第2話

ツクモは気を失った少女を自身のスーツを地面に敷いた上に寝かせると、しげしげと観察する。

雪のように白い肌、頬から生えた猫ひげ、セミロングの髪から覗かせるケモノミミ、ドレスの裾から伸びるフカフカの尻尾。そして手の平にある肉球。気を失った少女を起こさないように、ツクモは少女の肉球へと優しく触れる。


(……コスプレ、ではない?)


 まるで現実。だが、はいこれが現実です、とすぐに受け入れることは出来なかった。


 ツクモが疑ったのは何らか薬品を摂取したことによる幻覚。あるいは一瞬のうちに気絶をさせられてどこかへ拉致されたこと。そして、かなり可能性が低いが何らかのドッキリ。

幻覚ならば身体に何らかの異常が出るはず。分かりやすい症状は異常な動機、頭痛、多幸感。まずは己の手首に指を当てて脈拍の間隔を計る。ツクモの鼓動は普段であれば1分間あたり76回。ツクモは頭の中で正確に鼓動の回数と時間を計る。1分後、ツクモの鼓動は73回を数えていた。普段よりも落ち着いた鼓動。脈拍、異常ナシ。頭痛、ナシ。多幸感、いつも・・・ナシ。至って平常であった。


 次にがさごそとポケットをまさぐりスマートフォンを取り出すと日時と時間を確認する。

最後に時間を確認したのは7月12日20時18分。今現在の日時と時刻は7月12日21時08分。白猫と"追いかけっこチェイス"していた時間を勘案してもそれほど時間は経っていない。新宿で1時間以内にこのような花畑がある場所などない。そもそも、空は青空。時刻通りならまだまだ空は暗いはず。


(あと残るはドッキリぐらいか……俺をドッキリさせてどんなメリットがある? ただ、どっちにしてもこんなワケ分からない場所に連れ込む時間なんてないはず)


 そんなことを考えながら辺りを見渡していると、気を失っていた少女のまぶたがゆっくりと開いていく。

右目が緑、左目が青のオッドアイ。それは先ほど追っていた白猫と同じであった。


「あっ、あっ!」


「ちょ、ちょっと! 落ち着いて!」


 その少女はツクモの顔を見るなり飛び起きると、四肢を地面に着けて体勢を低くする。また、尻尾が大きく膨らんでピンと天を向く。

その様子はまるで『猫の威嚇』。少女のその身体的な特徴、そしてその威嚇するような様子。ツクモにはこの少女が先ほど追っていた白猫と同じではないのかという荒唐無稽な考えが浮かんでいた。


「えぇと。俺は赤川ツクモ。探偵をやってるんだ。君の名前は?」


 言葉が通じるか分からなかったが、まずは対話を試みる。

まず敵対的な存在ではないことを示すのが会話術ネゴシエートの第一歩である。対話術の技術は警察時代に磨かれたものであった。相手が猫に近い性質ならばと、さらにツクモはポケットから『にゃあちゅ~る』を取り出すして封を開けて目の前に差し出す。


「君、お腹は空いていないか? これ、美味しいぞ?」


「……探、偵?」


「(良かった、言葉は通じるのか。ならここは日本のどこかか?) ああ、俺は探偵をやってるんだ。オマケにとびきり優秀な、だ。それで君の名前は?」


 ツクモには山ほど聞きたいことがあった。ここはどこで、何のためにこんなところに連れてきて、目的は、己をどうしたいのか。

だが、まずは相手の目的が見えない以上、まずは相手から少しでも情報を得ることが重要であった。


ヒトの探偵様……! ああ、私は貴方に会うために禁忌を犯したのです。私を、私たちの国を救ってください!」


 威嚇の構えを解いた少女は追いすがるようにツクモの手を両手で包み込む。

ツクモはその少女の予想外の反応に思考を巡らせる。


「国を救う? そもそもここはいったいどこなんだ?」


「ここは猫人の王国『リシャーダ』。私はこの国の王女デレンドア・ラ・グドール・リシャーダです。ああ、本当に、本当に良かった……」


 さめざめと泣く王女デレンドア。その言葉を飲み込めないツクモ。

だが自身もまた混乱しているにもかかわらず、ツクモは泣くデレンドアの肩へ手を置いてゆっくりと落ち着かせるように手を置いて慰めるツクモ。少ししてようやく落ち着いたのかデレンドアは泣き止むと口を開く。


「本当は私たちの国にヒトを入れるのも、ヒトの国に行くのも禁忌なんです。ですがっ、ですが……! 2日前に父が、国王が誰かに殺されました……。それで、私の兄たちが父である国王を殺したのは兄たちの中に居るとお互いに罵り合ってしまっていて……。このままでは兄たちが殺し合いに、いえ内乱になってしまいます!」


 最初はここは日本のどこかで、自分は目の前のデレンドアと名乗る少女に騙されていると考えていたツクモであったが、その少女の尋常ではないその気迫に考えが変りつつあった。

現状では証拠などは1つもない。日本ではない、まるでここは”異世界”。まるで話にもならない荒唐無稽なお話。だからこそ、ツクモはこの話に乗ってみようと考える。何より、ツクモが求めていた危険な香りに満ちあふれていたのだ。


「……まあ、その依頼は引き受けるよ。ただその犯行の犯人を捜すためには犯行現場に行かなきゃいけないんだが、貴女のお話だと今の俺の格好じゃまずいだろう?」


「あっ、はい……。ど、どうしましょうか」


「探偵術奥義"変装術イリュージョニスター"」


 ツクモは己に特殊なメイクを施し、目の前に居るデレンドアと同じく頬から生えた猫ひげ、ケモノミミは軍帽の中に押し込み、尻尾はスーツの裾からうまく出す。

そしてツクモはあっという間にデレンドアと同じような格好になるのだった。


「ところで何故そんなにヒトの探偵にこだわるんだ?」


 ふとツクモは疑問を口にする。

禁忌を破ってまで頼りたいその理由。ここが異世界とするならば、とても不条理であった。


「……これです。この書物に”ヒトの探偵”は何でも解決してくれるって」


「それは……」


 何回も何回も読み込んだのか手垢で汚れてぼろぼろになった本をデレンドアはツクモに差し出す。

表紙も日焼けでボロボロになって題名が読みづらくなっていたが、なんとか読める文字を拾っていく。


「この本って『シャーロック・ホームズの冒険』……?」


 日本語で書かれた『シャーロック・ホームズの冒険』。異世界であると考え始めたツクモを一気に現実へと引き戻した異物。

ツクモは疑念に溢れた眼差しでデレンドアを見つめるのであった。

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猫の姫様、人の探偵 重弘茉莉 @therock417

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