第3話 聖人と教祖

聖人と教祖が道端で出会った。

 それぞれがひとつの宗派を率いた宗教家だ。誰もが互いに反発しあうものと思っていたが、牽制しあっていたのは最初だけで、いつの間にかお互いが相手の教義を認め合い、そして尊敬の言葉をかけ合っていた。

「あなたは、人類の救世主だ。私はあなたのしもべになりたい」

「すばらしい。あなたこそ、現代の仏陀だ」 

 お互いの相手に対する、宗教的感動は、彼らの熱い思いをやむにやまれぬものにした。

「私は仏陀ではない。あなたが仏陀です」

「なにをおっしゃる。あなたこそ仏陀なのだ!」

 その敬虔な譲り合いは熱を帯び、あたかも討論の様相であった。



 突然、彼らを取り巻く集団がざわめき、その中から、一人のお巡りさんが飛び出してきた。彼は、ふたりの宗教家の中に割り込んで、両手を広げた。

「往来の真中で、ぶった、ぶたないと、大人げないぞ。どちらが先に手を出したのか知らないが、その続きは署で聞こう!」

 聖人がお巡りさんの掴む手を振り解いて、穏やかに答えた。

「いや、この人が先に私のことを仏陀だといったのです。でも、それは間違いです。仏陀はこの人のほうです」

「いいえ違います」教祖も言葉を返した。

「仏陀はこの人です」

 お巡りさんはうんざりしたような顔をした。

「わかった、先にぶったのはこっちだな。署までくるんだ」

「ま、待ってください」

 聖人はいささか慌てた。

「仏陀はこの人のほうですよ」

「何いっているんですか。君が先じゃないか。先に仏陀といったのは。なら、先に行った方を連れて行ってください。私は忙しいので…」

「やってられませんな。あんたが素直に仏陀だと認めりゃよかったんでしょ。言い返すほうが悪いよな」

 もはや、お互い穏やかではいられなかった。額に青筋を立てていがみ合う二人は、さらに声を荒げた。

「ふん、あんたなんか、仏陀じゃない」

「お前なんか、仏陀じゃねえよ!」

「そこまで言うなら、呪いの呪文を唱えてやる」

 聖人が、両手をクロスしてへっぴり腰に構えたのを見て、教祖は片頬で笑ってすごんで見せた。

「俺の信者にゃ、組関係の奴もいるんだぜ」



 収拾のつかなくなった現場で、間に立ったお巡りさんは、ついに拳銃を天上に構えて叫んだ。

「これ以上騒ぎを大きくすると、容赦しないぞ。オシャカになりたくなければ、二人とも手を挙げて、署に来るんだ」

 騒ぎの原因が何かという事に、依然気づいていないようである。

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