第26話 『さくら以上』

「うーまーい! 涙出そう……さくら、まじで神。胸は小さいけど、許す。柴崎家の子どもになりたい……っ!」


 やや遅れて到着したイップクだったが、テーブルの上ではがっついていた。


「胸のこと、言わないで! しつこい」

「こんなに大きくて問題アリな子どもはいらない」


 さくらも類も言い捨てた。


「あおいのおうちには、ふたごちゃんくるの。いま、ぱぱとままが、まいにちがんばってる!」


 三歳児の発言に、オトナが全員、失笑した。


「なんだかんだ言って、類のところは平穏だな」

「まあね、うふふっ。人徳?」

「「「人徳が聞いたらあきれるわ!」」」


 さくら、玲、イップクがきれいにハモった。


「玲はどうなの? 工場、どうなっちゃうの? 新弟子さんって、何者?」


 玲に向き直ったさくらが訊いた。


「聞いたのか」

「叶恵さんに」

「こっちの事情、話すと長い……」


 それでも聞きたい、さくらは身を乗り出した。


「玲の話より、みんなが酔っていないうちに、今日のプレゼンの動画を見ようよ! ねえ、ほら」


 類が、微妙に割り込んできた。パソコンに映像を流す。


「いきなり、ピピクポテプ体操でアピール?」


 さくらは驚いた。


「うん。かわいい女の子がかわいく動くと、服も映える」


 かわいい。みんなかわいい。そして、体操がうまい。『動きやすい』にこだわってよかった。類はもちろん、美咲も……玲まで! ぐぬぬである。


 体操後のセールストークもよかった。発案者・企画者・製作者と、役割分担が感じられる。

 さくらの入れる余地はなかった。疎外感、嫉妬倍増で、再度ぐぬぬである。


「好感触だよね。最後のところで、お母さん、じゃない社長が『男の子服も期待』って、はっきり断言しているし……」

「企画書には、さくらの名前も載っているって! ほら、ここ。気を落とすなよ!」


 イップクになぐさめられる始末。


「来年春には、子ども服ブランドを稼働したいと考えているよ」


 類のことだ、実現させるだろう。きっと、社長就任と同時期に。


 動画を見終わったあおいが手を挙げた。


「あおい、たいそうもっとしたい! きょうも、ポテプたのしかった! つぎは、いつ?」


 観客が、シバサキのおじさんたちでも、楽しかったらしい。


「うん、保育園で。ね?」

「だめ。すたじおなの」

「スタジオ?」

「番組の収録のことを指しているんだと思うよ」


 さくらの疑問に、類が答えてくれた。


「おともだち、たくさんできた。あおい、あいたいの!」


 また、言われてしまった。


「四歳になるまで、月数回の限定出演。どうかな」

「えっ? 決まったの?」

「さくらの返事待ち。武蔵社長の提案」

「むしゃしゃがいいって! あおい、たくさんでて、いいって!」


 あおいの、体操への愛をおさえることはできない。


「でも、収録に連れていけない……平日でしょ。類くんも忙しいし」

「俺があおいに付き添う」


 玲が手を挙げた。一同、玲に注目。


「でも、玲だって京都で仕事が」

「一応、工場に在籍しているけれど今、ほぼ無職なんだ。月に数度なら、あおいの予定で上京する」

「ぼくも、玲にあおいのマネージャー役をまかせるのがいちばんいいと思う。玲の言うことなら、あおいもよく聞くし。どう、さくら?」


 どうって、いきなり言われても。


「戸惑って当然だよな、現状をかいつまんで話すよ」


 糸染めは楽しい。やりがいもある。

 けれど、このままでいいのか。玲は自分の小さな工房を作り、また、世界を飛び回るたびに考えた。

 メイドインジャパンの称号は輝かしいけれど、衣類や繊維は輸入がもっぱらであり、しかも生産地は中国から東南アジアへと広がっている。さらに人件費が安価なのだ。

 もちろん、今のまま西陣織を極めることもできるが、日本のオリジナルをもっと広めたいと考えるようになった。


「その点、シバサキの家具は、和のいいところも残している。今、人気なのは、母さんがはじめたお求めやすい価格帯の家具だけど、昔ながらのオーダーメイドな高級ラインも揃えてある。シバサキを出て行った人間がこんなことを言うのはおかしいけれど、外から見て初めて、シバサキのよさが分かってきたんだ」


