第7話 伝えたい言葉、一つ

 まだ絵が完成した事の余韻が残っている翌日。そこまで寝起きが良い方では無い癖に熟睡出来てなかったのかと思える程一気に目を開けて覚醒する。ここまで冴えわたる寝起きはそうそう無かったと言えるくらいには寝起きが良かったが、それはきっと昨日の高揚感だけでは無く今日行う内容への緊張も多分に含まれているだろうと考えていた。時計を見ればいつもと変わらない起床時間、五時半十分前。ベッドの上からゆっくり降りてカーテンを開ければ、この一週間ずっと一緒にいた太陽が今日も街を照らし始めていた。その眩しさに目を細めながら窓を開けて深呼吸を一回して首を鳴らす。


「……やっぱり日焼け跡が痛いな…」


 俺は首元を軽く擦ると落ちてくる皮膚を見ながら溜息を吐く。桜夏を描いている間は気がつかなかったのだが、昨日シャワーを浴びた時に首や腕、顔などに刺すような痛みを覚えて、この数日間での焼け方が改めて身に染みた。一日寝ればある程度は慣れるかと思っていたが、現実はそんなに甘くなく、布団カバーの上には寝返りや寝相が悪くてどこか掻いていたのかポロポロと細かい皮膚の薄皮が落ちている。こんな朝方に掃除機を回しては音が辺りに響いて適わないので、俺はカバーをベッドから外して表面を包むように持ちながら戸合いに払い捨てようと窓を開ける。すると、窓の死角になる真下に見知った顔を見つけた。


「…お、クロか。久しぶりだな」


 そこに居たのは一匹の黒猫。野良猫であるはずなのだがどことなく高貴さを感じる立ち振る舞いに、何となく気持ちの読めないフラットな目つき。本当に野良なのかを疑う程に良い毛並み。近所で黒の野良猫は何匹か居るのだが、見間違えるはずも無くクロである。


「久しぶりだな。来てるなら窓辺にでも乗ってくれればこっちも気づくのに」


 周りに人がいれば気色悪がられるかも知れないが、俺は気にせずクロに話しかけながら当たらないようにカバーをバサバサ払う。クロは俺の顔を見ながら小さく一鳴きして前足で首の辺りを掻いた。いつも道路とかで遭遇した時に比べて朝には弱いのか、どことなく動きが緩慢な気がする。まだ眠いのだろうか。


「こんな朝だし眠いのは当たり前だよな。…そうだ、アレ食うか?」


 手で残り滓を払いながら聞くと、クロはピタリと動きを止めてこちらを凝視してくる。そして首を傾げた後に、にゃあと一鳴き。時たまこの猫は本当に人間の言語を解しているのではないかと思える挙動をするのでドキリとしてしまう。その分話し甲斐もあるというものではあるのだが、何にせよ今の鳴き方と尻尾の振り方を見る限りご所望のようなので俺は布団カバーを雑に仕舞った後本棚に置いてある煮干しを五本取り出して窓際に戻る。クロも器用に窓の淵に登り前屈みになって構えている。


「そんなにがっつくなよ…ホラ」


右手に四本持ってその内の一本を人差し指と中指で挟んでクロに向けると、クロは一気に頭から齧りだした。勢い良く食う割には俺の手に歯などが当たらない絶妙な食い方。猫の癖して中々人への気遣いが出来るものである。皿などに置いた時も、液体などでなければクロはなるべく犬食いにならないよう前足などで綺麗に対象を上に持ち上げて食べたりする事もあるらしく、上品さとかがあると言うのならばクロは間違いなく百点満点だろう。半分ほど食べた所でタイミング良く指を離せば咥えながら上を向いてゆっくりと咀嚼して嚥下する。


以前に矢矧と餌を与えた際に、彼女がうっかり地面に落としてしまったものを拾って食べさせようとしたら大層嫌がり威嚇されていたのをふと思い出す。確かに人間なら地面に落ちたものを食べようとは思わないが、よもや野良猫がそのような考えをしているのだろうかとクロを見ると不思議に思ってしまう。とにかく綺麗好きで偶に外で水を撒いている家に寄っては水浴びをしているところなども目撃されている不思議な猫だ。


そんなクロに餌付けをしながら俺も煮干しを一本齧る。出汁用の煮干しなので大分しょっぱいが、これくらいの塩気がするのをちびちび食べるのも悪くない。


俺が一本目を食い終えた頃にはクロは三本目も終わりに差し掛かっており、顔の毛繕いをしたり欠伸をしたりと最初の頃に比べて少しペースがゆったりしたものになっていた。のんびりとした姿はとても可愛らしく、愛嬌を感じる。一応飼い主は居ないようなのでこの辺りの住民で可愛がる地域猫のような立ち位置のクロだが、人当たりは個人差があるので話しかけてもそっぽを向かれる人もいるとか。そんな中で、自分にはそこそこ好感触であるため何だかんだこの猫とは仲良く遊んでいる。昔はアニマルセラピーなんて信じていなかったのだが、今なら猫カフェに足繁く通う人たちの気持ちが分かる程度には猫で癒しを覚えてしまった。猫は、良い。


そんな事を考えていると、クロが最後の一本を食べ終えて伸びをしていた。そして何かを思ったのかこちらを向いて、なぉ、と鳴いてきた。鳴き方を聞くに今のは御馳走様では無さそうで、すると何が言いたかったのだろうか。顎に手を置いて考えているとクロは戸合いの方に降りて円状にグルグル走り出した。


「あぁ、日課の事か。今日は休みだよ。昨日までの疲労が溜まった…ってのもあるんだが、それ以上に今日は乗り気にならないって理由が主だけどな」


 俺がそう言うと、走るのを止めてまたこちらに寄ってくるクロ。にゃあと首を傾げて聞いてくる姿は、どことなく心配してくれているようにも見える。


「体調不良とかじゃないから心配するなよ。……ちょっと今日やろうとしている事に対して自己嫌悪とか色々があったりしてな。気が乗らないだけだ」


 クロの頭に手を伸ばしながら話し続ける。話し甲斐がある猫と言うのも奇妙なものだがこれだけ反応があると仕方がない。猫なら誰かに喋ると言う事も無いので何となく安心して相談、と言うよりは愚痴を言える。クロにとっては無関心、又は面倒この上無いかも知れないが、嫌気が差したらどっかに行ってくれるだろう。それほどまでにこの猫は賢い。偶に猫なのかと疑ってしまうくらいだ。


 それにしてもと俺はクロに話しかけながらこれからやろうとしている計画を頭の中で反芻する。このタイミングで両親が旅行に行くのは、ある種の偶然が重なった奇跡的なもの。逃す手はないのだが、それにしたってまたアレに頼る事になりそうなのは頭が痛くなる。ましてや、前回は精神的な免罪符がありはしたが今回に至っては理由が話せない以上それが無い。誰がどう見ても犯罪である。それを分かってて行おうとしているのだから世話は無い。


「ま、お前が次にこの部屋を覗いた際に蛻の殻だったら自治会送りにあったと思ってくれや」


 自嘲気味に笑いながら口にはしたがあり得ない話では無い。良くて家族会議、悪くて自治会行きとなれば最悪は想定しておいたほうが良いだろう。四谷さんには迷惑をかける事になりそうだと思うと、頭痛の種がまた増える。だが、引き下がれる場所はもう過ぎてしまった。後は走り抜けるだけなのだと自分に言い聞かせてやる気を奮い立たせる。


クロも何を言っているのか分からないような素振りを見せてはいたが、そもそも猫に分かるわけが無く、寧ろ相槌を打つかの如く首を縦に振ったのは凄まじいと思った。


「……さて、愚痴ばっか聞かされてもつまんないだろう。遊ぼうぜ、クロ」


 クロに促すと気だるげに欠伸をしながらもまだ俺に構ってくれるようで前足で空を切るような仕草を見せてくれた。これ以上猫に愚痴を漏らしても仕方がないしクロもそんな物を聞きたくないだろう。そう思って俺は気を紛らわそうと猫じゃらしやブラシなどを部屋の棚から持って来て、朝御飯までの時間をクロと過ごした。





「それじゃあ名蔵さん、今日明日と宜しくね。夕飯と明日の朝御飯代はさっき渡したので何とかしてちょうだい。家を出るときは戸締りしっかり頼んだわよ。昼までには帰ってくる予定だから」


 それからクロとひとしきり遊んだあと、いつの間にか朝食の時間になっていて雪根さんに呼ばれて食事を始める。朝の日課に行って無い事に多少驚かれたが夏休みという大義名分や連日の疲れが溜まったので今日は休んだと適当に誤魔化し納得してもらう。トーストとスクランブルエッグを食べながら四季桜を半目で見て今日の行動を頭の中で再確認する。そして皿を洗い、両親が旅行へ出かける準備をしている間ニュースを眺める。昨日の夜に能代からの連絡があって土曜にも朝練を行うかと聞かれたが、明日だけは予定があると言って既に断りを入れている。俺の勝手な用事で能代を振り回すのは申し訳なかったが、能代はそもそも土曜は女子男子どちらも練習の予定を入れてないから飛び入りで練習が出来るだけだったらしい。要は土曜に暇だったらどうだろうか程度だったとの事。実に能代らしい気遣いだと思った。


何がともあれこれで今日の憂いを全て無くして俺は計画を実行する事が出来る。逸る気持ちを顔に出さないようにと緊張しながら両親の見送りをする。


「おぉ、忘れ物とかは無いだろうな?」


「ただの一泊二日の旅行よ?そんな必要なものなんて無いわ。せいぜい若干の小銭とICカードがあれば大抵の事は何とかなるし」


「せいぜい着替え程度か?それもあちらで気づけば適当な物を買えば良いだろう」


「…まぁ二人してそう言うんならば構わないけどな。浮かれて事故とかに遭うんじゃねぇぞ」


 どうやら今回の旅行はそんな大層な目的があって出向くものでは無いらしい。なら俺の事は気にせず楽しんできてほしいと思い軽口を言うと、両親は一瞬だけ顔を暗くしたような気がした。しかしそれもすぐに消えていつもの笑顔に戻る。


「心配しなくても大丈夫よ。それじゃね、名蔵さん」


「俺達が居ないからと羽目を外し過ぎるなよ。…まぁ余計なお世話であろうが」


 最後に二人はそう言って家を出た。親父の最後の一言はグサリと胸に刺さったような気がしたが、もう後には引けない。玄関の扉が閉まり、二人の話声が遠ざかっていくのを確認してから、俺はゆっくりと自室に戻る。そして、机の引き出しのじっと見つめ、意を決して右側の鍵がかかっていない引き出しの方を開ける。


「まさか、またこれを使う日が来るとはな……因果なものだ」


この引き出しの中に入っている道具はたった一つ、しかしこれを目にする度に嫌な事を色々と思い出してしまうからと言う理由で引き出しにしまって二度と開けてなるものかと心に決めていたが、よもやこんなしょうも無い一件で再び使う羽目になるとは、人生とは分からないものだと頭が痛くなる。しかし、感傷に浸っている時間は勿体無い。時間が無いわけでは無いが早く終わるならばそれに越した事は無いのだから。


「……ま、仕方ないよな」


 部屋に溶けた言い訳は誰に向けたものなのか、考えるのも馬鹿らしくなってくるので顔をしかめながらその道具を取りだす。長方形のケースを開けると八本の持ち手つきの金属棒が入っていて、それぞれ微妙に長さと先端の曲がり方が違う。そしてハンドル形状の金属棒とこれまた持ち手つきの平べったい金属棒の計十本。更には白色のレーザーポインターも含めて全部が揃っているか、そして久しぶりに出すので錆びていたり欠けていたりレーザーが点くかどうかを丁寧に確かめる。


