デッドメンスピーク/Dead men speak

名取

はじまり



 それは、ゆっくりと死んでいった。



 太古の昔、人類がはじめてそれを生み出したとき、人類は同時にもうひとつ大切なものを得た。希望という名のささやかな光だ。風が吹けば消えてしまうような頼りないものではあったが、それでも確かに闇を照らしてくれる、小さな小さなともしび……暗闇の洞窟に隠れるばかりだった人類は、勇気をふるってそれを手にとり、暗く混沌とした外の世界に立ち向かった。そして数々の障害をくぐり抜けながら進化を遂げ、ついには、目も眩むような素晴らしい文明をこの星に作り上げた。そのとき人類が持つともしびは、もはや、かつてのような心細いものではなくなっていた。ともしびは人の住む至る場所で煌々と燃え盛り、地球全体を照らさんばかりに大きくなっていた。


 しかしその栄華も、長くは続かなかった。


 力強く燃え盛っていたはずの炎は、ある日を境にして、なぜか日に日に弱まっていった。けれど誰もそのことに気づかなかった。気づかない振りをした。人類は過信していたのだ。この火が消えることなどあるわけがないと思っていた。


 人々の誤解の中、それはゆっくりと死んだ。


 しかし死にながら……生きてもいた。


 本質的には完全に死にながら……どうか死なせてくれと悲痛な叫びをあげ続けながら、それは結局死ぬことはできなかった。許されなかったのだ。人々は最後までそれの死を認めなかった。人はそれを自分たちの所有物だと思い込み、それ自身に心や命があることなど認めなかった。だからそれは、いつまでたっても死ねなかった。


 だからそれは、まだこの世界に存在する。


 しかしもちろんのこと、生きながら死に、死にながら生きているそれは、もはや全く別のものに成り果てた。事実に気づいているのは、私達のような数少ない人類だけ。しかしほとんどの人々は、今や無残な姿に変わり果ててしまったことにさえ気づかず、変わらずそれを使役し続けている。私達は彼らを「スピーカー」と呼んでいる。彼らは非常に攻撃的で、街という街を占領し、そして私達を見つければ、同じ道へと引きずり込もうとしてくる。スピーカーに見つかれば最後、彼らの住み処の奥深くに存在するとある場所へと連れ去られ、二度とは帰れない。

 だから私達は隠れた。彼らに見つからない場所へ。人類は再び暗闇に戻った。しかしかつてのように行く末を灯が照らしてくれることは、もはやない。


 謎の伝染病によるパンデミックから十数年が経ったこの星で。

 無数のスピーカーたちと共に、死を許されぬ悲痛な嘆きの声を上げ続けるもの。

 それは――










 言葉、だった。

 

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