第25話 ステージ終了の、その後……

 シバサキ幹部が退出したあと。類には片付けが残っていた。


「美咲さん、お忙しい中、今日はほんとうにありがとうございました。ここはぼくがしますので、ふたごちゃんのところへ戻ってください」


 類は『北澤ルイ』の顔で美咲に御礼を述べた。

 ほんの二時間だけ、といって美咲は実家にふたごを預けてきたらしい。


「あんな感じで、ほんとうによかったのか……分からないけれど、今日は参加できてよかったです。これで、なにがあっても、私は悔いなく退職できます。ありがとうございました、ルイさん。玲さんも。さくらさんにきちんと謝れなくて、申し訳ないんですが」

「さくらも分かっていますよ。あとで、プレゼンの様子を見せておきますね」


 ごめんなさい、そう言い残して美咲は足早に去って行った。



 ミーティングルームに残されたのは、類と玲。


「……試作品製作担当で、さくらを出したほうがよかったんじゃないか。さくらも、疎外されたみたいな顔をしていた」

「いいのいいの。さくらには、試作に集中してほしかったんだ。体操までおさらいとなると、パンクだったよ。まじめなぶん、二兎を追うと潰れる可能性があった。プレゼン資料には名前もちゃんと載っているし、問題ないよ」


「そんなに運動神経が悪い感じもしないんだけど、体操はだめなのか」

「ぼくとあおいが完璧マスターだからね。どうしても、さくらは気後れしちゃうみたい」


 会話しながらも、ふたりは協力して部屋を片づけはじめた。


「……助かった、玲。駆けつけてくれて、どうもありがとう」

「な、なんだ。しおらしい類っていうのは不気味だな。雪でも降りそうで。『北澤ルイ』の顔はもうよせよ、居心地悪い」


「久しぶりに『北澤ルイ』を作っちゃったら、顔に張りついたみたい。できたら、もうちょっとだけ、ついでにあおいと遊んでくれない? そうだ、今夜うちへおいでよ! さくらごはんをごちそうするよ」

「俺、じゃまだろ……お前ら今夜、めちゃくちゃいたすんだろ……」

「んー。まあ、それは絶対濃いのをするけど……だったら、イップクも呼ぶよ。家、近いんだ。どうせ、ヒマだろうし。最近、本編に出番が少なくて、お店でいつも嘆いているし、ちょうどいいや」


 人数合わせに、イップク。玲はイップクを偲んだ。あわれな、類のしもべよ……。


***


 午後二時。


 定食ランチを終えたさくらが総務部に戻ると間もなく、内線電話があった。


『やっほー、さくら。プレゼンは無事に終わったよ。このあと、ごはんを食べて残務してから帰るね。あ、今夜はうちにお客さんが来ることになったんだ。あおいはぼくがお迎えするから、さくらは先に帰ってごはんを作ってくれるとうれしい。お客さんはふたりだよ、じゃあまたあとで!』

「無事って……どんな感じだったの? 今、どこ? 美咲さんは? お客さん?」


 返事はなかった。用件を一方的に言い、切られてしまった。


 ……なんなの、類。この、意味不明で強引な年下のダンナさま。意味が分からない、キライと言いきれたら、どんなにしあわせだろうに。


 静かに受話器を置く。

 今は、無事に終わったということばを信じるしかない。


***


 午後五時。


 さくらは終業後、ダッシュで買い物&帰宅し、ごはんの準備に取りかかった。


 昨日、大鍋におでんを仕込んでおいてよかった。今夜は和風寄り。がっちり、からあげを揚げてゆく。サラダ。おひたし。和え物。

 ビールも多めに冷やしておく。グラスも。


「ただいまー」

「ただいまでっしゅう」


 六時を少し、過ぎたところ。ごはんも炊き上がりそう。


 玄関先まで迎えに行くと、類とあおいのほかに……玲がいた。予想もしなかったお客さま。珍客だった。


「おかえりなさい……みんな」

「おじゃまします、さくら」


 玲が新居に来てくれたのは、もちろん初めて。


「はい。れいおじちゃ、すりっぱ! あおいのだいすきな、ぴんくいろね」

「おう、ありがとう」


 かいがいしく世話を焼くあおいに、類は嫉妬した。


「ふん。別にいいもん! ぼくにはさくらがいるし!」

「強がらない、類くん」


「れいおじちゃね、きょう、とまるって! あおいのおうちに、おとまりだって」

「本気で?」

「あおいね、れいおじちゃとごはんたべてー、おふろはいってー、いっしょにねるの! やくそくした。あしたも、あそぶの!」


「……適当なぼくの部屋着、玲に貸してあげて。さくら」

「分かった」


「あと、もうひとりのお客さんはイップクだから。そのへんは適当でいいや」


 頷きながらも、さくらは考えた。イップクの扱い、ひどくない?

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