「………良し、特に問題は無さそうだな」


 湿気とかの影響は特に見受けられずホッと胸をなでおろす。本来ならばこの計画を考えた時点で確認をしておくべきだったのだが、あの絵を描いている間にこれを見るのは絵に影響が出そうだったので止めておいた。正直、今この瞬間でも自己嫌悪が渦巻いている。


「なんて言ったってこれを使った回数=犯罪の回数だからな…思い出すだけでも嫌になるぜ」


 先程の金属棒の中で4番と根元に書いてある棒と平べったい金属棒を取り出して左側の棚の鍵穴に感触を確かめながら差し込んでいく。窓の外で元気に鳴いているミンミンゼミの音を聞きながら何回かカチャカチャと音を鳴らしながら鍵穴を弄り、カチリと小さい音が鳴ったのを聞き取る。そして差し込んでおいた平棒を左方向に力を入れて回すと、鍵は回り解錠された。どうやら腕はそこまで落ちていないようだ。


「個人的には出来なくなってて欲しかった気もするけどな……流石に使う番号が分かってる鍵穴ならこんなものか」


 自嘲気味の溜息を漏らしながら呟く。そう、この金属棒達はピッキングツールである。


これは、昔にとある事情があって俺は様々な特技を身につける事を余儀なくされた際の一つであり、簡単なシリンダー錠程度なら数分もかからずに解錠する事が出来た。最も、大分ブランクがあるため今はそこまで迅速な鍵開けは出来ないであろうが、机の鍵を開ける程度なら今の腕でも十分可能であろう、と思っている。そこそこ良い値段のするのを買った為、マグネットシリンダータイプの鍵も対応している優れ物である。


 楽観的な考えもそこそこに、俺は開けた引き出しの中身を取り出す。この引き出しを開けたのはわざわざ腕の鈍りを確認するためでは無く、この中に入っている道具を今回使う予定だったからである。勿論、鍵付きで、あまつさえその鍵を捨ててまで他人が解錠できなくした引き出しの中身がマトモな代物であるわけが無く、基本的にロクでも無い物がここには詰められている。どれを見られても怪しまれることは間違いないだろう。


「さて……こんなエアコンを使わないような部屋で放置されてて、壊れたりしてねぇか…?」


 機械は使って無くても熱が籠るだけで壊れてしまいかねない。こんな寒暖差の激しすぎる部屋でほったらかしにされてマトモでいてくれと思うのは些か虫の良すぎる話であろうか。俺が耐えているのだから機械にもぜひ耐えてほしい所ではあるが、それを機会に求めるのは流石に酷かもしれない。とりあえず故障していない事を願いながら俺は中にある一つの機材を取り出した。


 引き出しの中からアルミフレームで囲まれた薄型の長方形をした機械を取り出してバサバサと仰ぎながら熱を気休め程度に冷まし、机の上に水平を確認しながら置き、右上から伸びた電源コードをコンセントに差し込む。そして若干緊張しながら電源を入れると、表面のパネル部分のバックライトが点灯した。


「………おぉ、祈りが通じたっぽいな」


 点灯したバックライトの光加減も十分で、表面に傷なども見受けられず劣化しているような形跡は見られない。これならば問題なく使用できるであろう。


「奥にペーパーも…、よし。まだ残ってたな」


 奥まった所に軽く積まれていた紙を折り目を付けないように丁寧に取り出しながら一枚、確認をした機械の上に重ねる。すると、置いた紙が下の光で透けてパネルを写していた。そう、この機材はトレーシングキットである。これもピッキングツール同様に昔の一件で購入する事になった代物。こちらは最低限の機能さえあれば良かったので安物で済ませた記憶があったので、二年経った今、使用が出来るか一抹の不安があった。最悪、こちらは壊れていた場合は電気屋に買いに行こうかとも思っていたが杞憂で済んで何よりであった。これと橘の手紙さえ見つければ奴の字の癖を研究して本人そっくりの手紙を作る事が出来るだろう。これも昔取った杵柄の一つだ。とは言え、ピッキングにしても文書偽造スキルにしても全く誇れる事では無いのが胸の内に哀しみを過らす。


「この棚から出すのはこれだけかな……っと」


 とりあえず、これである程度の準備は整った。両親の寝室に立ち入った事なんて無いので親父の机なんて知らないが、鍵がかかっていたとしてもウォード錠とかでは無い限り開ける事は出来るだろうし、手紙さえ見つかればあの桜夏の絵を橘からの物として見せかける為の小細工――――――橘本人のメッセージを橘の字で書いた手紙を作成する事も出来る。演出の為にこんな大仰な道具まで出さねばならないのは面倒だが、元々突拍子も無い計画であり、ならばせめて尽くせる人事は全て尽くすべきだ。そう思いながら最後にこの引き出しの中身を確認していると、奥の方からちらと見えた一枚の写真が目に止まってしまった。


「………………」


 目を逸らしたいと思いながらも目が離せない。金縛りにでもあったような錯覚にでも陥った気分である。写真には一組の男女が湖を背にしていて、男子の方は現在と大して変わらず眉間に軽く皺を寄せながら物調面。女子の方は今とはだいぶ雰囲気が異なり、野暮ったい眼鏡に三つ編みのおさげが二本と大分文系寄りの静かそうな外見。こちらも少し恥ずかしそうに目線を斜め下に向けていると言う一枚になっている。今の能代が見たら間違いなく荒れ狂うだろう。俺にとっても郷愁、なんて呼べる程良い思い出では無く、戒めや誓い等を思い出す方が多い。しかしこの写真だけは捨てる気も飾る気も起きなかった。だからこそこんな暗所で保管されているわけであるが。


「…随分な不意打ちなこった。自分が撒いた罠でノスタルジーに浸ってる様じゃ世話無いぜ」


 感傷に浸る時間など無駄である。この最近、どうもこの時期の事を思い出す事が多くなっている気がするが、本当に何かしらの前兆だとしたら笑い事では無い。


「ま、何かあるかも知れないから矢矧に頼んでいるんだけどな」


 少なくとも俺の周りに奴の影はチラついていない。能代の方に何か動きがあれば矢矧が目ざとく見つけてくれると信じている。ならば今気を揉んでいても仕方の無い事だと割り切ってそっと閉じた。そして最後に先程と同じ要領で鍵を閉めてトレーシングキットをクリアケースに仕舞う。


「さて、そろそろ良い時間だろう」


 ちらと時計を見れば両親が家を出て十五分が経過している。何か取りに一度帰ってくる可能性を考慮して実行には時間を空けようとしていたが、これだけ間を取れば十分だろう。


「んじゃ、始めるとするか…」


 真夏の酷暑が俺のやる気を削いでしまう前に片を付けてしまおうと意気込み、道具を持って両親の寝室へ向かった。


 二人の部屋は廊下を挟んで反対側にある。二階に上がった所を左に曲がると自分の部屋、右に曲がると両親の部屋と言った具合だった為、間違えて俺が入ってしまわないようにと内側から鍵がかかるような入口となっている。これならば中の人が何か疚しい事をしていようと外側には若干の音漏れしかないので、ある種健全とは言える。加えて自分も両親のプライベートに興味も無かったので部屋を訪ねようと思った事もなかった事もあり、この十六年の人生で初めての訪問である。それが不法侵入になってしまうとは、全くもって遺憾でならない。


「……邪魔するぞー…」


 指紋が残らないようにポリエチレン製の手袋をはめた後、何となく音を立てるのが憚られて誰にいれたか分からない断りを入れてゆっくりとドアを開けながら忍び足で侵入する。両親の部屋は綺麗に片付いていて床に物が置かれているとかは勿論、ゴミ箱の中身すらゴミが無い。毎日綺麗にしているのであろうか、もしくは旅行で少しとは言え家を空けるから昨日念入りに掃除したのか、どちらにせよこの部屋は些か綺麗すぎた。俺の部屋は本以外の物が少ないから散らかりようが無いと矢矧に言われたが、こちらは色々な物がある割に整然と並べられていて整っていると言う印象。生活感の差が顕著に表れていた。


「ジグソーパズルのやり残し一つとっても、綺麗に見えるもんだな…」


 部屋の左側と右側でスペースが分けられているのが一目で分かる家具の配置、左側の方を見ればギンガムチェックのブランケットとピンクがかった枕。クローゼットに机の上に未完成ながら綺麗に置いてある5000ピースのジグソーパズル。こちら側が雪根さんのスペースだろう。シングルベッドと一体型になっている収納スペースを開けば、今まで完成させた作品群が額入りで所狭しと敷き詰められているであろう。最近やっているのを見てなかったので新しい趣味を見つけたりしていたのかと思ったが、相変わらずの様である。


「っと。こっちに用は無いんだった。家探しも迅速にってな」


 他にも色々気になる箇所がありはしたものの、今日の目標はあくまで親父と橘が行っていた文通の手紙。それ以外の有象無象を気にする必要も無いし、知ってはいけない。家族でもそんなずかずかとプライベートの侵害をするのはマズいものである。家探しがバレてもバレなくても今後の日常が気まずくなるのは必至だ。そう考えて顔を部屋の右側、親父のスペースの方に向ける。


 こちらは部屋の隅にメッシュ状の筒があり、そこに釣り竿を入れたケースが何本も刺さっている。その横にあるハンガーツリーには仕事用の服が何着もかかっていて、スーツの一部が釣り竿入れを少しだけ隠すような形になっていた。そして、ツリーの反対側にはお目当ての仕事机がある。役所でのデスクワークと言う仕事柄、書類を分けて入れなければならないものが多いのか木製の机についている引き出しの数は四つ、充電ケーブルが刺さったままのノートパソコンが中央に置かれていて、左右にはA4書類をピッタリ入れる用の棚が五個ずつ積み上げられていて半透明の引き出しの中にはどれもこれも紙が入っているように見受けられる。


「……どうせあんな所に入っちゃいないだろう。その手の怪しい代物ってのはセキュリティの高い所に仕舞うってのがセオリーだ」


 心理的な鍵なんて可能性もあるが、それはそもそも狙われているという自覚がある場合にのみ使う手であり、部屋に勝手に上がられている上に手紙を盗み出そうとしているなんて外に居る親父は露程も思ってないだろう。雪根さんは机の中と言っていたし、この部屋に金庫の類は見当たらない。もしそちら方面のセキュリティだったのならばあの机から持ってくる物も変わったのだが。


「…ま、ここだろうな」


 目に付いたのは俺の机同様一つだけ鍵のついた引き出し。ここにしまっていますよと言わんばかりの存在感だった。息子の俺が言うのも何だがここ以外にはあり得ないだろう。


「やはり鍵付きか…予想通りだな」


 部屋の熱気で汗が滴りそうになるのを袖口で拭う。ちなみに今日は珍しく九時を過ぎた現在でも寝間着のままである。普段なら日課の際に雲道着に着替えてシャワーを浴びて、せいぜい朝飯までには制服なり私服なりに着替えているのだが、その辺りも雪根さんが驚いていた要因の一つであろう。スウェットゆえの動きやすさと、汗を掻いてもどうせすぐに洗うから気にしなくて良いのと、純粋に誰にも見られていない偶の休日くらいだらけた格好でいたいという三本の柱が着替えを拒否した。元来のものぐさな性格が夏休みを盾に前面に押し出されてしまったのは悪い癖であるが、今日くらいはと自分に甘くなってしまった。


「さて、まずはピンの位置とシアラインの確認をしないとな…」


 テンションでざっと形状を確認しながら段取りを確認する。どこにでもあるような木製の机で、よもや変な錠前では無いだろうと高を括って、ティンプルとかだったらどうしようかと思っていたが一般的なディスクシリンダー錠なことが分かりホッとする。万が一アレだったら机ごと破壊するしかなかっただろう。


