ギョッとするんカイな

 誰もいないまだ日が明けたばかりの砂浜にふわりと着地する者あり。


 優人は着地してからすぐには動かず、辺りをキョロキョロと見回して危険はないということを確認してから、腕時計で現在の時刻を確認した。


 現在の時刻は五時を少し過ぎたほど、彼等が家を出たのが四時半ちょうどであったので、目的地に着くまで一時間も掛からなかったことになるわけだ。


 優人の家から海までだいたい50キロ程の距離がある。それを高々30分程度の時間で、それも全速力でないにも関わらずに向かうことができるそのスピードは目を見張るものである。


 だったら尚更あんな早い時間に叩き起こさなくてもいいじゃないか、と優人は憤慨したが、使い魔達はどこ吹く風で聞き流し、さっさと動けと言うかの様に好き勝手にギャアギャア鳴いた。


 そんな使い魔達の様子にもはや怒る気にすらなれず、ガックリと肩を落とし、溜め息を吐いてから、のたのたと無気力に海へ向けて砂浜の上を歩き始めた。


 ザブザブと海の中まで入ってゆき、水が腰の辺りまでの高さになったところで、頭の上に乗っかっているジンベーを掴み、無造作に海に向けて放り投げた。「ぬわー!」


 ドボンという音と水しぶきを撒き散らしながら、ジンベーは海へ頭から着水した。


 ジンベーが着水した衝撃により発生した波紋が消えたのと同時に、ジンベーが勢いよく海の中から顔を出し、無邪気な鳴き声で彼等を出迎えた。


 優人はそんな様子のジンベーに近づき、その頭を一撫でして背鰭を変形するように指示を出し、変形が完了したのを見計らってからジンベーに跨がり背鰭にしがみついた。


 背鰭にしがみつき終わり、白玉他、使い魔達が自分の体にしがみついているか呼び掛け、肯定の鳴き声が帰ってきたのを聞き満足げに頷いた。


 確認を終えた優人はジンベーに発進の合図のために、ジンベーの体を一擦りした。


 発進の合図を受けたジンベーは嬉しそうに一声鳴き、凄いスピードで、されど驚くほど静かに急発進した。


 しばらくは水上を好き勝手に泳ぎまわっていたが、なんの前触れもなくジンベーは水上からジャンプし、そのまま水中へと潜っていった。


 優人は水中に潜ったジンベーの舵を取り、食べられそうな生き物がいないか探すため、ジンベーを低速で泳がせた。


 そして食べられそうな魚を見つけたので、優人は袋から銛を取りだし、狙いをつけて一息で突いた。


 突き出された銛は過たず魚の胴体のど真ん中に突き刺さり、一撃で仕留めることができた。


 銛に突き刺さった魚を引き抜き袋に入れながら、次のターゲット候補を決めるために付近に漂っている魚の様子をうかがった。


 仕留めた魚を袋に入れ終えた彼は、また同じように銛を構え、ターゲットにした魚をえいやと突いた。


 それを何度か繰り返し、数が揃ったと判断した優人は銛を仕舞い、今度は海底にジンベーを近づけさせた。


 そして今度は海底にいる貝や蟹などを捕らえ始めた。これもまた、十分な量が捕れるまで続けていった。


(そろそろいいかな・・・)と、何匹目かの蟹を袋に放り込んだところで、そろそろ終いにして一旦陸に上がろうという事になり、ジンベーに陸に向かうよう指示を出した。


 陸に上がった優人は早速捕らえた海の幸を食べるために袋から網を出し、魔術で火を灯し袋から取り出した貝や魚を無造作に乗っけてゆき、焼いていった。


 それと平行して今度は鍋を取りだし、そこに湯を沸かすために水を入れ火を付けた。


 煮えていく鍋と焼けてゆく魚を視界に入れながら、彼は空を見上げた。


 空にはギラギラと光を撒き散らす太陽以外なにもなく、飛んでいる海鳥達がよく見えた。


 いつのまにか陽は完全に明けており、時刻は昼を回っていた。鬱陶しい光と不愉快な熱を撒き散らす太陽光に目を細め、手で遮りながら太陽に恨めしげな目を向けた。


 優人は痕跡を残さないような体に調整する過程で、汗をかかないで体温をある程度調整できるようになっていた。


 しかし、いくら体温を調整できるようになったからといって、この暑さを不愉快に感じないで我慢できるほどまだ精神の調整は済んでいなかった。


 たぶんこれから先も精神の調整は上手くいかないんだろうなぁ、と誰に言うまでもなく空に向かって呟き、溜め息をついた。


 と、そんなネガティブな考えに耽っているところで足をちょいちょいと突っつかれたような感触がした。


 その感触になんだ、と考え事を切り止め訝しげに足元を覗き込んだ。


 見ると、白玉が何かを伝えようとするかのように手足をバタバタと動かしていた。


「何やってんだお前」「・・・・・・!」(汗)


