第9話 お宅訪問②

 なんと、帰り間際に、類も来てくれることになった。

 お店が忙しい日曜日だし、正直、ほとんど期待していなかったけれど、うれしい誤算だった。


「あおいちゃんは見ているから、申し訳ないけれどさくらさん、ルイさんを迎えに行ってくれるかな。このマンションまで案内してきてください」


 ということで、さくらは駅まで走った。

 類は、改札前ですでに待っていてくれた。


「おまたせ、類くん。お仕事、おつかれさまでした」


 息を切らして迎えに上がったさくらの姿を見て、類はにこっと笑った。あ、その顔だいすき。


「ありがとう、急いでくれて。髪が乱れているし」


 そっと、さくらの髪に手をやって直す。類は、まだ笑っている。


「う、うわあ。変? やばい?」

「そんなことはないよ。でも、昔のこと、ちょっと思い出して」

「昔……って」


「ぼくが、京都に引っ越してきた初日のこと」

「あ……新幹線の中から急に呼び出されて?」


「そうそう、あのときも髪を乱して、汗びっしょりで、京都駅の人混みを必死な顔で掻き分けて来て。一生懸命で、かわいかったなー」

「や、やだ。五年も前だよ? だって『北澤ルイ』を、雑踏で待たせたくなかったし。すでに大騒ぎだったし」

「今でもさくらはすごくかわいいけどね。だいすき」


 肩に手を回し、耳にちゅっとキスされてしまった。


「だ、だめだよ。見られているって。『北澤ルイ』って知られたら」

「いいじゃん。らぶらぶ夫婦で。それとも、感じちゃった?」


 手をつながれる。さくらは恥ずかしくてうつむきながら歩き出した。

 こういうところ、大胆なんだよなあ。話題を変えたい。


「……お店のほうは、だいじょうぶなの?」

「ん。そろそろ、ぼくがいなくても、できるお店になってほしいからね。ぼくの有休を消費がてら、日曜日でもたまにならだいじょうぶ」


 社長就任を控え、類は身辺を整理しはじめている。


「なるべく早く社長付きになって、母さんと一緒に行動するつもり。さくらやあおいと、本社に出勤できそうでうれしい」

「私も、そうなるとうれしいな」


 信号待ちで見つめ合う。やっぱり、らぶらぶ夫婦だった。


***


「こんにちは、美咲さん。今さらですが、柴崎類です。うちのさくらとあおいが、いつもお世話になっています」


 本物の『ルイくん』のご登場に、美咲は舞い上がってしまった。


「実際、お話しするのは初めてですよね。遠くからは見ていたんですが、うわあ! かっこいい! 背、高い! お肌、きれい! さくらさん、こんなにかっこいい人と毎日一緒で、目が眩まない?」

「えーと……、眩みます。毎日、くらくらです」

「だよね! なに、この、まぶしい。直視できない。美の塊! 信じられない。神の最高傑作!」


 超絶賛である。


「ぱぱー! あおいのぱぱだよー、ふつうのちゃらりーまん!」

「あおい。そろそろしっかり発音できるように、がんばろうね。『サラリーマン』だよ」

「ちゃらりー、ん……むずかしぃ」


 どうしても、類をチャラくしたい、あおいだった。


「あのね、みーちゃのとこ、ふたごちゃんなの! りくくん、そらくん!」


 あおい流に、『美咲さん』は『みーちゃ』と省略された。さっそく、(なぜか?)あおいがふたごちゃんを張り切って類に紹介する。保育園では見かけているだろうが、近くで対面するのはこれまたたぶん初めて。


「ふたごちゃん、よろしくね。陸くんと空くんか。かわいいなあ。ねえ、さくら? うちもほしいね?」

「ほしー、あおいも、ふたごちゃんがほしー!」

「あおいが毎日、お星さまとお月さまにたくさんおねがいして、夜は早く寝たら来てくれると思うよ」


 ぶっ! 子ども相手に、類はなんてことを! さくらはあわてた。ほら、美咲に笑われてしまっているではないか!


「ちょっと、類くん! あおいに変なことを教えないで」

「ねる。はやくねる。おほしさまとおつきさまにおねがいして、あおいはやくねる!」


 素直なあおいが、いじらしくて仕方がない。かわいい。


「あおいちゃん、かわいい。ほんと。女の子っていいなあ。社長が女の子を欲しがる理由がよく分かる」

「うちに生まれたのが女の子って知ったとき、母には本気であおいを取り上げられそうになりましたよ」


 そう。今まで、物語には出てこなかったけれど。


 京都であおいが生まれたとき、さくらは二十歳、類は十九だった。モデルだった類に稼ぎがあるとはいえ、ふたりとも現役の大学生。

 母である聡子は、あおいを東京に引き取る気満々だった。なんとか免れたものの、女の子熱はいまだ冷めないでいる。


 今、妊娠している子の性別はどちらなのだろうか。聡子、いかにも『男の子のお母さん』という感じなのだ。

 父の涼一は、皆だけで悲鳴を上げているし、次こそ女の子だったらうれしいけれども。今度もまたまた男の子で、『えーい、このさいもうひとり!』 の流れになってしまったら、涼一はたぶん倒れる。それは避けたい。

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