第36話 家族モデル①

 そして、やってきました。週末、土曜日。家族写真の撮影日。

 五時起きで、六時に現地入り。


 昨夜も類がなかなか寝かせてくれなかったので、さくらは寝不足だった。

 あおいだけが興奮している。


「おみせ、ぱぱのおみせいくの」


 吉祥寺店、あおいは初来店。張り切っている。

 車で自宅を出ると、まずはイップク宅へ寄り道。


「雑用で使う、ってのは言い過ぎだけど、取材対応もイップクの勉強になる。今後もあるかもしれないし、なにごとも経験」


 ようは、使いっ走りである。


 イップクは、目をこすりながら出てきた。


「早すぎるよー、遅番だったから一時に寝たのに」

「四時間、寝たんだよ。ぼくが現役モデルだったときは、睡眠は連日二時間。しかも仮眠でがんばった」

「モデルじゃないし。アスリートの基本は、快眠快便」


「つべこべ言わない。さくら、例のものでイップクを懐柔」

「かいじゅう? イップク、かいじゅう? がおお?」

「その『かいじゅう』じゃないよ。イップクさん、朝早くからありがとう。これ、朝ごはんです」


 さくらお手製のサンドイッチとパックの牛乳を渡されると、イップクは目を見開き、輝かせた。


「わお、おいしそう。いただきます! うわー、さっすがさくら。ママになってほしいー」


『餌付け作戦成功』と、類がバックミラー越しによろこぶイップクの姿を確認し、ほほ笑んだ。


「家具屋って、撮影のセットそのものなんだよね。しかも、いろんな場面に対応できるし、鏡もたくさんあってメイクしやすい」


 お店に到着後とりあえず、イップクを正面入り口の番人に据え、来店者をチェックさせることにした。


 さくらとあおいは、鏡売り場の前に連れて行かされた。キッズコーナーとは遠くてよかった。遊び心いっぱいの子ども部屋を見たら、あおいが遊びたがって仕方ないだろう。


「そろそろ、来てくれるはずなんだ。あ、こっちこっちー、ミノルさーん」

「おはよー、ルイちゃん。さくらさんとあおいちゃんも、おは!」


 かつて『北澤ルイ』のメイク担当だったミノルがあらわれた。黒シャツに黒パンツとスタイリストの定番姿。大きなバッグを両手に下げている。


「わあ、ミノルさん。ご無沙汰しています。今日は朝早くからありがとうございます」

「ルイちゃんの依頼だもの。もちろん、引き受けるに決まっているじゃない、よろしく。三人分、担当するわね。あおいちゃん、今日もかわいいわあ」

「おーは。みのしゃ! みのしゃ、きょうもいいかおり」


 すでに、何度もミノルに髪を切ってもらっているあおいは、笑顔でミノルに抱きついた。


「あーん、抱き留めたいのに、荷物がじゃまあん。待って、あおいちゃん。ぎゅーっ」


 ミノルは丁寧にバッグを床に下ろし、あおいを抱き締めた。バッグの中身は、おそらくメイク道具一式。


「まだまだこうしていたけれど、さっそく準備に取りかかりましょうね。時間のかかりそうな順に。さくらママ、あなたからよ。うーん、お肌の調子がいまいちね。寝不足?」

「す、少し」

「ルイちゃんが寝かせてくれないわけね。毎晩激しいなんていやああん、しっと! さあ、鏡の前にお座りなさい!」


 ミノルのオネエことば、そして類への(一方的な)愛情は変わっていない。苦笑している類のメイクは最後になりそうなので、撮影に使う家具の配置を確認しに行った。


 ミノルは手早くさくらにケープをかぶせ、家でしてきたばかりのメイクを全部落としてパックをはじめる。自分のお化粧、そんなにだめだった?


「この間に、あおいちゃん。髪を、かわいく結いましょうね」

「ままがのっぺになった。のっぺ、のっぺ」


 のっぺ……のっぺらぼうらしい、妖怪か。目もクチもパックで塞がれている。まあ、そうかも。


「体操のときのツインテールが好評だったし、おだんご風ツインテールにしましょうね。うーん、あおいちゃんは、お手入れをサボっているどこかの誰かさんと違って、髪もお肌もうるうるのつやっつや」


 ええ? きっと、かわいい……早く見たいのに……見られない。それに、髪やお肌のコンディションを、三歳児と比べないでほしい。まじで。


「はい、あおいちゃんの髪完成。さくらママ、パックを取るわよ」


 十五分後、ようやく視界が開けた。


「あおい……かわいい!」


 基本は左右ふたつ結び。くるんつるんと伸びた髪が、肩先に伸びていて、まじかわいい。自分の娘ながら、討ち死にしそうな愛らしさ。


「ままは、のっぺじゃないね」

「もっとお手入れするように、ママに言ってねあおいちゃん」


 さくらはベースメイクからやり直し。髪型はあおいとお揃いの、前髪ぱっつんにさせられた。

 清楚なメイクを終え、髪もセットしてもらう。くるんと内巻き。


「ままー、かーわーいーいっ」


 あおいに絶賛された。


「かわいい、さくらママ。この、純情そうな顔が、ルイちゃんを溺れさせちゃうんだから、もういやあああん」

「ぱぱは、ままがだいしゅき! いちにちじゅう、だっこしてちゅっちゅしてる」

「今日は、その光景を再現してほしいものね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る