第35話 片づけは毎日少しずつが基本②

 聡子とお昼を一緒に食べたさくらは、電車に乗った。

 だいぶ、秋も深まってきた。空が高く感じる。


 来週の家族写真撮影の件を、聡子は念押して確認した。仕事が絡むと、聡子は生き生きとしてくるから、不思議。

 ほぼ、ランチ兼打ち合わせだった。会社の方向性が決まる、大切な広告。さくらも理解している。いずれ、二世帯……聡子と類の柴崎一家の写真も、撮るらしい。


「父さま、かわいそ」


 さくら以上に困惑するだろう。他社の広告に顔出しとなれば、自分の勤めている会社への相談もしなければならない。激励しなければ。



 午後の約束は、小さな公園だった。


「さくらさーん!」


 相手は、美咲。

 昨夜、さくらが無理を言って会えないかお願いしたのだ。ふたごちゃんを連れている。お揃いの服を着て、今日もかわいい。


「こんにちは、美咲さん。ふたごちゃんも」

「呼び出しちゃってごめんなさい。しかも、ふたごを遊ばせる名目で」

「いいえ、私こそ」


 週末、美咲の夫は帰省して家の面倒を見ているらしい。


「でも、夫に監視されているの。携帯の記録とかも、細かくチェックされて。さくらさんには申し訳ないけれど、昨日のやりとりも消去させてもらった」


 拘束されているので、外出には携帯を持ち歩かないらしい。常に、GPSで見張られているとのこと。

 ゆえに、近所の公園と買い物ぐらいしか出かけられないそうだ。類よりも、縛りのきつい人がいるなんて、意外だった。


「金曜日の会社のことも、夫には内緒」

「プレゼン動画、見ました。体操、上手でしたよ」

「ピピクポテプ体操は、この子たちと毎朝しているだけ」


 毎日、自分もしているけれど、いっこうに上達しませんが?


「謝罪と挽回の場所を作ってくれたルイさんには感謝。いやな感じで退社したくなかったし」

「退社のお気持ちは変わりませんか」


「これ以上の休職はありえないし、夫についていくのが筋。陸のぜんそく問題もあるから、納得しているの。すでに、辞表は提出したし」

「え、もう?」

「十二月いっぱい、よ。残された時間で、できる限りのことはする。ぜんそく、少し落ち着いたの。昼間は出ない。これなら保育園に預けられそう」


 美咲は笑顔だった。でも、つらくて、さくらは聞いてしまった。


「ダンナさんと別居して、東京に残るっていう選択肢はなかったんですか」

「つまり、離婚?」

「いや、そこまでは。でも、しばらく別居、とか」

「考えた。宏明さんと別れて、子どもを引き取って東京に残る。仕事はあるし、自分の努力次第では実現できるかもしれないって。でもね」


 ふたごちゃんの空が、美咲にだっこを所望してきた。陸はお砂で遊んでいる。


「夫が困っている。助けを求めている。知らんぷりできない。私、宏明さんが好きなんだと思う。今は精神的に追いつめられていて、きついことを言われたりされたりもするけれど、この子たちの父親だし、いつかはやさしい夫に戻るって信じたい」

「……美咲さん、素敵です。そんなふうに、他人を包めるなんて」


「さくらさんのほうがよっぽど素敵よ。あのルイさんを虜にしているんだもの、魔性の女と呼びましょうか」

「却下です、ひどいです」


 さくらはむくれた。


「かわいい、さくらさんって。からかいたくなるって噂、ほんとうだった。ところで、あおいちゃんは?」

「うちの父と兄と皆くんで、近所の公園です」

「逆ハーで公園かあ、いいわね。お兄さんって、金曜日の玲さん?」

「はい。類くんのお兄さん、玲です」


「夫がくん付けで、お兄さんが呼び捨て。なんかあやしい」

「あ、そこは、事情があって……玲はそもそも、私の高校の同級生だったんです。親どうしが再婚して、類くんも含めて三人で新しいきょうだいになって」


 あまり、くわしく説明すると長くなるし、恥ずかしい。三角関係とか、自分で言うのもアレだが、裏切りとか略奪とか、修羅場すぎてきつい。


「そっか、ルイさんときょうだいになって知り合ったんだ。義理のきょうだいで、恋に落ちるなんてうわあ」

「情けないことに、うちの家族全員、最初は類くん……『北澤ルイ』が弟だって、私に隠していたんですよ。だから類くんに初めて逢ったとき、めちゃくちゃ驚きました」

「ルイさんのことを? まあ、でも実物を見るまでは信じられないかもしれない。それに、さくらさんって、からかったらおもしろいし」


 いじられキャラが定着? 片腹痛い。


「……美咲さん、びっちり働いてもらいます。年末まで、シバサキの従僕認定です、類くんに伝えます」

「うん。その覚悟。倒れるまで働きたい」

「倒れたらだめです、ふたごちゃんが困ります!」


「冗談。自分の限界は知っているつもり。さくらさん、あなたもやりたいって気持ちが先走っている気配。未来に向かって挑戦するのもいいけれど、限界も知っておいて」

「はい!」


 ***


 月曜日は仕事が多い。


 内線外線、電話を取るのは新人の仕事。さくらは新人研修で受けた通り、三コール以内に電話を受けるようにしている。


 聡子社長の審査で、函館ツアーで宿題だった作文の優秀賞が決まったので、その告知を製作しながら。


 参加者総勢百人の中から、最優秀賞に選ばれたのは、ショウタの父親・商品部の尚斗だった。


 尚斗は箱館戦争のレポートを、三十枚ほどにわたって書き上げていた。筋金入りの幕末維新オタクだった。

 五稜郭タワーでショウタが迷子になりかけたのも、箱館戦争について、同僚に熱く語っていたためらしかった。最優秀賞は、かなりの額の旅行券だった。


 さくらは、ツアー企画者としての視点から、調べたことをまるっと書いて直球で勝負したが、優秀作品にも選ばれなかった。性格上、調べるのは好きで苦にならない。

 函館の歴史、自然、観光、生活……実は参加者中でもいちばんのボリューム、五十枚ぐらいになったのに。くううぅ。努力賞ぐらいほしかった。聡子社長は身内にも容赦ない。


 それと、さくら懸案の『別れさせ屋撲滅』と『学生奨学金問題』。


 実際、別れさせ屋については内偵を続けているところだが、奨学金問題はさくら個人でも対応できた。

 作成したレポートを壮馬に下読みしてもらい、了解を得て聡子社長にも送信した。今後、奨学金入社制度は廃止し、団体への寄付をする。おおむね、さくらが提案した方向で進みそうだ。


 別れさせ屋の件は、叶恵が仕切ってくれたら助かるのに。半現役、半引退状態の叶恵が。

 けれど、傷ついたことを思い出させてしまいそうで、さくらはまだ切り出せないでいる。

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