今を生きる

あじその

Seize the Day

 投稿サイトに違法にアップロードされた動画を眺めていた。

 画面の中の少女はまるで絆創膏みたいに小さな水着を着て、バランスボールにまたがり軽快に跳ねている。

 私の半分も生きていないだろう少女の張り付いた笑顔に目を細める。


 それにも飽きて窓の外に目を向けると、嫌味なほどに見事な茜色が広がっていた。


 空の色1つで感傷的になれること。

 それだけが人間に残された最後の美徳だと考えている。


 そんな気持ちなどお構いなしに美しさとは程遠い間抜けな腹の音が鳴った。

 そういえば今日は何も入れていない。安酒とおつまみ以外の食料を切らしていたので面倒だが近所のコンビニまで買い出しに行くことにした。


 しばらく会話をしていないので、念のために発声の練習をする。

「あ、カードないです」

「あ、作らなくていいです」

「あ、レシートいいです。ありがとうございます」

 根拠のない自信とともに簡単に身だしなみを整えた。

 鏡の中の自分は死んでるように覇気がなかったが、見なかったことにした。


 部屋着のままで出歩くことにも慣れてしまった。

 だが今日のそれが高校時代の指定ジャージだと気がついた時には、思わず自嘲的な笑みがこぼれた。

 まるで新品のように状態がいいことが自尊心の甘噛みに拍車をかける。


 サンダルをつっかけてて地面を蹴る。想像していたよりも少し肌寒かった。

 10年前から何も変わっていやしない。自分も。世界も。顔は少しやつれていた。


 出かける際、川に住んでいる鴨に挨拶するのが数少ない習慣になっている。

「過去は過ぎ去りもう無い。未来きたらずまだ無い」

 大好きな歌をぼそぼそ口ずさむ。


 動物は過ぎ去った時にいつまでも焦がれたりはしないし明日を憂いたりもしない。 

 それは素晴らしいことだと思う。


「ただ今を生きよう」

 わざとらしく呟いてみる。


 蓄積される焦燥感から視線をぼかすフリばかり上手になったと感じる。

 数少ない話し相手もそのうちどこかへ飛び去ってしまうのに。


 いつもと同じカップ麺をいくつかカゴに入れた。

 今日は何食べようとか考えることすら面倒になっているのかもしれない。

 さっきの鴨だって似たようなものだろうし、そういう生き方もありだろうとレジに視線を向ける。


 すると意外なものが視界に入りこんだ。


 それは昔遊んでいたトレーディングカードゲームのブースターパックだった。

 私が忘れてしまっていた間もずっと、発売され続けていたことに驚いた。


 懐かしいような恥ずかしいような不思議な高揚感があった。


 せっかくなので購入してみるかと値札を見たが、1日分の食費と同じ数字が記載されていたので見なかったことにした。


 少しくらいの金銭的な余裕はあったのだが、カフェインとニコチンの誘惑に負けてしまった。

 趣味代を捻出するためスティックパンをかじっていた少年からすると、さぞやしょうもない大人になってしまったことだろう。


 型落ちしたラップトップパソコンの前でうどんをすすりながら、先ほど再会した旧友のことを検索にかけてみる。

 すると間もなく液晶に大量の情報がされ、目くらましをくらったような気分になった。

 懐かしい名前の中には高給取りになっている奴もいた。当時は誰も使ってなかったようなカードじゃないかと驚いた。


 実家の押し入れにしまいこんだまま忘れるくらいには。


 売り払ったらちょっとした金額にはなるだろう。

 下心が膨張するのを感じた。

 久しぶりに両親の顔を見に行く言い訳にもできるだろう。


 その日の夜行バスで帰った私を、両親は昔と変わらない態度で迎えてくれた。

 心遣いが素直にありがたいと思った。

 

 近況報告もほどほどに、物置になった元自室を漁ってみるとすぐに、小学校の卒業文集が見つかった。

 パラパラと流し読みする限りには、将来の夢という題材に対する様々な思いが綴られているようだった。

 ケーキ屋、野球選手、そういったある意味では模範的な解答が並ぶ。


 ふと目に止まった項に書かれていたのは下手くそな字で

「UFOになりたい」

 なれてたらいいなと思った。

 

 項をめくる。さっきよりもずっとひどい暗号のような文字が並ぶ。

「みんなを笑顔にするアイドルになりたい」

 なれてたらいいなと思った。


 懐かしい気持ちになって、その頃仲の良かった人のことを思い出していた。


 今どうしているんだろうかと気になり、悪いとは思ったがインターネットで検索してみることにした。

 彼は今、上京してパンクバンドをやってるらしい。


 動画サイトの画面の中にいる少年はUFOへの思いを叫んでいた。

 画面の中の彼の表情はまっすぐだった。曲はダサかった。


 実家で回収したカードを専門店の買取カウンターに差し出した。

 少し時間がかかるかもしれないとのことだったので、必要書類を記入して店内の様子を眺める。

 私と同世代くらいの青年たちが真剣な表情で無言の対話をしていた。


 しばらくすると査定の完了を告げるアナウンスが流れた。

 1枚だけ値段のつけられなかったというカードを受け取り、買取承諾書にサインをする。


 相変わらず暗号のような文字だった。


 帰り道、川沿いを歩いていると少し肌寒く感じて、無意識にポケットに手を入れた。

 そこには少し生暖くなった先客がいた。

 かじかんだ指先で寒空の下に晒されたのは《今を生きる》というカードだった。


「まぁ、やってみるよ」

 そう呟いて大きな伸びをする。

美しさとは程遠い間抜けな音が運動不足を告げる。


 意地悪な笑みを浮かべながら携帯を取り出しバランスボールを注文した。


「きっと上手に飛べるさ」

 水しぶきをあげて飛び去る話し相手を見送った。

 

 前を向いて歩き出した少女の踵から春の音が鳴った。


 了


今を生きる/Seize the Day (3)(赤)

ソーサリー

クリーチャー1体を対象とし、それをアンタップする。このメイン・フェイズの後に、追加の戦闘フェイズ1つとそれに続く追加のメイン・フェイズ1つを加える。

フラッシュバック(2)(赤)(あなたはあなたの墓地にあるこのカードを、そのフラッシュバック・コストで唱えてもよい。その後それを追放する。)

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今を生きる あじその @azisono

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