 レーザーライトを鍵穴に当ててその下から覗いたりテンションを当てながら動かしたりして感覚を確かめる。経験があるとは言えとても本職に敵うわけが無く、開けた事の無い鍵はどうしても時間をかけざるを得ない。もし俺の腕がもっとあるのならば雪根さんの買い物とかの隙を突いて調べることも出来たかもしれないが、あの頃ならまだしも今の俺ならどう頑張ったとしても四十分で済めばいい方だろう。しかも、やっている行為が明らかな犯罪行為であり、その現実による良心の呵責が手元をブレさせて気が散るとロクな状況じゃない。密閉された部屋故の熱気も相まって中々集中できない。いっそのこと冷房を付けてしまおうかと考えてしまう程には頭が茹っていた。


「…臭いとリモコンの位置、どっちのがバレやすいかだよなぁ……」


 ここでふと、ある事を思いつく。出来るかどうかと聞かれたら難しいであろうがアイデアは多いに越した事は無い。この回収作業が終わったら忘れない内にメモを取っておこうと考えながら手は忙しなく動かし続ける。そんな無駄な事は考えたりはしていたが、手あたり次第に手を動かしていたので十五分程やっていれば何となくの目算が立ってきた。


「大分降りているピンがあるな…八番使うか」


 手慣れているとはお世辞にも言えないが数だけはある程度こなしてはいるので勘でピンのズレを想像する。どうも手前の方にかなり下に降りているピンがあったような気がするので先端の曲がりが大きい種類のピックを用いる必要があると思った俺は8番のピックとテンションをツールの入ったケースから取り出す。


テンションを鍵穴に差し込んでピンが落ちてこないよう固定してから俺はピッキングを始める。慣れている人や本職の鍵屋であればこんなチャチな鍵の解錠なんて一分も掛からないに違いないが、俺は根っこの性格が大雑把な人間なのでこの手の精密な作業は元来向いていないのか自分でも悲しくなるくらい遅い。技能は習得を迫られたためモノにしたが得意かと聞かれれば首を縦に振る事は無いだろう。特に、これから行うピンをシアラインに揃える作業は本当に苦手で、こんな事をやるくらいなら破壊した方が圧倒的にストレスが溜まらないと言えるほどであった。暑さとイライラで投げ出さないか自分でも心配になる。


そんな投げやりな事を考えながら黙々と手を動かす。ピンをガチャガチャと上に押しながらシアラインに揃える。最初の十分は予想したシアラインの位置に何とかピンを揃えては見たものの、鍵が回らなかったので仕方なく試行錯誤をする羽目になった。額を伝う汗が目に入ったり開かない事に対してフラストレーションが溜まって眉間に皺が寄ったりとしながらまだ見ぬラインの特定に勤める。


そして、ピックを動かし始めて二十分。寝巻の上が汗で色が変わりだした頃に、カチリと小さな音が聞こえた。


「やっと開いたか…」


 鍵穴を弄りだして約三十五分、寝室に侵入して五十分が経過した所で漸く親父の机のロックが外れる。これがもし屋外でこんなにのんびりやっていたら通行人に通報されて自治会送りは免れなかっただろう。最も、明日までばれる事は無いが両親が家に帰ってきた際に自治会送りにされるかどうかはこの後の仕事次第であるので油断は出来ない。


「とりあえず中を確認するか……。これで入ってなかったらお笑い物なんだけどな」


 テンションやピックを一度抜くとまたピンを揃える作業をやる羽目になるのでそのままにして引き出しを開ける。もし本当にここに文通の手紙が入ってなかった場合はこの部屋の探索まで逆戻りで、ざっと見ただけとはいえここ以外にロクな隠し場所が無さそうな以上文字通り家中をひっくり返して探す事になると肝が冷えたが、そんな心配は杞憂に終わる。机の中からは几帳面に三列でぎっしり詰め込まれた大量の洋封筒が入っていた。どう見ても百や二百で済まないその手紙群は、正直我が父ながら気色悪い。


「……………」


 絶句。正にその言葉がふさわしい程の静寂に包まれて思考が停止してしまう。先程まで鬱陶しい程に感じていた熱気もどこへ、寧ろ掻いていた汗もあって涼しさすら感じる。


「……おいおいマジかよ、この量…まさかガチで三年分取っといてあるのか?」


 やっとの事で声を絞り出して心身の硬直を解き、恐る恐る適当な一通を取る。縦に詰まっている量が引き出しの奥行に合っていないのか、抜き取るのすら周りの封筒を抑えなければ巻き込みかねない。慎重に抜き取った封筒を開き、中に入っていた手紙を確認する。まずは紙を確認。便箋の下段にウチの学校の校章と学園名が書かれている。恐らくは学校指定の便箋であろう。今時そんな物を購入して使っている人がいたと言う事実に驚きを禁じ得ないながらも、大事なのはそこでは無いと内容を見る。


「『偶然見かけた幸せの庭の先で待っている』…?なんだこりゃ」


そこに書いてあったのは男が、もっと言えば親父が書いたにしては余りにも字が丸い、女性の文字で書かれた暗号じみた文章。これだけ見ても何の事かさっぱり分からないが、恐らく待ち合わせの場所を指定しているのだろうか。こんなのを突然寄越されても分かるわけが無いだろうと逆ギレを起こしかねない手紙だ。


「…これの近くの封筒を何個か取ってみるか……」


 よもや、全ての文通がこんな調子だったのだろうか。だが文通とは手紙を送りあう事で成り立つ行為であり、これだけの量で全てが橘からの手紙だけでは無いと思っている。と言うより思いたい。これが全て橘から親父宛の手紙であった場合、返信分があった場合、純粋に手紙の量が倍になる。これだけの量を送りあっていたなんて紙の無駄にしか思えないし、雪根さんがこんなのに当てられていたと思うと不憫でならない。せめてこれが、文通の往復分全てであって欲しいと何かに願いながらいくつか封筒を取り出す。


 だがこの時点で、冷静になって気づくべきだった。既に送った手紙が書いた本人の手元にあるわけ無い事を。


「こっちも……こっちも橘らしき人間の文字で書かれた文章か…」


 最初に取った封筒の近くとは言え上下左右完全にランダムで取り出した封筒が全て橘の書いたと思しき手紙であった。これだけで諦めず各列の先頭と最後尾を取り出して見るも結果は変わらず。ここまで橘の封筒で埋め尽くされているのならばこの引き出しに入っているのは全て橘の親父宛の手紙だろうと思えてしまった。


「これ全部が…か」


 戦慄のあまりため息が漏れてしまった。雪根さんの話からある程度は覚悟していたがこの量は完全に予想外であり、同時に親父の橘に対する執念も改めて感じ取れた。中身を全部確認する気は起きないが恐らく欠けている事は無いだろう。橘がもし今までの文通の回数を覚えていて質問すれば、ここにある枚数と同じ数字が帰ってくるに違いない。


「我が親父ながら不気味さしか感じないぞ…。それに……困ったな」


 熱が手袋内で籠って、汗がじんわり湧きだしてきた手で頭や首を掻きながら考える。今回の目的は確かに橘の手紙の回収ではあるが、その理由としては生前の奴の字を真似するための練習材料として欲しかっただけ。多くても二、三枚あれば十分だったのである。そう言う意味ではこの文通の山は有難い。数枚抜き取ったとしても親父が気づく事はほぼ無いと思う。


しかし、この数。妄執が具現化したかのような山が見えるとなれば話は別だ。これだけの数が残ってしまえば、たとえ橘からのメッセージや俺の絵があったとしても奴の心はこの机の中に残り続けかねない。この手紙の束はさしずめ錨。こんなものが残っていれば奴の気持ちは未来に出航したりはしないだろう。


「だがこれを全部処分するのは……」


 面倒だ、と言う言葉が口から出かかるのを慌てて飲み込む。誰が聞いているわけでも無いがそれを言ってはお終いである気がしたからだ。


 正直に言えば、親父の執念を侮っていたと言うのが本音である。手紙の量は即ち重さ、物理的な重量もあり精神的な重みと比例関係であるならば、この重さは完全に想定外。実際に目の当たりにした今、今回の計画は失敗しそうな雰囲気が漂い始めている。見えない圧力が、この妄執の山を処分していいものなのかと考えさせてきて、屈しそうになる。そもそも、これは本当に処分すべき代物なのだろうか。


 この手紙一枚一枚が全て、奴の心を過去に留め続ける錨であるならば、これをすべて取り除けば前を向かせられるかも知れない。だが、その際に親父は、マトモな人間として生きていけるであろうか。今の親父の心が何割ほど過去で構成されているかなんてこの手紙の量を見れば少ない比率ではない事だけは分かる。それらを一気に失った時に、果たして親父は正常でいられるのであろうか。問題はそこである。


喪失感の恐怖は自分でもよく知っている。失ったものが大きければ大きい程、人は狂うものだ。自棄になれば周りに手を出しかねないし、絶望すれば立ち直る事無く落ちていくであろう。そこまでの危険性があるリスキーな行為を実行せねばならないのか?そんな警告が頭をよぎる。


だが、そんな事を考えても結局はしょうがないのだと橘の姿をふと思い出して頭を振った。


「……いや、それを考えるのはナンセンスか」


 何よりもこの変化を望んでいるのが、執着の矛先である橘だ。ならばそれが親父にとってどんな反応を起こそうともそれを甘んじて受け止めてもらうしかない。それを支えるのはこの手紙が写しだす影のような不確かな存在では無く、目に映り実像がある人達の役目であろう。俺もそれを願ったからこそ、俺は桜夏の絵をあの構図にしたのだから。


「ま、後は野となれ山となれってな。と言う訳で…」


 自棄気味に言葉を投げ捨てて俺も覚悟を決める。どうせ最初から綱渡りでどこまでが成功かが分からないような作戦なのだから思い切りは良くするべきである。それで家族会議や四谷さんの世話になるのであればそれはその時、後々の笑い話にでもしようではないか。


半ば自棄にでもなったような気分の軽さで、俺は一度居間に降りてゴミ袋を一枚取って戻る。何かしらに使えるかもと言って取っておいてある買い物のビニール袋ではこの量はまず入りきらない。燃えるゴミにする気は流石に無いが持ち運ぶにも相応の大きさの袋が必要であったからやむを得ずと言った所である。


 とりあえず時間も大分かかってしまったので俺は手紙の山を鷲掴みで雑に詰めていく。向きや形程度は綺麗にしたほうが小さく収まるので揃えたが、順番などは度外視なので、万が一に親父に返せと言われたら全部開けて並べ直すしかないだろう。そんなどうでも良い事を考えて阿呆らしく口元を緩ませながら一気に袋詰めにする。


「……紙だけでこの重さか…ホント参るぜ」


奥の方を確認して全て取り出した事を確認出来た所で口を縛り持ち上げる。その時に紙の重さとは思えない重量に思わず愚痴が出てしまったが、すぐに気を取り直して引き出しの鍵を閉める。幸いシアラインはピックを無理やり引っ掛けて押さえていたので開けた時と反対方向にテンションを回すだけだ。ガチャリと良い音を立てたのを聞き、最後にキチンと閉まっているかを確認する。これでこの部屋でやる事は全て終了。時間にして一時間、ここまでの苦労は変色した寝間着が物語っている。


「頑張った結果何やってたが犯罪ってのは悲しい所だがな…まぁこれも人助けだと思えば…」


 どんなに頑張っても正当化できない行為な上に、助けた存在が人ですら無いので人助けなんてとても呼べない事に涙が出そうになるがなんとかそれを堪える。自業自得で泣く程、無様且つ馬鹿らしいことも無いだろう。もう賽は投げてしまった。ならば、振った事では無く出目が悪かった事を嘆くべきだ。もしかしたら、思いの外良い出目が出るかもしれないのだから。


「よし、とりあえずブツは確保したから…」


 物さえ手に入ればこんな所に長居は無用。俺は最後に小物が部屋に入った時から移動していないかを細かく確認して、足早に両親の部屋を後にした。


 ドアを閉めて廊下で大きく息を吐く。ここまで緊張したのは初めてのピッキングの時以来だろうかと内心思い返しながら左手で握ったゴミ袋をぼんやりと見る。後はこれとトレーシングツール一式を鞄に詰めて学校に向かうだけ。それで今日の作業の大半は終わるのだが、弛緩し精神と汗でべたつく体が動かす気力を削ぎ落してくる、とにかく疲れた。