 白玉は身ぶり手振りでどうにか優人に何かを伝えようとするも、彼にはさっぱり伝わらず、業を煮やしたウサギはある方向にむけて前足をビシッと向けた。


 ウサギが示す方向にゆっくりと視線を向けると、そこにはほどよく焼けた魚と沸騰している鍋が・・・


「おぉう!?」


 それに気がついた優人は、慌てて鍋の火を弱め、魚を網から皿に移し、貝にバターと醤油を放り込んだ。そして煮えたぎる鍋の中に海老と蟹を投げ込むように入れた。


「危ね~、もうちょいで焦げるところだった・・・」そう言い、白玉に礼を言いながら改めて付近の匂いを嗅いでみると、意識して匂いを嗅がなくとも気がつけるほど、辺りには香ばしい香りが漂っていた。


 あまりにも考えに没入し過ぎて、これだけ強い匂いにも気がつけなかったとは・・・・


 そう考えて、優人はこう思った。なるほど、これでは精神の調整など夢のまた夢、いや、それどころか一人でダンジョンへ行くのすら致命的ではないか。使い魔がいなければ、今みたいに自己管理すらできないのだから。


 そしてこう結論をつけた。


 きっと俺はまだ一度目の人生の価値観を引きずっているんだろうな、と。


 優人はあ~あ、と声を出し、溜め息を吐いた。だがそんな自己嫌悪に陥っているご主人のことなど気にも止めず、ジンベーを吊り下げたオールは捕ってきたモンを早く食べさせろ、とご主人をせっついた。


 お前の悩みなんて知るか、とでも言うかの様なシャチとフクロウの態度に、優人はなんだかこんな風に悩んでいる自分がバカらしく思えて、ひどく滑稽な気がした。


(そりゃそうか・・・・、野生の獣は未来とか過去とか感傷にとらわれたりしない、今さえ良ければそれで良いんだもんな)


そうかんがえて、頭を振った。


(馬鹿馬鹿しい、今から旨いものを食べるってときに俺は何変なこと考えているんだ。今はそっちに集中しよう。悩むのは、今じゃない)


 そう考え、二匹の肉食動物に急かされるまま、皿に盛られた海の幸を食べ始めた。


 焼きたての魚を無造作に手でつかみ、熱さで取り落としそうになったがなんとか抑え、辛抱たまらんと頭からがぶりといった。淡白だが天然の塩がきいた旨味が口の中が広がり、思わず笑みを浮かべ、あっという間に一匹目を食べ終えた。


「おらフクロウシャチ、お前らが望んだ海の幸だぞう」「キュー!」「ホー!」


 ジンべーとオールに袋から取り出した魚を与えながら、優人は二匹目を食べ始めた。


 5匹目を平らげたところで、そういやモグドンと白玉にもなんか食わせなきゃなぁ、ということに思い至り、モグドンのほうを向くと、そこにはどっかりと腰を下ろしぼりぼりとフナ虫を食べているモグドンと、フナ虫の小山が目に入った。


「お前そんな量どっから捕ってきた?」「モガー!」


 モグラは放っておいてもよさそうだと判断した彼は、白玉に向き直りどうしようかとエビの殻をバリバリと剥ぎながら思案した。


 剥いたエビにかじりつきながら砂浜を見つめていると、波打ち際にうちあげられたワカメが目に入った。


 うちあげられたワカメまで近づき、拾い上げ、持ったまま白玉の元に戻ってゆき、白玉の鼻先にワカメを近づけ「食べる?」と聞いた。


 ウサギはワカメの臭いをフガフガと鼻を引くつかせて嗅ぎ、おずおずと差し出されたワカメを齧りだした。


「???????????????」ワカメを食べている白玉の反応は面白いもので、齧り、不思議そうに咀嚼し、飲み込んで硬直し、また不思議そうに咀嚼する。その繰り返しだ。


 白玉がワカメを食べている光景を見ながら、彼も海産物を食べるのを再開した。


「うめうめ」「???????????????」


 そして使い魔たちと満足するまで食べ終え、器具を仕舞っているところである異変に気が付く。嫌な予感がし、くるりと背後に向き海岸を見ると、砂浜に何か異物がある事に気が付いた。


 その異物はずぶぬれの人間で、うつ伏せになって波打ち際に倒れていた。しかも4人。男が1人、女が3人である。


 それが誰だか顔を見なくても臭いでわかる。優人は顔を覆い天を仰いだ。そして嘆いた。


 なんでだ!!!!


 この時点でもう碌な事にならないという予感は、それはもう大きなものとなっていた。

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