寄り合う同志達



 朝の日がフェイロンのベッドに届く。フェイロンは眩しさで目を覚ました。


 今日は決行日当日、嫌がおうにも緊張する。


 顔を洗い下へ降りていくとハオユーとウンランが朝食を食べている。フェイロンもおやじさんに挨拶をし朝粥を貰う。焼き魚と野菜の煮物が一品。これを小皿に取る。


 おやじさんが厨房から出てきてフェイロンに告げる。

「ホアンさん、今日が決行の日と聞いたね。それでこの店も休みにするね。参加する人全員に行き渡るように唐揚げを大量に作っておくね。暴動が上手くいくように私も心から祈っているね」

「おやじさん、いつもすまないね。気を使ってもらって。多分十人ほどが集まる予定なんでよろしく頼むよ」


 そこへシャオタオの登場だ。

「おはようフェイロン。いよいよ今日ね。なにか食べたい物とかある?私が作るけど」

「おはよう。そうだな。豚の角煮が食べたいかな。ここの角煮は美味しいからな。食べさせてくれるとありがたい。三人前頼んでいいかな」

「お安い御用よ。昼ごはんまでには作るんで待っててね」


 しばらく三人とも無言で座っていたのだがフェイロンはやおら立ち上がると厨房の中に入って行った。


 そしておやじさんに言う。

「おやじさん、もうシャオタオから聞いているかもしれないが、この俺とシャオタオの結婚を許して欲しいんだ」


 親父さんは唐揚げの仕込みをしている手をしばし止める。そして手を洗うと握手を求めてきた。

「少し跳ね返ったところがある娘だけどよろしく頼むよ。なにこっちは女給をひとり雇えば問題ないね。それで式はいつか決めているのかね」

「今日から四日後にしたいんだが」

「そりゃまた早い話だね」

「ああ、この暴動が終わると俺はお尋ね者になる。なるべく早くここから脱出したいんだよ」

「なるほどね。行く宛はあるのかい」

「広東に昔馴染みの同じ洪家門の爺さんがいて武館の跡を継げと言って来てるんだ。ここは渡りに舟とその話に乗るつもりさ」

「広東か……遠いね」

「着いて落ち着いたら手紙を書くよ。弟子はまだ五十人ほどだそうだが、俺が三百人まで大きくしてみせる。金の事で苦労はさせないよ」


 おやじさんは顔を上げフェイロンをじっと見つめる。


「幸せにしてあげてくれよ……」


 そしてまた唐揚げの仕込みに戻った。


 心配そうにそのやり取りを見つめていたシャオタオ。フェイロンはすれ違いざまにお尻をパンと叩く。


「さて、まだ時間が早すぎるな。旅の途中でやった散打が面白かったんでそれでもやりながら時間を潰そう」


 フェイロンは椅子を持って来るように言う。店の角に行き椅子と椅子を対面させる。


「まずはハオユーだ」

「俺?」

「真剣にやるんだぞ」

「分かった」


 ハオユーは鶴形拳の構え。それに対してフェイロンは虎爪を上下対にして構える。ウンランは始め虎形拳の構えと思っていたのだが……


 散打が始まった。フェイロンの突きに対してくるりと輪をかいて受け流すハオユー。しかしフェイロンの拳は、そのまま、ハオユーの額へと飛んで行き、バンッと裏拳が炸裂する。


 それでハオユーにも火がついたようだ。鶴拳で怒涛の攻撃である。それをフェイロンは事もなく受けて回るがやはり虎形拳とは何かが違う。いつも片手が空いているのである。ハオユーが右拳でフェイロンの水月を突こうとすると、左手で押さえ込むと同時に右掌をハオユーの上段にぶち当てる。


 攻防同時。右で攻撃している時は、左を防御に、左で攻撃している時は右を空いている状態に保つ。


 ウンランはたまらず質問をする。

「兄貴!その拳は虎形拳とは明らかに違いますよね。なんですか、それは」


「見抜いたか。腕が上がっている証拠だな。これが本当の龍形拳だ」

「龍形拳……」

「各門派にはいろんな秘技があるものだ。演武用に秘技の部分だけを他の簡単な技に変えたり、その部分を抜かして演武する流派もある。洪拳も例外ではない。五形拳の套路を踏むとき、龍形拳だけゆっくりとやるだろう。ありゃ体操だ。本当の龍形拳の套路は独立して存在する。お前が免許皆伝したら正式に教えてやる。その時まで研鑽を積むことだ。いいな」

「わ、分かりました。しかし奥が深いですね……まだ上の套路があるとは……」


 そうこうしているうちに昼がきた。椅子を戻し三人が待っていると豚の角煮と白米と菜っ葉の炒めものが四人分テーブルに置かれ、空いている席にはシャオタオが座った。


「初めてじゃない、一緒に食べるのって」

「そうだな、シャオタオは仕事してるもんないつも」


 豚の角煮は柔らかく煮えている。これが白米によく合う。

 四人は無言でがつがつ食べる。


 腹が太ると眠くなる。

「少し居眠りしてくるよ」

 とシャオタオに言い渡しフェイロン達は昼寝をしてしまった。


 夕方、まず現れたのはやはりザンだった。と同時に入ってきたのは形意拳のリァンと八極拳のタン。皆真剣な顔をしている。


 シャオタオがお茶を振る舞う。


 日が暮れていく。そこに現れたのは義和門の各地の頭三名。おやじさんが鶏の唐揚げを大量にテーブルの上に置く。みな無口に唐揚げを取って食べ始める。


「餃子もあるんで食べていってね」


 皆が餃子を食べているとやくざの親方が顔を見せた。

「昨日は眠れなかったよ」

 と親方が言う。


 一時間ほどして詠春拳の頭が登場だ。皆が無口なのを見て「静かだなーおい」とウンランの頭をくしゃくしゃにする。


 ザンが言う。

「俺達義和門はまだ近くの路地裏に待機している。ひとりに懐中時計を持たせ、十二時ぴったりに並んで出てゆき、人の輪をつくる予定だ。建物はフェンスで囲まれていて中の軍人が非常に逃げやすい構造になっている。俺達も十二時ぴったりにここを出て人の輪の連中と合流する。ここまでで何か質問は?」


「行ってみなけりゃ分からねーな」

 と詠春拳の頭。皆も同意見だ。



 そこへ最後の一団、周家蟷螂拳のジィが駆け込んできた。これで全ての人員が整った。


 そこから静かに時を待つ。


 十時、十一時、十二時……


「出発だ!」

「おう!」


 皆、泰定酒家を後にした。

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