「……先にシャワーでも浴びてから学校に向かうか」


 結局、朝にやる事は違えどシャワーは浴びる事になってしまった。運動の後の爽やかなものでは無い気分にやるせなさを感じながらも切り替えが大事であると一度部屋に戻り手に持った荷物を鞄に入れて、一度両親の部屋のドアを開けておいて制服のズボンと半袖のワイシャツを持って浴室に向かう。そして、痛い位にアカスリで背中を擦ったりしたりして気分を変えた後、家の出際に両親の部屋のドアを閉じる。これで多少は臭いが取れている事を願いながら、足取り重く俺は学園に向かった。











「……とまぁ、色々あったってわけだ。何でたかが幽霊のためにこんな事までしなきゃならんのだかな…」


 そこまで落ちここんだ気分を払拭しきれないまま膨らんだ鞄を肩で担いで学校に向かい、橘と合流してここまでの経緯を話す。昨日別れてからの半日程度の内容ではあったが、今二人して向かっている購買までの雑談には十分すぎる物であった。


「もう今の話でツッコミ追い付かないんだけど…。もう一々驚いてたらキリが無いって事にしようそうしよう。え、てことはその鞄がそんなにパンパンなのは中に色々入ってるから?」


「色々つっても大半は親父とお前の文通だけどな。ツールの類はここまで分厚くない。言っとくが、誇張抜きで数えるのも馬鹿らしい数が見つかったからこんな事になってるんだぞ」


 うえぇー、と苦そうな顔で呻く橘には俺も若干の同情も湧いてしまう。まさか当時の手紙を、それもここまでの量を残しているなんて思いもしなかっただろう。雪根さんから聞いていた俺でドン引きだった程だ。当事者なら心中察するに余りある。


「あの文通の束を全部ねぇ…。いや見てないから全部かどうかは分からないけどさー…。どうせ聖君の事だから残してるでしょー……。てか生きてた時には一々取っといているような素振り見せ無かった癖に」


 俺のどんよりした気分が移ったかのようにブツブツ言いながら階段を降りる際の段差で揺られる橘。ちなみに今は普通に喋っているが、これは周囲に人が一切居ないからである。いくらこの学園が学生向けに開放されていると言えども、流石に夏休みも土曜日ともなれば屋内は人気も殆ど無く、それでもきちんと購買関連は開けてくれているのは感謝しかない。最も、相手側からすれば俺は招かれざる客に違いないが。


「まぁ俺もアレを見た時は流石に引いたが、量はどうあれ残っててくれててこちらとしては大分助かった。小細工弄するにもまずは材料からだからな。……量はアレだったが」


「そんな二度も言わなくて良いよ!聞いてるこっちが悲しくなるからさー、…ん?あれ?そういや何で購買に向かってるの?なんか買う物あんの?」


 嫌な話を変えようとしたのか向かっている先に対して橘は聞いてきて、俺はため息を漏らす。確かに屋上で合流して直ぐに購買に向かうぞの一言でここまで来たが、道中の話を聞いて何となく察したりはしないものなのだろうかと辟易する。能代まで勘が鋭くても隠し事が出来ないから若干困るが一々説明するのも面倒ではあるが、放置しても気づいてくれなさそうなので仕方なく説明をする。


「桜夏の絵を描き始める前にある程度計画の段取りは説明しただろうが…、桜夏の絵の差し替えを行う際にお前からのメッセージを添えて置く事で信憑性を増やすって。元々死人が絵をすり替えたなんて超常現象を信じてくれなんて土台無理な話なんだからな、少しでも小細工はするさ。人事は尽くすもんだ。そして、手紙を一枚開いて中身を確認したが、お前達が使っていたのは学園指定の便箋だろう?白紙の便箋は机の中から出てこなかったから買う必要がある。なるべくなら当時の物で揃えたかったが、学園の便箋なら購買で売っているだろうしそこまでデザインの変更も無いだろう。少なくとも前に見た記憶ではそこまで差が無かった気がする。最悪、嫌な顔されるだろうが二十年前の便箋が残ってないかを店員に確認すれば出てくるかも知れないからな」


購買のある階に着いて廊下を歩きながら話す。もしかしたら西村先生らへんに聞けば当時の便箋の余りを所持していたかも知れない。だが、桜夏の絵を描く際にも大分便宜を図ってもらった上にこれ以上迷惑をかける気にはならなかった。大体、その時代の物を取って置いていると言う事は、即ちそう言うことだろう。そんな代物を譲ってもらうわけにはいかない。


「成る程ねぇ…。咲良もいろいろ考えてんだね。私なんてテキトーにルーズリーフを正方形に破って書く物だと思ってたから」


「んなテキトーな事出来るわけ無いだろ…こちとら家族会議が掛かってるんだからよ…っと」


 呆れたように言葉を吐きながら購買近くの曲がり角で人の足音を聞いて口を閉じる。奥の階段を降りてきた制服姿の学生が俺の方をちらと見て怯えた様に目を逸らす。恐らく同級生の内部進学者だろう。反応だけで分かる。購買の方に用があったのであろう足の向きをしていたが、俺の姿を見るなりそのまま降りて行ってしまった。一部の人間に恐れられているのは仕方のない事ではあるが、何となく申し訳ない。


「あーあ、咲良が睨み利かすからー。かわいそーに」


上から見れば、どうやら俺が眼光で相手の学生を追い払ったように見えていたらしく、橘はおいたわしやと俺の事を煽り立てた。反論しても良かったが話をするとキリが無いので無視。代わりに俺は鞄の小物を入れる部分のチャックを開けてメモ帳とシャーペンを出す。そして、きょとんとした橘に向けてさらさらと字を書いて顔に当たらない程度にメモ帳を突き上げた。


『これから人が居そうな所ではこれで話す。お前の話全部は拾えないから我慢しろ』


「…メンドクサそー」


 誰の所為だと思っているんだ、と思わず口から出そうになるのを堪えて右手の人差し指と親指で額を抑える。コイツの話に一々反応していたら埒が明かない。もしこのまま付き合いが長くなるならもっと大らかな心を持つ必要があるだろう。これで消えてくれるのならば何も心配ないのだが、何故だがこの時点で俺は何となくそんな懸念をしていた。


 そんな漠然とした事を考えつつ購買の前に到着する。握っていたメモ帳類はとりあえずポケットに突っ込み、引き戸の戸を開ける。ドア一つ取っても上の存在が挟まれただの切断されるだの一々五月蠅いので大きめにドアを開いて前に二歩ほど進んでから回れ右をしてドアを閉めないといけないと言う挙動の不審さを強いられる。何とも面倒な話である。


「いらっしゃいま……せー」


 今日の販売員は運の悪い事に沢渡さんであった。挨拶の際にも一瞬固まった後に取り繕いをしていたが明らかに歓迎はされていない。購買の店員は三人でローテーションを組んでいるらしいが、新入りの菊池さん以外は俺に対する感情は快いものでは無いのは百も承知なので基本は能代が何か買う時についでに頼む程度にしていた。しかし今回は話しかけざるを得ないので相手の敵意を覚悟で話しかける。


「すいません、聞きたい事があるんですけど」


閑古鳥が鳴く店内、探すのも面倒だったので店員に一直線で歩み寄りながら話しかけると、案の定突き刺さる警戒心。どう考えても会いたくない客であるのは分かっているが一応給料を貰っているのだからそう言う私的な感情は隠す努力はするべきでは無いだろうか。とはいえ、相手が受け答えもせずに固まってしまったからこちらも要件を言ってサッサと終わらせてあげる優しさも必要だろうと鞄から手紙を一つ取りだして聞いてみた。


「この便箋と同じ物ってここで売ってはいないですか?これ十八年くらい前の物なんですけど」


「……ここで取り扱っている便箋は、あちらに置いてあるので全部ですので…」


 小声で対応した沢渡さんは奥の一角を指さしてそう言った。


「あそこに置いてある以外は一個も無いと言う事ですね」


 俺がそう確認を取ると小さく頷いて肯定した。喋りたくも無いと言う感情がありありと見え透いているのか橘も怪訝そうな声を出しながら首を捻っていたが、気にすることも無く軽く感謝を述べると沢渡さんの示した場所に向かった。


「なーんか感じの悪い店員だったね…質落ちすぎじゃない?」


「…そうでもないさ」


 橘の呟きにそう答える俺、反応があるとは思ってなかったのか橘が聞き返すと、後ろの方で新しい来店者の音が聞こえた。


「いらっしゃいませー」


その客に対する店員の態度は、一声で分かる程俺の時とは違っていた。それを聞いた橘は若干の驚きの後怒りに近い物を表していた。


「…つまりさっきのような態度は咲良にだけって事?」


「ま、そんな所だ」


 あの人の限った話でも無いが、と付け加えながらノートコーナーの隅に置かれた便箋の種類を一つ一つ見ていく。七種類ほどしか置かれていなかったが寧ろ電子化が進んだ昨今でこれだけ種類があれば上等であろう。その中の一つに、紙質などを除いてほぼ同一のデザインのものがあったので手に取る。マハーカーラがこの辺りを乗っ取った際にデザインとかを一新してしまった可能性もあったが、どうやら旧時代のデザインも売ってくれていてホッとした。


「なんだかなぁ…咲良もそれで良いの?」


 まださっきまでの話を引きずる橘に適当に相槌を打って、俺は数点握って会計を済ます。その際も一切口を開く事は無く、俺が店を出る時に沢渡さんの挨拶が無かった事が、橘の苛立ちを増長させたのは言うまでも無い。


「なにさなにさ、なんなのさあの店員!あんな接客態度でよくもまぁ購買の店員名乗れたもんだね。私や聖君があんな態度取られたらドロップキックかましててもおかしくないって話だよ!」


「お前病弱だったんじゃないのかよ…」


 購買を後にして次の場所に向かっている最中も先程の店員へのヘイトが収まらないらしい橘に適度なツッコミを入れながら校内を歩く。購買でこの様子では次の場所でも五月蠅くなりそうだ。


「病弱キャラが虚弱だとは思わない事だね!肺は弱かったけどそれくらいは出来たよ?やった後ほぼ確実に動けなくなるけど」


「一度きりの大技じゃあなぁ…。それ実質出来ねぇって言ってるもんだよ」


「なにをー!」


 片腕をぶんぶん振り回して抗議をしてくる橘だが、使った後に俎板の鯉になる技は使えるなんて俺は言わない。それで決着が着くならまだしも、相手が動けるようならば確実にやられてしまうからだ。俺がもしキレて相手に技をかますと言うのならば、素手なら無手口縫。棒があるなら春疾風らへんだろうか。加減も効いて死なない程度の一撃を叩きこめる。


「まぁ良いじゃねぇか。こうしていい感じの便箋が手に入ったんだし店員の態度なんて些末な事だろう。俺も早く終わらせたいからな。巻いて行くぞ」


「う~……」


橘はまだ何か言いたげな様子だったが、本人が気にしていないのをあれこれ言うのはどうかと思ったのか言葉を飲み下して話を終える。そして別の話題に話を変えて喋りかけてきた。


「そういや、次の作業はどこでするの?なんか大掛かりな機械持って来てるんだよね?広げられる場所って言ったら…どっかの教室とか?」


「別に教室でもよかったが…、夏休みに教室を借りるのは担任に申請をしななきゃならん。当日でも出来なくはないんだが…面倒だし図書室の隅でも借りようかと思ってた所だ」


 基本的に校風が生徒の自主性を重んじている日ノ本学園では、夏休みも空き教室を生徒たちで借りる事が出来るが、各教室の担任に使用用途などを書いた書類を提出する必要がある。内容に関してはある程度でっち上げれば良いから書類自体は問題ないのだが、問題は教師に話しを通すために職員室に足を運ぶ必要がある。俺自身は別段構わないのだが、そんな事をすれば恐らく教師陣が良い顔をしないだろう。図書室でも嫌な顔をされるのは確実だが被害を被る人の数は少ないほうが良い。