 そして、高幡工場の娘・祥子が、恋人を連れて帰京したこともきっかけになったという。


「教え子だったんだ……」

「まじで! 淫乱女教員」


 祥子は赴任先の北海道の大学で、教え子をゲットしたらしい。

 現在は実家で同居の上、京都の芸術系大学へ編入させて毎日らぶらぶ。祥子は『学問はいつでもできる』と豪語し、専業主婦とのこと。


「北海道、日高かな白老かな、馬産地の青年。純朴でいい子だよ、相手の子。彼が二十歳になったら、入籍するって」

「未成年かい」

「工場を出るかもしれない事情は分かったけど、玲の立場が」

「俺はいいんだ。高幡家には、やっぱり入り婿が妥当だよ。糸染にも興味を持っているし、おじさんもうれしそうだし」

「おいわい、しないと……!」


 二十×歳の祥子に、二十歳前の恋人。犯罪めいているけれど、結婚前提。


「バカだな、玲は。高幡の工場を継ぐためにさくらを諦めたのに、工場も諦めるなんて」


 類が冷やかした。


「……そう思ったときもあったが、人生遠回りでもいいと思う。家族や会社……類やさくらみたいに、今の俺には背負うものがないし。いつか、きっと、さくら以上の女と出逢うんだ。そういう定めだったんだよ」

「バカなの? 頭、打ったの? さくら以上なんて、この世にいるはずないじゃん」

「玲さん……いいひとすぎて、全世界が泣いてますよ!」


 なぜか、イップクが号泣している。なんなんだ、この人。酔っているのか、見せ場(出番)が欲しいだけなのか。とにかくめんどくさい。


「というわけで、しばらく俺は京都の工房で生活する。さっきも言ったけれど、あおいのスケジュールに合わせて上京、でいいかな」


「東京にいらっしゃるときは、うちをホテル代わりにしてくださいませ、お兄さま!」

「玲の工房、そっくりそのまま東京へ持っておいで。ぼくが、シバサキで囲ってあげる。環境が違うから、同じ色とか出せないかもだけど、できるだけ水のきれいな場所をさがそう」

「それ、いい考え! 玲、東京に戻ってきて。一緒に仕事しよう」


「お、おう。みんな、ありがとな……」


 イップク・類・さくらの勢いに、玲は押され気味である。

 工房をどこに移設しようか、さっさと検討に入っている。その名のずばり『調布』、自然いっぱいの『八王子』、いやいや『町田』もいいよと盛り上がる始末。


「みんな、かってにきめたら、だめ! れいおじちゃ、こまってる!」


 あおいの正論。三歳児の正論。さくらたちは目が覚めた。


「そ、そうだった。うっかりしていた。玲が帰ってきてくれたらうれしいなって思って、つい」

「きめるのは、れいおじちゃ。ね!」


「あおい、ありがとう……俺、もしかしたら、すでにさくら以上の女に出逢っているかも。そろそろ、おふろに入ろうか。借りてもいいか? あおい、ちょっと眠そうだし」

「うん。れいおじちゃと、はいるー」

「玲、三歳児にエロいことしたら許さないからね」

「……いちばんのバカはお前だ」


 さくらも立ち上がった。


「おふろ、案内するね。こっちだよ」

「こっちー」


***


 ふたりを浴室へ案内して戻ってくるなり、さくらは類とイップクに問うた。


「玲が言っていた、『さくら以上の女』って、やっぱり叶恵さんのことかなあ? ちょっと不安なんだけど」

「「さくら、あの会話の流れで、どうしてそう思った……?」」


 鈍感すぎて、玲が不憫になる類とイップクだった。

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