう変化するかわかる?」
エミル&ラスティ「先生わかりませーん」
ダイスケ「……エレベーターが、ゆっくり動くんじゃね?」
ヘディ「それによるメリットってなによ?」
ダイスケ「いや知らねえけどよ……でもさあ、ゆっくり、動くんじゃね?」
ヘディ「動かないわよ! 車椅子専用ボタンを押しても、ゆっくり上昇したり、下降することはありません」
ダイスケ「じゃあどうなるんだ」
ヘディ「ドアが開いている時間が、通常よりも長くなるのよ。車椅子の人は乗り降りに時間がかかるから、挟まれないよう考慮されてるのね」
ダイスケ「あー。なるほど」
ヘディ「通常の開閉時間は3〜5秒。もちろん機種によるけれど。車椅子専用ボタンを押した場合、これが10秒ほどに伸びるの」
エミル「……ほんと先生、どうしてそんなこと知ってるんですか?」
ヘディ「関心したなら、あたしを讃えなさい!」
ダイスケ「アネゴ、すげえ!」
エミル「アネゴ、素敵!」
ラスティ「あんたはまるでスパルタの王レオニダスのようだ!」
ヘディ「ふっふーん。……よろしい! じゃあ続き。一度上向きで呼び出したカゴを、乗り込んでから下の階へ動かしたいとき、ふつうは一度ドアが閉まってからまた開く動作が余計に入ることになるんだけど、これを省いて、いきなり方向転換する操作なんかもあるの。といっても、目的方向の逆側の別の階から呼び出しを受けていない場合に限るし、省略できる時間はせいぜい2〜4秒くらいなんだけどね」
ダイスケ「もはやなにを言ってんのかよくわかんねえ」
エミル「ほんとアネゴって、無駄に詳しいよね」
ラスティ「これはマニアってやつですわ」
ヘディ「関心したなら、あたしを讃えなさい!」
ダイスケ「アネゴ、ぱねえ!」
エミル「アネゴ、眩しい!」
ラスティ「あんたはまるでアレキサンダー大王のようだ!」
ヘディ「ふっふーん。……よろしい!」
ラスティ「こほん。えーっと、アネゴ。このミーティングのあとは実際に練習しようと思うから、具体的に、たとえばうちのマンションのエレベーターなんかを例にして話してもらえると助かるんだが」
ダイスケ「え、でもよー。うちのマンションは〈大会〉で使われる可能性が低くないか?」
ラスティ「〈大会〉のフィールドはまだ発表されていない。どうせヤマ勘でやっても当たらないし、なんでもいいから一度フォーマットを作っておけば、あとでスムーズに移行できると思うんだ」
ヘディ「その通りね」
ダイスケ「ふぉーま、ふぉ? ぉふ。ふぉーま……?」
エミル「だめです先生。ダイスケくんにとってそれは宇宙語のようです。ついでに言うと、ぼくにもいまいちわかりません」
ヘディ「いま練習しとけば、あとで上手くいくの」
エミル「あ。はい」
ダイスケ「なるほど。……アネゴって、何カ国語も話せるんだな」
ヘディ「英語しか喋ってないわよ! えーっと、……うちのマンションのエレベーターは分速650メートル。世界6位の速さよ。これは〈ブルジュ・ハリファ〉のものよりすこし速くて、〈台北101〉のものよりは遅いわ。この分速650メートルというのは、最高速度のことだから、当然、少ない階の移動のときにはもっと遅くなる。1階分移動するとき、5階分移動するとき、15階分移動するとき……ぜんぶが微妙に違う〈平均移動速度〉になるから、すこし複雑な計算になるわ」
エミル「エレベーターって、奥が深いんだね」
ダイスケ「そんな難しいこと、おれにできっかなあ」
ヘディ「操作はあたしがやるから大丈夫。もしあたしがいない側のホールを操作しなければならないときには、あたしが指示を出す」
エミル「はい先生! 質問!」
ヘディ「なんでしょう?」
エミル「そもそも、相手チームに妨害される可能性があるんじゃないですか?」
ヘディ「エミルくん。常に複数のカゴを確保しておけば大丈夫よ。それに、複数個のカゴを邪魔されたとしても、人的資源の観点からいって問題ないはずよ」
エミル「じんてきしげん……?」
