第5話 人面瘡

 ある日突然、左手の手首に大きなおできが出来た。それがどんどん膨れ上がり、三つの切れ目が現れたかと思うと、目と口になった。すぐに真ん中が隆起して鼻の形になり、おできは人の顔になった。

 人面瘡である。

 そいつが凄く生意気な口を利くのだ。

「お前、中学生の癖にタバコをすっているな」

 もちろん、人面瘡とは言え自分の一部でもあるから、ごまかしは効かない。

「大声でしゃべられたくなかったら、俺の言う事を聞け」

 それを拒めば、近所のコンビニで万引きした事、お袋の財布を開けて勝手に小遣いを拝借した事、兄貴のエロ本を盗んだ事、全部、みんなにばらしてやる、と脅かす。

 タバコが欲しいと言うからくわえさせてやったら、とても美味そうに吸う。未開の首狩り族のような赤い顔で、なんとも醜い。

 その上、酒も好きだし甘いものも好きで、食い物に我ままが多い。口と鼻でちゃんと息をしていて、知恵も人間と変わらない。

 ペットとして飼うには手間は要らぬが、二人きりになると何しろうるさい。脅されると言うなりになるしかない。

「それにな、お前友達がいないだろ」

「……」

「俺が話し相手になってやるぜ。俺はお前のただ一人の理解者だということを忘れるな」

 と、やさしく言われると、つい我慢してしまう。

 そのうち、人面瘡が、同級生のK子をデートに誘え、と訳のわからない命令をしてきた。

 毎日、酒とタバコの調達だけでも苦労しているのである。この上、女の子の嗜好まで口を挟まれたくなかった。それに、遠まわしな言い方で表現すると、K子はクラスで一番、美人じゃない。最も付き合いたくない相手だった。

「嫌だ」

 と、今度だけははっきりと断った。

「いいのか、ばらすぞ。大声でお前の罪状を公表してやる」

「ま、待て、どうして彼女をデートに誘わなければならないんだ」

「よく観察してみろ、これだけ気候が良くなっても、K子は未だに長袖を着ている。女には女の人面瘡が宿るのだ。彼女の左手首には、きっと俺の彼女、いや妻になる女性がいるに違いない」

「妻って、まさか結婚する気か……」

「うん」

「結婚したら、離れているわけにはいかないだろ?」

「当たり前だ」

「K子といつも一緒なんて、俺、嫌だ」

「女は顔じゃない。言う事を聞け」

「……」


 誰かがいなければ寂しくてたまらないときもあれば、一人でいたい時もある。どちらを選ぶかは、個人の自由である。

 なんだかとても煩わしくなって、その日、風呂に入り、手首を湯船に二十分ほど浸けた。

 あっけないお別れだった。

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