「へー、教室借りるのにも一々申請とかしなきゃいけないんだね…。昔は割とオープンな感じだった気がするけどな」


「んなの不用心過ぎるだろ…まったく」


 そんなセキュリティ意識の低い公的機関は御免だと手振りを付けながら答えると、橘は何か引っかかったようだったがそれを言葉にする前に図書室に着いてしまったので話が終わる。それと同時に俺は鞄を肩に掛けて先程のメモ帳とペンを走らせる。


『到着だ』


「…ねぇ、一応聞いてみるけどもうちょいなんか無かったの?」


『俺だって面倒だ、だが他人にばれないようお前と意思疎通を取る方法が現状無いのだから仕方がない。なんかあれば案を出してくれ』


「えぇー…そこ丸投げ?いやパッとは思いつかないけどさ……」


 丸投げしたわけでは無いのだが結果的にそう思われてしまうのは仕方がない。これでコイツとの関係も終わりならば考える必要は皆無なのだが、このままダラダラと関係が続いてしまった場合は、本当にハンドサインでも考えるべきだろう。


ともあれ、まずは目先の事を終わらせるべきと図書室のドアを開ける。古い紙の臭いが鼻をくすぐり、外よりも時間が緩やかに進行しているような錯覚を感じる。心が安らぐと言うべきなのか。基本的に本は好きなので見渡すばかり本に囲まれたこの空間は、本来だったら入り浸っていてもおかしくは無い、と言うよりも昔はよくここに居た。


中に入ると早速横から敵意が飛んできたのでそれを感じ取って目線だけ動かす。司書の周防さんも沢渡さん同様、俺の突然の来訪に驚きと警戒を隠せないようで睨みつけるように俺の事を見てきた。その反応を分かり切っている俺は気にすることも無く、ずかずかと奥に入っていく。中は購買部同様閑散としていて、怪しい作業をするにはうってつけの場所と言えるだろう。せいぜい十月に控えた文化祭の資料探し程度の人しか来ないと踏んでいたが、どうやら大当たりだ。


 俺はカウンターから一番離れた奥の窓際席を陣取って一息つく。鞄を下ろして、中から機材一式を取り出してセットしている間、橘がまた怪訝そうに話しかけてきた。


「さっきの購買の人もそうだしあそこの司書さんもだけど、やっぱり態度おかしくない?やけに睨んできたような感じだったし、明らかに敵視されているでしょ。咲良何があったの?」


『さてな、虫の居所でも悪かったんじゃないのか?』


適当にはぐらかすと、橘も不満そうな声を漏らしながらもそれ以上は聞いてこなかった。普段から騒々しく口うるさい奴だとは思っていたが、存外人のプライベートな所までは詮索してこない奴なのだろうか。そんな橘の一面について考えながら、俺はトレーシングツールを図書室の隅にある電源に差し込んでトレース用の紙とルーズリーフとペンを出す。


「あ、電気泥棒。いっけないんだー」


『大した金額じゃないだろ…。それに個人の携帯とかの充電とかならさておき、端から見れば何かの作業やってる風にしか見えないしとやかく言ってこないだろう、多分』


 大分打算的ではあるが、司書の周防さんも俺に対して大きく出られないであろうと言う確信もあるので問題ない筈である。とは言え、座ってからもずっと注がれている視線は気になるので俺も周防さんの方を見やると、一秒もせずに顔を逸らして司書室の方に引き籠ってしまった。それはそれでどうなのだろうかと思わずには居られない反応ではあったが、結果的に邪魔者が消えたのでよしとする。


『上手い具合に見張りも消えた。さっさと始めるぞ』


「……今のって追い払った、の間違いじゃ…」


『些末な差だ。それよりお前、うちの両親への文章ちゃんと考えてきてるんだろうな?』


「うっ…い、一応は考えてきてるよ。ただこれで良いのかなーっとか文章に対しての不安とかがいっぱいあって……」


『頼むぞ。俺が字の練習に時間が掛けちまったら悪いと思うがお前が考えたメッセージが駄作だったら容赦なく没にするからな』


 文章自体は考えてきたと言う割には橘の態度は煮え切らない。確かに親友だった相手とかつての恋人だったとは言え十八年も前の話。しかも自分との別離を未だに引きずっている状況の相手ともなれば、送るメッセージも慎重になるものだと思う。その辺りは俺も分からなく無いので先に字の練習をある程度しようと持ってきた手紙の山の一部を鷲掴みで握り机の上に出す。それを、口籠りながら視線を彷徨わせていた橘が目にすると小さく悲鳴を上げた後に俺の行動を慌てて制止しだした。


「わーっ、わー!ストップ!ストップ咲良!え…開くの?ここで開いちゃうの?」


 黒歴史の開封に対して橘が随分とデカい声で叫ぶものだから俺は思わず耳を塞いでしまった。耳を塞いだ際に声が小さく聞こえた事も新たな発見であったが、それよりも俺は今更何をと辟易した気持ちでメモ帳に文字を走らせる。文字のコピーをするためには原文を見なければできないのは分かりきっているだろうし、計画を話した段階で想定は出来ていたはずにも関わらず、こんな事で一々騒がれても困る。


『ぎゃあぎゃあ五月蠅いぞ。どうせ周りには誰も居ないだろうが。お前らの甘酸っぱい青春の秘匿はされてる』


「筒抜け!咲良には筒抜けだよ!そのプライバシーのセキュリティ穴だらけなんですけど!」


『別に興味持ったりはしないから安心しろ。寧ろ確認の為に一個開けたがあんなのでよく親父に伝わったな』


 メモ帳に文章を雑に書いては机の奥の方に置くと橘は身を乗り出してそれを読む。俺が少し上を向けば胴体が透けたヘソチラというレアな光景が見えるのであろうが、興味が無いのでそのまま腕を組んで奴の反応を待つ。ポケットに入るようなメモ帳で三行程度の短い文章、橘が読み終えるのもそんなに時間は掛からない筈。しかし、橘が次の言葉を発するまでには大分時間が空いた。


「………え?……中身…見たの?」


『じゃなかったらお前たちの文通だって確認できないだろ』


 やや投げやりに書いて突き出すと、橘は一瞬だけ文章に目を通して体をわなわなと震わせる。反応が無くなったのを奴が壊れたかと思い、俺は橘を無視して手紙を開けようとした次の瞬間、橘は凄まじい鳥乱し様で喚き出してしまった。


「うわぁぁぁぁん!死んだ!完全に殺されました!正直今書いた手紙思い返したりしてたけどどれ見られても恥ずかしかった自信しかない!乙女の秘密を軽い気持ちで覗かれたぁ!どーしてくれんのさ咲良!賠償請求モンだよこれ!」


『そんなので賠償請求されても困る。それに死んだだの殺されただのって、もうお前死んでるだろ』


「そーいうもんだいじゃなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあい!」


 俺のツッコミによって橘は図書室の外にまで響くような悲鳴を上げて俺の背中で泣きだしてしまった。誠に面倒臭い、こんな茶番で俺の時間が割かれるのは御免であるのだが、肝心のメッセージは橘任せにしかできないのでコイツが動かない限り話は進める事はできない。仕方なく俺は橘の癇癪が収まるまで、奴の手紙を勝手に開封して中を見ることにした。家では最初の一通以外は内容の確認まではしていなかったが、果たして全部があの様にトンチキな文章で出来上がっているのだろうか。鬼が出るか蛇が出るか、覚悟を決めて俺は机に並べた手紙の一つを手に取って開封する。


「『−7、0、2。下駄箱を0、0、0とする』……初っ端からこれかよ…」


 俺は目を逸らしながら悪態を吐いてしまう。またしても初手から暗号であった。しかも今度は数字が多めで、先程とは解読方法が明らかに違う。下駄箱を基準にしていると思しき文体だが、それ以上の事はパッとわからず、せいぜい数字の書き方の癖を勉強する位しかこの手紙には価値が無い。次に行ってしまおう。


「次は…『他人の体温で温い草履ってどうよ?履きたい?』これは単なる雑談か」


 日本史の授業での一幕であろうか。豊臣秀吉のこの行為について今では作り話の可能性の方が高いとされているし、内容にも諸説あるが秀吉の行為を全否定であるのは悲しい所である。ともあれ、難しい漢字が多く、止め跳ね払いが各所に使われているので練習素材としては大いに使える一枚であるだろう。


「次、…『たいたつもたのばたしょ』これは……まぁ…」


 右下にはご丁寧に割と上手な狸の絵が描かれている辺り、これは恐らく『いつものばしょ』と言いたかったのだろう。今までの難題から急に難易度が落ちたもので一瞬何か裏があるかと勘ぐってしまったが、これまでの手紙も大方は場所を指定するものが多かったので多分合っているだろう。この捻りの無さもネタが無かったのだろうと推測する。にしてもこれは『た』の練習くらいにしか使えない外れの部類。もう少し長い文章のは無いかと次の物に手を伸ばす。


「…あのー、そろそろ私の公開処刑は終わりにしてもらえると大分助かるんですけどー…」


 ところが、四通目を開封しようとした所で漸く復帰した橘が話しかけてきて遮ってきた。さっきまでの独り言はそれこそ隣に人が居たとしても聞こえない程度の声でしか口にしていなかったが、橘にはキッチリ聞こえていたようだ。確かに、内容に関しては読んでいて分かっていたが黒歴史化したいものが多々あるようで、そう言う意味では、もっと恐ろしい物が出てくる前に橘は俺を止めておきたいのだろう。だが、俺もこれはあくまでも字の研究の為に仕方なくやっている事なので止められた所でどうしようもない。寧ろ、俺だってこんなものを読みたくはないのだ。それを理解してもらおうと、俺はウンザリしながらメモ帳のページを変えて文字を書く。


『安心しろ、お前の黒歴史に興味は無い。お前の字さえ真似られれば良いんだ。だから手紙の内容なんか一々覚える気はない。その為の行為を公開処刑と言うのならば死体蹴りはまだ続く予定だがな』


「殺してぇ!もういっそ殺してぇ!なんでそんなに傷口を抉るような真似をするのさぁ!パワハラだよこれ!幽霊が何も出来ないからって起きてるパワハラだよぉ!」


『そもそも幽霊が人間に何も干渉できないからこんな面倒臭い手間を取ってるんだが?』


 書きながら改めて考えると、初めからこの橘御影と言う幽霊が俺の体を乗っ取ったり、物を動かせたりなどのポルターガイストを引き起こせるのであればこんな面倒な方法を取る必要はない。それにも関わらず、それらが出来ないからと縛り付きの対処法を考えて、実行させられ、いざやるとなったらパワハラと言われる始末。理不尽この上ないとはこの事だろう。


『というか、復帰したのならさっさとメッセージを口にしてくれ。お前がいつまで経っても口にしないからこんな暇潰し染みた事をやってるんだ』


 俺はメモ帳に文字を書いた後にルーズリーフをペンでコツコツと叩く。本来ならば奴からのメッセージを聞いてからそれに合った字の練習材料を探す為に手紙を開いていくと言う手筈だった。それが奴が喚いたり渋ったりする所為でいつの間にか順番が逆になっていたのだ。どちらにしてもやる事は変わらなかったが、そのお陰と言うべきか橘の手紙には何らかのパターンがあるような予想が出来ていた。これは没基準として役立つかもしれない。そう言う意味ではこの暇潰しも無駄では無かったと言える。


