鍋は消ゆ

 彼はゆっくりと振り返った。如月がいた。


 もう一度正面を向き、また振り返った。如月がいた。


(何でだああああああああああああああああ「きっ如月!ナンデ?!まさか免許習得したのか?!」


 驚愕のあまり動揺してしまい、しどろもどろでついに如月が免許を習得してしまったのか、ということが口から出てきてしまった。


「雄介~どーしたのよーいきなり走り・・・あれ?佐藤じゃん、よー!」と如月の後方から、彼を追いかけてきたと思わしきいつもの二人が歩いてきて、優人がいるのを確認した二人は声をかけてきた。


(ナンデ?!だってお前!おま!え?ナンデ?このダンジョンのほぼ全域カバーしてんのにナンデ気が付かない?!ナンデ?!)「どうしてあんたらがここに?あんたらまさか免許を取ったのかい?」と気を取り直してとりあえずどうしてお前らがここにと、聞いてみることにした。


「いや違うぞ!まだ取ってないぞ!でもほら無くても入れる方法はあるじゃん?」優人からの疑問に如月はそう答えた。


「無くても入れる制度・・・あ!」その制度に思い至った彼は思わず顔を覆いたくなるのをどうにかして堪えた。


(特別訓練教室の・・・実地訓練・・・)


 そう実は免許がなくても入る方法はある。彼が挙げたような特別訓練教室というのがそれにあたる。


 特別訓練教室とは、まずそれに入るのが非常に厳しく、入った後も通常の訓練教室とは比べ物にならないほど厳しい訓練を行う実戦的な訓練教室である。


 実戦的な教室というのは名ばかりではなく、このように実際にダンジョンに出て訓練を行ったりするのである。だがダンジョンに出るときは必ず受けている生徒たちが固まって移動し、教官が数名ついているはずなのだが今の彼らは三人だけで、教官は影も形もなかった。


 それを聞くと如月たちはバツが悪そうな顔をし、ささやくような声でその理由を話し始めた。


「いや・・・それがさ、学校以外の初めてのダンジョンだったからさ・・・そのぅ・・・つい、な」(バカだろこいつら)


 抜け出してきたという如月に優人は心底呆れた顔をして、その後ろに縮こまるようにしている桜と優奈に目を向ける。二人は顔をそらした。


(優奈はともかく桜が止めないとは・・・同じ穴の狢、結局こいつも似たようなもんなのか・・・、あほくさ!)


「と、とにかくねぇ佐藤、なんかここらへんで面白いもの無い?」気まずい沈黙をごまかすために、優奈がここらへんで何か面白いものはないかと聞いてきた。


(このガキ・・・)「何か?うーん、じゃあそこら辺に生えてるこれなんてどお」と言いながら木に生えているクッキノコをペキペキ折って三人に手渡した。


「なにこれうま!」「すげークッキーだー」「なんか素朴な味ですねー」


「まぁそのまんm「まじこれ!うまうま」クッキノコ手身近に教えてやろうとして口を開いたが、木からクッキノコをもぐために走ってきた三人に跳ね飛ばされ最後まで言えなかった。


(痛てー!)跳ね飛ばされて痛みに呻くご主人を、使い魔たちは心配するようにキュルキュルと声を鳴らした。


 そんな優人のことなどお構いなしで三人は木に生えているクッキノコや、サラミタケ(食えるかどうか優人に確認して、食べられると言われるや否やすぐに貪る対象に入れた)などを食べまくっていた。


「なんて奴らだ・・・」ぼやきながらクッキノコとチョコダッケを食べながら、唐突に鍋のことを思い出した。


 急いで戻らなければと、思った彼は夢中になっている三人に手短に別れの言葉を送って、急いで鍋の元へ戻り始めた。


 走って行くのすらもどかしくなった彼は、オールに背中をつかませ飛んで戻ることにした。


 そこまで離れていなかったので正直飛ぶまでもなかったのだが、今の彼には走る時間すらも惜しかったため飛んで戻ることにしたのだった。


 鍋の元に戻った彼は、急いで鍋に駆け寄り吹きこぼれていないか確認した。吹きこぼれていないことを確認した彼は安堵の息をつき、蓋を開けた。


 そこには程よく煮えた、彼特製のいい加減鍋が出来上がっていた。


 早速よそおうとした矢先に背後からの「鍋だ!」という声にびくりと身を震わせて、作業を中断して背後を振り向いた。


 そこには如月たちが目を輝かせて鍋を凝視している姿が見えた。「ナンデ?!」「いやほら、迷ったときは経験者について行けって教官が」(バカナー!)


 驚愕して硬直している優人に、とてもキラキラした視線を送ってくる三人。


「・・・・・・・・・・」「「「・・・・・・・・・」」」



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(あああああああああああああああああ俺の鍋があああああお前それキレイに切り出すのにどれだけ苦労したかああああああああああああああああああああああ!あ!それはヤメロ!その魚は!あ!ああああああああああああああ!ああ!キンキラキノコがああああああああああああああああああああああああああああああヤメロおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああ)


 彼の心の中で繰り広げられる阿鼻叫喚な叫びなどつゆ知らず、好き勝手にお玉で掬い自分のお椀の中によそってはがつがつと三人は一心不乱に食べていた。


「少し薄味ねー」「うるさい!!!!!!」


 結局彼は鍋を一口も口にできず、そのうえ如月たちを特別教室のメンバーに合流させるためにだいぶ時間を消費してしまい、すべてのことが終わった時には夕暮れになっていた。


「あああああああああああああああ!!!!!!!!!!」狂乱するご主人に使い魔たちはやれやれと肩をすくめるような動作をし、溜息を吐いた。

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