第6話 唯と穂香

 これが事の顛末だ。

 

 俺は……きのう、失恋した。


 フラれたとかそういうんじゃないけど、こういうのもやっぱり失恋なんだと思う。


 眠いのだが我慢して学校へと行く。

 教室の中では既に、由美の席は無くなっていた。誰もが由美の存在をすっかりと忘れている。


 ずけずけと俺の方に歩み寄って来たのは椎原穂香だった。


「あんた、ゲームのし過ぎじゃないの? 寝てないでしょ」

「いや。寝てないのは本当だけどゲームしてたわけじゃない」

「ふーん」


 俺の発言の真意を見極めようとしているのか。いぶかしげに俺を見つめる穂香。俺は聞いてみた。


「なあ穂香。嶋名しまな由美ゆみって知ってるか?」

「ん? 島田しまだゆいちゃんなら知ってる……ごめん。聞かなかった事にして」


 らしからぬ失言。そうか。穂香は俺に対してひどく気を使ってる。唯の事は触れてはいけないタブーとしていたのか。


 俺は嶋名由美の画像を映しているスマホの画面を見せた。


「この娘が嶋名由美だ。可愛いだろう」

「確かに可愛いけど。これ……」


 唯をモデルにしていると言いたげな表情。

 俺は少し事情を話すことにした。


「昨夜、全部思い出したんだ。唯の事とか」


 思いっきり目を見開く穂香。


「大丈夫? 一時記憶喪失っぽくなってたし、本当に魂抜けてた感じがしたし、あんたがぼっちになったのもそのせいだったんだから」

「問題ない」

「ほんとに?」

「ああ」


 大きく頷き安堵する穂香。


「何だか一つ肩の荷が降りた気がするね。ふふふ」


 笑顔で自分の席へ戻っていった。

 そして今更ながら気が付いた。あの時、壊れかけていた俺を守ってくれていたのは穂香だったんだ。そして今も気を使ってくれているんだ。

 なるほど。時には鬱陶しいと感じる事もあったが、アレが穂香の愛情表現なのだろう。唯の語った最後の言葉を思い出す。それは確か「穂香によろしく。大事にしてあげてね」だった。


 人はつらい経験を通して成長していくのだと聞いた。今回はダブルで経験した感がある。小学校の時の記憶がよみがえった事と昨夜の別れだ。しかし、これで自分が成長したのかどうかなんて分からない。けれども一つだけ確実なのは、今、俺の心の中は感謝の気持ちで一杯なのだ。唯に対してだけでなく穂香に対しても。

 穂香には全て話そうと思う。彼女はきっと信じてくれるだろう。そしてそこから、新しい恋が始まるのだと思う。


 ありがとう唯。


 君の事は絶対に忘れない。

 そして、穂香の事は一生大切にするだろう。


[おしまい]

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幻影少女 暗黒星雲 @darknebula

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