「えぇー……私?私の所為なのこのイジメ…。じゃ、じゃあ考えてきたメッセージを咲良に言ったらこれ止めてくれるの?」


『内容によりけりだな。既に開いた四通である程度の字なら対応できると思う。あんまりに変な文章が来たらもう何通か開くかも知れんが…』


「そ、そんな変な文章じゃないと思うよ!…たぶん。そこまでは」


 橘の言葉尻が小さくなっていくのを聞くあたり、自信は無いのだろう。だがここで弱気になられても困るので俺も少しばかり背中を押してやることにした。


『どんな出来でも構わん。言うだけならタダだし出来が悪かったら少しくらいなら一緒に考えてやるから』


「うぅ…、また微妙にフォローしてるのか貶してるのか分からないような口を…」


『いいからいいから』


「じゃ…じゃあ言うよ……。オホン」


 咳払いを一つかまして、いよいよ橘が考えてきた言葉を口にするようだったので俺はペンをメモ帳の上からルーズリーフの上に移動させる。


「え~、聖君、雪根ちゃん。元気にしていますか?私はそれなりに元気にしています。私が死んでから十八年経った今いかがお過ごしでしょうか?」


「………」


 他ならぬ橘から両親に向けてのメッセージ、掻き洩らしや俺の曲解などが入り込んではいけないと真剣にペンを走らせていたが、奴が一息ついている間に改めて書いた文字を見直しているとツッコミを入れたくなってきてしまった。だがそれで奴の文章が切れてしまってはいけないと、俺は必死に耐える。奥歯を噛み締めていると橘が頭を捻りながら続きを口にしだした。


「お二人がくっついていると言う話を風の噂で聞きました。元々仲が良かったお二人が幸せな生活をしているとしているのならば、私もとっても嬉しいです。それはさておきとして最近、私の描きかけの絵が二人の家に飾ってあると耳にしました。あんな物が残っているなんて知らなかったので大変恥かしかったです。ですので、え~っと…、あんな物は処分させていただきます。代わりの絵は置いておきましたのでそれでも眺めててください。それと、手紙の方も燃やしちゃいます。あんな黒歴史はこの世に無いほうが良い。そうに決まってます」


「……オイ」


「それでは、盆暮れ私もオサラバしますが聖君達も元気でお過ごしください!……どう?結構頑張って考えたんだけど」


 上を睨みつけるように見やれば、やってやったぜと言わんばかりの雰囲気を体中から湧きたたせる橘が鼻息荒く興奮していた。それとは対称的に冷め上がってしまった俺の筆は、終わりの方を殆ど書けておらず、気が付けば筆談も忘れて橘に言葉を投げかけていた。


「………絶句モンだよ」


「え、どのあたり?絶賛的な意味で?」


俺の絶望に打ちひしがれた状態を読み取れないのか、先程までの自信の小ささはどこへ行ったのか。どうやら橘は称賛される物だと思っているらしい。もし俺がこの文章を添削していいと言われたら、赤ペンで消えない箇所は無いだろう。何なら文章全てに赤線を引いてもいい。俺は色々な感情で震えながらペンをメモ帳の上で走らせた。


『明らかに長文になるから何回かに分けて書くが、初めに言っとくとボツだ。こんなので通ると思ってたのかお前の頭の中は』


「そ、そこまで言われる程酷かった⁉結構頑張って考えたよ私!そんなに酷評するならば理由聞かせてよ理由!テキトー言って来たらタダじゃおかないんだからね!」


批評の前置きとして書いたメモを見せると、橘は驚いた後に怒りながら理由を聞いてきた。俺としては怒りたいのはこちらの方なのだが、ここで感情に任せてキレても埒が明かないので問題点をずばり指摘しようと三枚目のメモ用紙に書いていく。


『まず全体的にだが、文章がおかしい。終盤の妙なテンションもさておき、特に気にしているのは序盤の文章だ。お前が元気しているとか親父と雪根さんがくっついていることを知っているとか大分おかしい所はあるが出だし自体は無難な文章にしたつもりなんだろう。だが無難と言う事を悪く言えばだれでも考えつきそうな文章になっちまってるって事だ』


「…?それの何がいけないの?」


『そもそも両親はお前が幽霊になってこの世に留まってるなんて寝耳に水なんだぞ。少しでも無難な文章なんて作ろうものならお前がメッセージをくれたなんてよりも先に誰かが橘になりすまして悪戯したって思うだろ。そう思わせないようなメッセージを考えるのがお前の今日の仕事。端的に言うなら極限までお前らしさで尖らせて欲しかったんだよ。それがなんだ?この他人行儀で丸く仕上がった文章は。結婚式で喋る友達のメッセージか』


 書きながらも俺は、万が一にも橘がメッセージを完成させられなかった場合について思考を巡らてはいるが、正直に言えば難しい所であろうと半ば諦めている。この手の文書偽造も初めてでは無いのでやろうと思えばある程度無難な文章と言うのは俺の頭でも組み立てる事は出来る。しかしながら、今回書く手紙における最大の役割は過去を象徴する今までの手紙群と引き換えに現れた未来を象徴する新しき手紙、これを読むことによるカタルシスであり、それを最大限に発生させるには、俺が考えた文章なんかでは無く橘自身が考えた文章でないといけない。そして、橘自身の文章であっても受け手側が1%でも橘のメッセージであるかを疑うようであるならばこの計画は失敗。付き合い自体はそこまで長いとは言えないが、思いを抱いてきた歳月なら筋金入りの両親を俺如きの頭で騙せるとは思っていない。筆跡は模倣できようとも施行までは模倣できないのだから、せいぜい物を動かせない橘のサポートが精一杯と言った所だ。


「私らしさって言われても…うーん……。結構私らしさ出てたと思うんだけど、足りないの?てか咲良に私らしさを言われる程そこまで付き合い長くないから心配し過ぎじゃないかなって言う意見に一票」


『確かに付き合い自体はまだ一週間。そこまで互いのことを知っているとは言えないだろうな。だが、今まで見てきた手紙を見てると何となく今回のメッセージとのズレは感じた』


「ズレ?」


 橘自身は気づいていないのだろうか、首を傾げて詳しく聞いてきた。多分、橘はテレビか何かで見た事あるような感動的なメッセージみたいなものをイメージして今回のを考えたのだろうが、個人的にはそんな物を読んでも『橘らしさ』と言うのは感じられないと思った。そのズレについて俺はメモ帳に書き連ねる。


『ここまで四通の手紙を開いて見たが、授業に関しての雑談が一件、それ以外…恐らく待ち合わせ場所の指定と思われる内容のが三件。全部を開く気力は無いしそんな時間も無いから割愛するがこの時点で内容に偏りが出ている。更に、注目すべきは場所の指定をする際の手紙が何かしらに掛けられているって言う点だ』


「うぇっ、ここ以外でも見られてるんだ…。まぁ聖君の生徒会が終わるまでの時間潰してる場所を教えないといけないから大分書いてたはずだけど」


『正直、解けたのは四通目に見たやつだけで他はさっぱりだったがな。だが大事なのは俺がお前達の手紙を解読できるかじゃない。お前が日常からあんな手紙ばかりを渡していたって事実だ』


 ここまで書けば橘もある程度俺の言わんとしている事を理解してくれたようで、文章を読みながら相槌を打ち頷いていた。だが、一応俺は念のため最後まで説明をした。


『お前の怪しい手紙が日常なら今のお前の存在は非日常だ。けれどもだからと言ってあんな真面目腐った……後半は真面目もクソも無かったが。まぁマトモな手紙で非日常を書いた所でそれはやっぱり非日常だ。掛け算じゃねぇんだからな。だから、俺がお前に望んでるのはあくまでも十八年前に行っていた日常で今の両親に伝えたいメッセージを作って欲しかった。非日常を払拭できる程の日常をもってして、初めてそのメッセージが伝わるんだからな』


「むー…、比喩表現とか一々クサいけど言い分は理解できる…」


 クサいとか失礼な奴だと思いながら、ここまで書いた所で一息ついてポケットからこっそり携帯を出して時間を確認する。十時半になろうとしている数字を見ながら、これからの予定から逆算してあとどれくらい時間が残されているのかを考えた。


西村先生には今日の昼二時に絵を取りに向かうと言ってしまっているので、残された時間は三時間半。一応手紙自体の作成は文章さえできていれば家でも行えるが、やはり当事者として橘は手紙の完成に立ち会わせたい。となると俺の文字の模写練習にどれくらい時間が割けるのかに掛かっていそうである。昔は大分練習したので、練習材料があって一文程度の軽い伝言メモ程度ならば二十分もあれば捏造できたのだが、果たして腕がどれほど錆びているか。また、橘のメッセージが漢字や画数が多くごちゃごちゃした字ばかりだったりすると時間はより掛かってしまう。難易度で文章にケチを付ける気は元より無いが、なるべく楽なものだと個人的に助かる。口にすればメッセージ作りに影響しかねないから話さないが。多めに一時間半程取るとすると、移動などの諸々に余裕を持とうとすると、昼過ぎには文章が出来上がっていて欲しい所である。


『その辺を踏まえて、どうだ?何か思いついたりはしないか?』


「いやいやいや、そんな全否定でスタートされて急にそんな新しい案がポンポン出てくる訳無いじゃん。逆にそんな直ぐに次の案が出てくるんならあんな文章に一週間も考えてないって」


『……まぁ、そうか…』


 自分の文章をあんな呼ばわりしてしまう橘。今の発言は暗に自分の発想力とかを自分で貶しているワケなのだが、本人が気にしていないのならばこちらも無視してやるのが優しさというものだろう。ともあれ、これで暗礁に乗り上げてしまったわけであるから、橘にも俺にも少しばかり気分転換が必要であろう。俺は開いていた手紙を元に戻して鞄に仕舞い、伸びをしながら席を立った。


「うぁお!ど、どうしたの急に⁉怒ってるの咲良⁉」


俺が急に立ち上がった事に橘は発言に対してキレたと思ったのかビクリと体を震わせながら聞いてくる。ビクビクするのはどうでも良いが隠れる先がその相手の背中しかないのが何とも幽霊の不便さを感じ得ない。俺は気が付けば文字で埋まっていたメモ帳のページを新しくして奴に休憩を伝える。


『お前が煮詰まったみたいだからな。休憩がてらお前が文章考えるまでの暇潰し用の本でも探す。なるべく早く終わらせたいと思っていたが昼過ぎくらいまで文章が思いつけば間に合うと思うし、お前も少しリラックスして頭をすっきりさせてからまた考えろ』


 立ちながら紙に書いて橘に見せると、急に元気になって軽口を叩いてきた。反応するのも面倒だったのでこれを無視して図書室を軽く見回すと、先程空けていたカウンターの席に周防さんの代わりの人らしき女子学生が座ってこちらをチラチラと見ていた。恐らく図書委員だろうか。ワザと視線は外しているので、こちらから視認されているのに気づいていないのか視線をカウンターの下とこちらで行ったり来たりを繰り返している。図書室には他に人がおらず、純粋に暇を持て余しているのか、或いは周防さんに俺の事を監視しておけとでも言われたのだろうか。どちらにせよ俺が今の今まで気づかなかった以上、向こう側に敵意は無さそうでこちらも特に騒ぎを起こさなければ干渉してこないだろう。首を軽く鳴らして俺は、適当な本を探そうと鞄を置いて入口付近に向かう。


 日ノ本学園の図書室は基本的に本を探して借りに来ると言うよりも勉強スペースとして用いられることが多く机の数に本棚が押されがちである。しかし本の量に反して中々に本の幅が広く、問題集から現代小説、評論本や伝記、専門書の類やサブカル誌までもがジャンルごとに浅く揃えられている。各ジャンルに対する触りとして図書室を用いて、深めたいと思ったものを見つけた場合には自分で掘り進めていくというスタンスなのであろうか。勿論、今みたいに指針がない場合は適当に回って手あたり次第で読んでみるのも良い時間潰しになる。それすらも面倒な俺みたいな人は、入口付近に置かれている図書委員のおすすめコーナーに足を運ぶ。


