第3話

「遠い国で戦争が始まったよ」

 と、ある日、風が木の葉に告げました。

「たくさんの人が殺されてね。その中を駈けてきたんだ。おかげで僕も、すっかり血なまぐさくなってしまった」

「そんなことはないですよ」

 木の葉はそう言いましたが、確かにそれからの風はかつてのさわやかさを失って、どんどん濁っていくようでした。

 風が通り過ぎるたびに、森の動物たちは顔をそむけるようになりました。何かを恐れるように、巣の中に閉じこもって出てこなくなりました。一族が連れ立って森を出ていったものもいます。

 木の葉もまた、不安でした。風は相変わらず優しいのに、どこか変わってしまったような気がするのでした。

「風が吹くよ。風が吹くよ。毒の風が吹くよ」

 虫たちがささやきかわす声が聞こえるようになりました。

「風のせいじゃないのに・・・」

 森の動物たちは風を恐れ、逃げ、隠れ、いつか、森の中には一匹の動物もいなくなりました。でも、最後まで、自分だけは風の味方だと、木の葉は思いました。

「僕は逃げたりしないからね」

 呟いて、それは嘘だと木の葉は自分で知っていました。怖くて、本当は逃げ出したいのに・・・木の葉には逃げることなどできなかったのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る