6.まるで陳腐なハッピーエンド

 十四歳の僕たちは人とうまく話せない。十四歳の僕たちは悲しい歌が好きなんだ。十四歳のまま大人になってしまった僕たちは子供みたいに笑う。十四歳になってしまった僕たちは子供みたいに泣くんだ。僕は泣いている君にかける言葉なんて知らない。そんなものは初めから存在しないのかもしれないってなって最近は思う。


 女の子の孤独の周波数は僕たちと完全にシンクロした。何かを得て、何かを失ってしまった時の夕焼け空みたいな、車輪の下に潜り込んで見上げた青空みたいな、プールサイドで幻みたいに揺らめいていた蜃気楼。そんな嘘みたいな孤独や孤立が涙でぼやけて弧になった。独立していた点と点が大宇宙の中で円環として収束し、まあるい弧独や弧立を描いたんだ。


 僕たちは一人で生きていくしかない。例えば誰かと結婚なんぞをしたとしても僕たちは一人で生きていくしかないんだ。そのための強さを身につけるのが、神様から与えられた人生の修行なのだろう。でも、例えばそれが一瞬のことでも、幻であったとしても、ハツカネズミが小さい脳みそで見つけた夢だとしても。泣いたり笑ったりした一瞬を分け合うことが出来たならば、それを綺麗だと思っていいんだろう。


 太陽がメルトダウンするような酩酊感の中で、スニーカーの紐を何回でも結び直して、生きていくしかないんだろう。君が屈む。紐を結ぼうと屈む。スカートのまま屈む。その白くて細いアリスみたいな脚で、ホワイトノイズが鳴り止まない。

 僕たちはその幻を、夢見みたいな現実を、死んじまう時なんかに思い出してショボい自分に苦笑いできればいい。


 目を覚ます。頭痛の予感に備えたがそんなものはなく、ただ正常な世界が続いていた。変な幻なんかを見ていた気がする。ここはワンダーランドなんかではなく、ただの散らかった四畳半だというのに。でも何か美しいものを感じた。言葉にうまく表せないが綺麗な何かを信じたんだ。

 多分私はこのくそったれな世界のことが、このしみったれた私自身のことが、泣きそうになるほどに好きなんだ。


 スマホでラジオを聴きながら、比較的シワの付いていない服を選んでバイトの準備をする。優しい歌が流れる。妙に沁みた。決して上手いとは言えないボーカルと、綺麗事ばかり並び立てた欺瞞が妙に心地よかった。生きていける気がした。生きていける気がしたんだ。


 スニーカーの紐を結び直す。光熱費の支払いの催促で埋もれたドアに手をかける。外の世界は鈍色だった。でもきっと美しいものがある。私はそれを知っている。誰かに教えてもらったんだ。誰かに教えてあげたんだ。すべての物語は陳腐なハッピーエンドでなければならない。私の持論だ。手首に刻まれたジャングルを抜け出したらならば、お茶でも飲んで花を買おう。


 猛スピードのトラックが目の前を横切っていった。私は私に、そして存在したかもしれない不確かな僕たちに、花を供えて、生きるために深く息を吸った。


 多分、これからも変わらずに悲観に暮れたり勝手に救われたりしながら生きていくんだろう。インターネットの、空想で作った女の子ばかりを好きになってしまうんだろう。強いお酒を飲んで踊ったり、冴えない友人と冴えない自分で線香花火大会を開いたり、その様子をタバコなんかを吸いながらぼんやり眺めたり、プール帰りの小学生の残り香に切なくなったり、柔らかな陽だまりを歩いたり、アニメの最終回で大泣きしたり、届きもしない宇宙に手を伸ばしたり、バイト先のオバハンに腹を立てたり、でもそんなオバハンも孤独だよなと同情したり、大好きなバーチャルユーチューバーのなんでもない一言で涙ぐんだり、本屋ですれ違ったロリータに思いを馳せたり、走ったり転んだり立ち止まったり、スーパーからお気に入りの商品が消えたり、でもまた新しいお気に入りを見つけたり、バイト先のコンビニで水を買いに来た冴えない君のことが気になったり、酔い冷ましで水を買いに行ったコンビニでレジを打っていた黒髪のボブカットの女の子に一目惚れしてみたり、でも声をかける勇気なんかなくてそれをSNSで囁いてみたり、そんな冴えない君のことを好きになったり嫌いになったり、どうでもよくなったりしながらテキトーに生きていくんだろう。


 太陽が見えて少し暖かくなって、毛玉だらけのコートを脱いだなら、前を向いてのんびりと歩き出した僕と君の踵からは、きっと春を告げるみたいな音が鳴ったんだ。



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僕たちはみんなしてインターネットの女の子ばかり好きになってしまう あじその @azisono

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