ラスティ「つまり、複数個のカゴを操作するってことは、相手側のチームも、そっちに人をまわしてるってことだ。他のホールが利用しやすくなるか、あるいは追手そのものが薄くなって、エレベーター自体、無理に利用しなくたって済む状況になる」
ヘディ「そこは戦術のバランスがものをいうわね」
ラスティ「ああ。そもそもエレベーターを使うタイミングであったり、どのホールを使うかは、相手に悟られないように、おれがコントロールする」
エミル「なるほど」
ダイスケ「やっぱり、よくわからんです」
ヘディ「……しょうがない。あんたが覚えるのは、とりあえず一つでいいわ。乗り込むときのテクニックよ」
ダイスケ「乗り込むときのテクニック?」
ヘディ「ええ。エレベーターホールまで〈どの地点から、何秒かかるのか〉事前に把握しておくの」
ラスティ「しかしそれには送り手が準備するための、最低限の時間を確保する必要があるだろ? ようするに、3秒まえに連絡がきたところで、いきなりはカゴを用意できないはずだ」
ヘディ「その通りね」
ラスティ「たとえば、うちのマンションだと何秒いる?」
ヘディ「うーんと……そうねえ。うちのエレベーターはかなり速いから、20秒もあれば十分じゃないからしら。それだけあれば、妨害が一つ二つ入っても対処できると思うわ」
ラスティ「そうか。じゃあ乗り込む側は、〈エレベーターホールまで20秒かかる地点〉だけを覚えておけば、それで済むじゃないか」
ヘディ「うん! そうね。それがシンプルでいい!」
ラスティ「そうと決まれば話が速い。さっきも言ったように、べつに〈大会〉のフィールドがうちのマンションになるわけじゃないから、そのまま役に立つわけじゃねーけど、いまはノウハウの蓄積が大事なんだ。とりあえず、やってみようぜ」
エミル&ヘディ「おーう!」
ダイスケ「お、おーう!」
***
……まさか、そのまま役に立つとはな。
ラスティは苦笑した。
ケースはいま、ダイスケが持っている。その彼がトランシーバーを通して言う。
「北側ホール45階。20秒地点まであと5秒……3、2、1、通過!」
「りょうかい」
ヘディが応答。「北側ホール……カゴ確保。3号機がそちらへ向かうわ」
完璧に、連携が取れていた。
しばらくして。
「ふう……助かったぜ、アネゴ」
ダイスケの声が聞こえた。
どうやら無事にカゴに乗り込めたようだ。
ラスティはすぐさま降りる階を指示する。エミルとヘディに、次の位置取りを伝えながら、自分自身も移動する。
――勝てる。
と彼は確信した。
こういうことに関して、相手側は素人じゃないか。それに比べて、こっちは逃げるための訓練を日常的にしているのだ。しかも、フィールドを知り尽くしている。
――快勝だ。
危うさの欠片すらない。
エレベーターだけじゃなく、チームワークも、個人技も、すべてにおいてこちらが上回っている。
――塊勝といってもかまわないくらいだ。
でも油断はするな。
油断は足を掬う。
SWATの到着まで、もうそれほど時間はないはずだ。
最後まで集中しろ。
***
「――あっ。思い出したぁぁぁああああああああああっ!」
急にフリッツが無線にむかって叫んだので、コリーは耳がキーンとなった。
「うるせえ!」
バリーが怒鳴り返した。彼の声のほうがでかかった。
「……どうした急に?」
コリーはフリッツに訊いた。
「思い出したんです」
「だから何をだ?」
「正体です――あの子供たちの、正体」
――やけに大袈裟な言い回しだな、とコリーは思った。
「そういやお前、さっきあの子供たちのことを知ってるとか言っていたな」
「ええそうです。やっぱり俺、知っていたんですよ、あいつらのこと。……やっぱりあいつら、ただ者じゃなかったんだ」
「で。その正体とやらは何なんだ?」
「それは――」
***
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