ここには各図書部員が、毎月自分の所持している本の中から一冊を選んでここに煽り文と共に置いておく。本好きが多いからか割と煽り文にも力が入っていて、自分の推しの魅力を最大限引き立てようと一捻りも二捻りも考えられた文章が並んでいる。偶に来るたびに読んでいてると楽しいものである。中には自分が読んだ事がある本の紹介文を読んでひそかに同調や意見をするなんて事も出来る。


今置かれているのは夏休みの前に選んだのか、コーナーの所に『夏に読みたい一冊!』とでかでか書かれたポップが張り付けられていて十数冊ほどが等間隔に置かれている。内容はホラーサスペンスや怪綺談などの涼しさを感じさせるものや青臭い物語などが多めではあった。しかし、一つ一つ目を通していると、周りとは大分趣が違う本が置かれているのが目に入った。


「フロイト全集って…オイオイ。この並びで哲学書なんて置くか……?」


 ホラーや青春など夏を感じさせるラインナップの中において俺が一際目を引いたのは、ジークムント・フロイトの著作を纏めた全集。それも全集だからナンバリングに意味は無いとは言え21番が打たれていた。かなり後期の文章が乗っているのだろうと思い中に収録されている題を見ると『続・精神分析入門講義』と『終わりのある分析と終わりのない分析』の二種、後者はまだしも前者は続と書かれている時点で明らかにこの本からフロイトを始めるのは無理があると言わざるを得ない。どうしてこんな異様な一冊が置かれているのか気になってしまい、俺は思わずその本を手に取ってしまった。


「……………あっ……」


 そして、目次を軽く開いて中を見ようとすると、不意に後方から小さな声が聞こえてきた。どことなく期待を孕んだ様なその声で、俺は何となく気にはなっていた本よりも背後の存在に気を取られてしまって振り返る。この図書室には先程から人が来ないのでここに居るのは二人と幽霊一人。橘ならあんな儚そうな声はまず出さないので、今の声の主は当然、俺の事を先程から見ていた図書部員の女子である。そして、今の反応から窺える可能性を俺は呆れながら口にした。


「アンタか?こんな偏屈な本をお勧めに置いたのは」


 今言った偏屈な本を右手でノックしながら目を逸らされてしまった図書委員に話しかける。野暮ったい眼鏡にロングの髪を一本に纏めた三つ編みのおさげを右肩に置いて、物静かと言うよりも人と話すのが苦手そうな雰囲気を醸し出すその姿は、どことなく中学時代の能代と被る所がある。校章の色で同級生な事を確認できたからと言うのもあるだろう。最も、あの頃の能代もこんな本は読んでいなかったが、なんて思いを馳せていると、ビクリと全身を震わせた後、掠れた声で反応してくれた。


「へんくっ!……いえ、はい。おっしゃる通りで……」


 どうやら今の一言に大分ショックを受けてしまった様でしおらしく下を向きながら渋々と同意した図書委員。いくら何でも、好きな本であるからお勧めにしたのであろうし流石に言い過ぎただろうか。


「うーわっ、咲良も言うねぇ。一撃でバッサリだ。立ち直れるかねぇあの子」


 あまりの辛辣さに橘にもやり過ぎだと言われる始末。このままでは後味が悪すぎるのでなんとかフォローしようと頑張ることにした。


「あー、いや。別にフロイト自体が悪いってわけじゃないんだが…。ただ余りにも並びにそぐわないからつい思っちまっただけでな。外で遊びたい盛りの中高生が精神分析なんてものに手を出したりしないだろ。いや、多少は居るのかもしれないが…」


「…あの、大丈夫ですよ?そんなに必死に擁護されなくても。陰気な本である事は分かっているので……」


「まぁ少なくとも読んでて楽しい部類の本では無いな…。前に一冊、別のフロイトを読んだ事があるが…正直勉強になったと言う感想しか出てこなかったな」


「フロイトを…読んだ事があるのですか?」


読んだ時期が呼んだ時期なので大した熱量で読んでいたわけでは無かったのだが、目の前の図書委員はその一言で同志を見つけたような顔をして上ずった声で聞いてきた。


「あ、あぁ…一冊だけな。夢判断の本をちょいと」


「夢判断…前期フロイトの著作ですね。その辺りから手を出していると言う事は夢分析、ユング派の方も読んでらっしゃって…?」


「あぁ、いや。あの時はたまたま目に映って興が乗ったから読んだだけで派生までは…。てかユングってのは名前程度しか知らん」


「……そうですか…」


 結局しょんぼりしてしまった図書委員。だがいくら何でも読んでいない本で嘘は付けない。フロイトに行き当たったのだって単なる偶然だしそれ以上を求められても困る。しかし、このままだとイジメたような雰囲気を残して話が終わってしまうので俺は置いてあったフロイト全集の方に話を変えることにした。


「にしても21巻目か……この全集って全部で何巻あるんだ?」


「全22巻、この文庫の全集は論文の発表順に纏められていますので…この巻は晩年のフロイトが書いたものになります。そちらの……えっと…」


 何故か会話を止めて目線を俺の顔の辺りで彷徨わせだした。何を知りたくて会話を切ったのだろうかと考えて、ふとこちらの事を呼びたそうにしている事に気づいた。


「そういえば自己紹介がまだだったな、俺は名蔵咲良。…見た所同級生っぽいが俺の事を知らないって事は外部進学生か?」


「あっ…。そっ、そうです……ご丁寧にありがとうございます。……その…有名な方…なのですか?」


 俺の言い方が悪かったのか先程より萎縮の度合いが上がった気がする。怯えさせる気は欠片も無かったのだが、思ったより彼女は気の弱い方なのかも知れない。


「いや、知らないなら良いさ。どうせロクな知れ渡り方じゃない」


「…本当に、一体どんな事してきたんだか…めっちゃ気になるんだけど?」


 前から気にしているのかブツブツと呟きながら橘が会話に割って入り喋りだす。何回か気にしている素振りを今までも見せてきたが、俺に話す気がないのでこれからも奴はずっと悩み続けるのだろう。コロッと忘れてもらえると俺としては大変助かるのだが、幽霊になるほどの執着心がある女が一度気にした事をそう簡単に忘れたりはしないだろう。あしらうのが面倒だと溜息を吐くと、対称的に図書委員の方は良かったと呟きながら安堵の息を漏らしていた。


「…安心しました。著名な方に対して知らないと言うのは相手にも申し訳ないと思っていますので…。私の名前は敷森奈良、二年D組に在籍していて図書委員をしています」


「いや、図書委員なのは分かってるが。それで、さっき言いかけていたのは何だったんだ?」


 座りながらぺこりと頭を下げて挨拶をする敷森さん。同級生なので別に付けなくてもいいのかもしれないのだが、落ち着いた物腰とかが何となくさん付けで読んでしまいそうな雰囲気をしている。佇まいは静かだが話せばちゃんと受け答えしてくれるあたり最初のイメージだった陰気などとは無縁だろう。とは言え、人が居なくても図書室は図書室。あんまり長話していると本当に人が来た時に悪いと思い、先程切った話の続きを促してみる。敷森さんは忘れていましたと言わんばかりに目を見開いて少し照れながらフロイトの話を続けだした。


「そうでした、えっと……そう。名蔵さんのお読みになった夢判断は全集ですと4巻目に相当して、今お持ちになっている21巻目とは三十五年以上の差がございます。弟子や同志との決別、息子や孫の死、第一次世界大戦やナチス侵攻などの困難を乗り越えて精神分析学者として成熟されたフロイトの論文。内容は勿論考え方一つとっても微細な差が見え隠れしております。一度フロイトをお読みになった事がある人ならば決して読んで損の無い論文でございますので…その……宜しかったら…」


 矢継ぎ早に喋り倒す敷森さん。さっきまでのおどおどした態度からは想像も出来ない程ぐいぐい押してくる。


「あぁ、わかったわかった。……これも何かの縁だろう、読ませてもらう。ここのコーナーの本って貸し出しは行っているのか?」


 そして、フロイトを語る敷森さんの熱意に押されて、俺は気が付いたらこの本を読むことになってしまった。別段、フロイト自体に今更興味があるわけでは無かったのだが敷森さんのはきはきと喋る姿は本当に生き生きとしていて、心の底から好きなのだろうと感じ取れた。どうせ長い夏の休みであるのだから小難しい本を読んでも良いだろうなんて風に思わされてしまった。だが精神分析学と雖も広義に見れば哲学。その場で読めと言われても大分難しいものがある。このコーナーの本は図書委員の持ち寄りなので貸し出しなどを行っているかが気がかりであった。いくら何でも自分の私物を見ず知らずの他人に持ち帰られるのは気が進まない、そんな事を俺は考えていたのだが、敷森さんは貸し出しの有無に付いて聞くと花を咲かすように顔を綻ばせ彼女なりの大きな声で返事をしてくれた。


「はい!貸し出しも通常の本と同様に行っております。基本的にお勧めコーナーの本は図書委員の持ち寄りですが、寄贈と言う形を取っておりますので置かれた時点でこの学園の本となります。ですので、安心して借りていって読んでください」


「そうか、それは助かる。…流石に哲学の類をこの場で読み切るのは厳しいからな。じっくり読めるなら何よりだ」


「えぇ、自分でも初めて読破した時は一週間近く掛かりましたから、おっしゃる気持ちはよく分かります。精神分析の世界をじっくり堪能していただけたらと思います」


 流れで本を借りる事になってしまったが、これはこれで良い暇潰しになるだろうと俺は楽天的に考える。そして興奮からかカウンターから立ち上がった敷森さんに本を渡すと、手に持っていたと思しき本をカウンターの上に置き、流れるような所作で本の裏表紙をめくり仮止めテープで貼られた紙ポケットの中の貸出票を取り出すと備え付けの鉛筆と一緒にこちらにすっと渡してくれた。


「こちらが貸出票になりますので、学年と名前を枠内に書いて下さい。期限は二週間ですのでもし延長を望まれるのでしたらこの期間内に延長受付をしていただけたらと思います」


「了解」


 思えばこの学園で本を借りた事など無かったのでシステムについてはよく知らなかったのだが、どうやらここでは本毎に貸出票があるらしい。紙の無駄ではないだろうかなんて高校生らしくない事が真っ先に浮かんでしまう自分の頭に嫌気がさし、顔をしかめながら名前と学年を書く。この際、対面の敷森さんと橘が口を開いたのだが、余りにも対称的な発言だったもので意識せずとも耳に入ってしまった。


「あぁ…良かった。これで先月の貸し出し0人の悪夢から逃れる事が出来ました…晒し上げも無くなりますし、今日からホッとして眠れそうです……」


「こーんな胸もでっかくて典型的な文系少女の私物だった本を突然借りるなんて……咲良、嫌らしい事に使うんじゃないよね?」


 どうやら毎月のお勧めコーナーの貸し出し数は図書委員の中でもマウントの取り合いなのか、敷森さんは白紙の貸出票にならずに安堵の息を漏らしている。それとは別に橘のなんとも下種な発言に頭が痛くなってきた。余りにもそれは俺や敷森さんに失礼ではなかろうかと反省させる意を込めて鉛筆を動かしながら首を勢い良く振った。


「にょわぁぁぁぁぁあ!な、何するのさ咲良!吹き飛ぶところだったじゃん!」


 あわや屋上送りと言う恐怖からか大した剣幕で抗議をする橘を尻目に俺は貸出票を敷森さんに渡した。


「これで良いか?」


「…はい、大丈夫です。ありがとうございます」


「おうよ。……ちなみに聞くが、先月のお勧めは何を出してたんだ?」


 少しだけ敷森さんの発言に好奇心をくすぐられてついそんな事を聞いてしまう。意地の悪い質問かと思ったがきょとんとした敷森さんは楽しそうな顔をして喜々として答えてくれた。


「『ウィーンから来た魔術師、メスメルの生涯』です。精神分析学の租とも呼ばれるフランツ・アントン・メスメルの生涯や彼が提唱した動物磁気についての考え方などが著者の見解で書かれています。今は医学コーナーの一角に収められていますので宜しければどうでしょうか?」


「…好きなんだな、精神医学系統。流石にフロイトだけで手一杯だろうから遠慮させてくれ」


 心の中では、それは誰も借りないだろうと思ってしまったが顔に出さないよう丁重に断る。フロイトやユング、メスメルまで来れば立派なマニアなものだろうと感心してしまったが、いざそれを一気に読もうとしたら完全に腹が膨れてしまうだろう。身内には濫読家なんて言われた事もありはするが、流石に食指の湧かないジャンルというのもありここまで堅物な物に手を出す気はこの場で起きなかった。


「そうですか…。でも、いつでも置いてあると思いますから気が向いた時にでも読んでいただけたらと思います」


 敷森さん的にはもう誰かが借りるという想像はしていないらしく、頭の中では図書室の肥やしと化しているのだろう。若干寂しそうな顔をしてそんな事を言われると、時間を見つけて読んでみたくなるのは俺だけでは無いだろう。


「あ~、まだ目の前がクラクラする…。咲良が首振るだけであんなになるんだからもう少し捕まる場所考えないとかな…」


 一方で、俺をからかった罰として洗濯機の如く振り回された橘も漸く回復してきたらしい。だが頭部以外に露出している場所は夏場とは言えそう多くなく、せいぜい首元くらいしか無いので選択肢が少ない事に気づいているのだろうか。


「……ん?…………。………あっ」


 少しだけ意識を上の方に向けながら俺は敷森さんに別れを告げる。その際に橘は目を回しながらも何かに気づいて、そして思いついたような声を出していたが一体奴は何に気づいたのだろうか。


それを聞いてみようと俺は先程まで座っていた席に戻り、今借りたフロイトをツールの横に置いて筆談用のメモ帳を開きながら、まずは先程の発言について謝罪を要求する事にした。


『さて、ピンクに染まってるお前の脳内に対しての説教から始めようか』


「…ふぇ?何の事?」


『人の事を変態みたいに言いやがって…。大体本一つで何が出来るって言うんだ』


「あぁ~さっきの。いやそりゃ臭い嗅いだり表紙すりすりしたりとか…色々出来ない?」


 橘は言いたい放題であった。自分が思っていたよりもこの橘御影と言う女子生徒が変態的な行動を思いつく人間だったと言うのが分かったのが新たな収穫だろうか。その汚い発想力をもう少し他の事に活かせなかったのだろうかと悲しくなってしまう。人を煽る為にしか使えないとは。俺も思わず青筋を立てながら哀れみの情を乗せて返事を書きこむ。


『今度は確実に屋上返しが出来るまで振り回すか?』


「わっ、タンマタンマ!さっきのアレ結構しがみつくの大変だったから止めてー!私が悪かったから!ゴメンナサイゴメンナサイ!」


振り回しの文字が見えた瞬間に態度を変えて懇願してくる橘。どうやら先程の振り回しは橘に灸を据えるには覿面のようであった。これならコイツが何かやらかす度に、自分に向かって塩を撒いたり般若新経を唱えたりしなくて済みそうである。装備しておいて損は無いであろうが。


「まったく……」


俺は悪態を吐きながら欠伸を漏らして不承不承と言った態度を示す。こんな事で一々キレていたらコイツとは付き合い切れないだろうと最近は寛容になってきた。


『んで?なんか思いついたのか?カウンターからの去り際になんか声だしてたろ』


「えっ?あー……、うん。まぁ…」


 文句もそこまでにして先程の妙な反応について話を促してみる。何となく両親へのメッセージについて閃いたような声色だと思ったのだが、いざ聞いてみると何故か橘の歯切れは悪い。肯定はしているので思いつきはしたのだろうが、出来が悪いと自分でボツにしたかったのか。だが、こちらとしてはブレインストーミングよろしくとりあえず何でも良いから案を出して欲しい物なので、出来の良し悪しに関係なく聞き出そうと文章を続けた。


『とりあえずお前がこれで伝わると思った文章なら言ってみればいい。意見や修正は出来る範囲でやってやる。とりあえず俺がさっき言った事は忘れてないだろ?』


「うん、一応は。当時の私の手紙みたいな文体で、私らしさがあって、それでもって私の伝えたい事を載せろっていう話でしょ。一応は念頭に入れてたけど……」


『なら構わん。言うだけ言ってみろ。聞くだけならタダだ』


 早く話せと再三急かすと、漸く橘が体をよじらせながら嫌そうにしている理由を口にした。


「それさっきも言ってたよね…。…うーん、いやでもこれなぁ。自分の文章じゃないしなぁ」


 バツの悪そうな顔をする橘の言葉から考えると、どうやら今までの文章みたいに引用したものを捻ったメッセージでは無く引用文をまんま使うと言う事か。確かにそれだと最初に言った文句である『橘らしさ』と言うのが消えてしまいそうな気がすると、そんな風に思われているかも知れない。だが、そもそも俺が言ったのは誰にでも捏造が出来そうな文章を作るなと言う事であり、たとえメッセージの内容が十割偉人の名言であろうが漫画の台詞であろうが、そこに橘らしささえ出ていればいいと俺は思っている。上手く説明するのは難しいが、らしさと言うのはそんな物なのだと自分は考える。


『自分の文章じゃなくたって構わん。どうせアレだけの文通量だ。捻り抜きで引用十割の文章だってあるんじゃねぇのか?』


「いや、まぁあるにはあったけどさ……。うーーん…あとこれメチャメチャ難しいよ?漢字ばっかだし、咲良が字の練習するって言っても厳しいんじゃないかなぁって思うの。内容も超マイナーだから咲良知らないかもだし」


『んな事気にしなくていい。お前が伝えたい事を伝えられる為になら最善を尽くす。それに文章を知らないかも知れないと言ったが、案外俺が知らない方が俺の心情とかが混ざらなくて良いかも知れないんだからな』


 今回の目的を考えれば、俺の心象が混ざってしまうと失敗する可能性が出てしまう為、なるべくなら橘のオリジナル文章が良いと思っていただけだ。しかし橘的にはなぜか、咲良の気持ちも混ざったほうが良いんだけどなんてぼやいていた。


「うー…じゃあ……言うだけ言ってみるよ…。てかこれ人に言うのスッゴイ恥かしいんだけど。よくあのお爺さんは詠む気になったね…」


 覚悟がなかなか決まらなかった橘も観念したのか声の調子を確認しながらその言葉を口にする。この時点で俺は橘がどんな言葉を言ってくるか想像できなかったが、休憩から二十分ほどしか経ってない今でそんな良いものが思いつくわけが無いと穿っていた。だから、小話感覚の気分で聞いてみる気であった。橘の台詞を書くべきだったルーズリーフも広げていない程度には気を抜いていた。


「えっとねー…オホン。――――――――――――――――――――――――――――。」


だからこそ、橘が口にした台詞を聞いて俺は呆気に取られてしまった。思わず聞き返してしまいそうになる程に真面目、且つ選んだ橘の意思が窺える文章。それを奴がピンポイントで知っているのも驚きだったが、よくこの短時間でこれが思いだせたと感服してしまった。そんな風に目を見開いて俺が黙っていると、橘がおずおずと心配そうに聞いてきた。


「えっと…どうかな?さっきあそこの図書委員ちゃんが読んでた本を見てふと思いついたんだけど……。というか咲良今の文章の意味、分かる?」


『…一応な。まさかお前の口から禅の言葉が出てくるとは思わなかったから驚いた』


 敷森さんが何を読んでいたのかまでは見ていなかったのだが、連想で思いついたとは俄かには信じ難い。一体何を読んでいたのかが逆に気になってしまう所ではあるが、好奇心を頭の片隅に追いやって今の橘が口にした言葉を反芻する。


それは、愛に生きた翁の話。時の移ろいによる変化と不変を詠った詩。これを詠んだ翁は死んだ愛人に対しての想いを乗せたと自分では思っているが、成る程。これを死人が詠むと、また違う趣が感じ取れる。戒めの意味合いが多分に含まれているのは変わらないが、どことなく明るく感じられるのが不思議なものだ。


「お、知ってるんだ咲良。変な知識持ってるねー」


『教科書にだって乗ってた時期があるくらい有名な詩だろう。成る程な』


 含蓄はあり、最初に頼んだ橘への要求もすべて満たしている。この文章で良いと橘が言うのならば、俺は何も言う事は無い。有名な詩なのだから流石に親父達も多分分かるだろう。俺は頷きながら橘に意見を伝える。


『お前がこれで良いと言えるなら問題ないだろう。この言葉にお前の伝えたいモノが詰まってるって言い切れるならな』


 最終確認の意味も込めて聞いてみると、橘は考える事も無く大仰に首を振り肯定をした。


「大丈夫大丈夫!ちょっと回りくどい言い方になってるかもしれないけどきっと伝わるって!私の親友達だもん!あの咲良の絵もあるんだし必ず届くよ!……でも咲良の方は平気?これ漢文だから字の真似とか難しいんじゃ…」


『問題ない』


 橘の懸念を遮るように俺はメモ帳に短く書いて突きつける。橘がこれと言える文章を考えた。ならば後は俺の仕事範囲であり橘に心配をされる気は無い。それに、態度に見せると囃し立てられそうで嫌だから隠しているが、この詩を聞いてから内心、やる気が漲ってきていた。あの絵に、この詩が添えられた所を一瞬でも想像してしまったからだろうか。今なら気合いも乗って、良い贋作が作れそうな気がする。


 首を鳴らして背筋を伸ばす。背骨もバキバキと良い音を奏でながら俺はトレースツールを手前に寄せてLEDライトの照明具合を確認しながら、橘に端的に告げる。


『興が乗った。お前の手紙の贋作、全力で仕上げて見せる』


 鞄の中から手紙の束を出して、先程の秀吉批判の手紙を引っ張り出す。これだけでも漢字の癖はある程度掴めるであろうが、今回用いる漢字は八種類。日常会話で使わない漢字群ではないのでなるべく同じ漢字を手紙の束から見つけ出したい。癖を覚えて字を書くよりも同じ字を見つけて練習した方が圧倒的に効率も良く完成度も高くなる。スマホで時間を確認すれば十一時を過ぎた所。多少文字探しに時間を割いても問題は無いだろう。そう思い手紙を手当たり次第に開封していくと橘が悲鳴を上げた。


「うぉわぁ!ちょ、ちょっとちょっと何してんの咲良⁉もうそんなに手紙開かなくたっていいんじゃないの⁉さっき何個も開けてたんだから十分でしょ⁉」


『折角だから今回の文章に使う字はなるべく多くオリジナルの字が見たい。安心しろ、中身を読む時間は無いから字の確認だけだ』


「絶対済まない!字の確認だけで済ます咲良じゃないよね⁉内容も記憶の端っこに絶ッッ対残るよね⁉」


『……ギャーギャー喚くな。もうこっからはお前が五月蠅くしようとも時間が限られてくるから反応はしないぞ』


 既にテンションのギアは入ったようなもの。この程度の騒音で止まるような俺では無い。どうせ内容は流し読みであるのだから一通一通を覚える気は毛頭なく、そんなに騒ぎ立てることも無いだろうと思いながら開いてはざっと文字を見ては閉じを繰り返す。そうしている途中に目的の字を見つけたら別の場所に保管して次を読む。ある程度字を見つけ出したらそれらをトレースツールの上に置いてその上からトレーシングペーパーを被せひたすらに練習をする。


この間、ずっと橘の恨みがましい声が聞こえてきたが全てを無視して、自分の筆を橘の字にひたすら近づける。
































そして捜索と模写を繰り返す事、約二時間。橘の伝えたい事が込められた橘の手紙が完成したのだった。

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