第3話 ふたりの想い

「ただいま~、ってあれ? 類くんの靴があるよ!」

「ぱっぱ、いるの? ただいまー」


 夕刻。さくらが帰宅すると、すでに類が帰っていた。


 そして。


「うわあ、なにこれ」


 スーツ、Yシャツは脱ぎっぱなしで、床に散乱。

 類はパンツ一枚。リビングのソファで寝っ転がりながら、ワインを飲んでいる。


「おしゃけくしゃい……」


 思わず、あおいも顔をゆがめた。


「どうしたの、もう!」


 さくらは窓を全開にして部屋の空気を入れ替えた。

 仕事で、いやなことがあった? それにしても、こんな姿……だらしない! らしくない! これが、日本中の女子をきゅんきゅんさせた、元・アイドルモデルのなれの果ての姿なんて!


「皆もいる? なんで」

「なんでじゃないよ。お母さん、調子がよくないみたいだから、今夜は預かったの」


「あおい~、こっちおいで~」

「い、や!」


 珍しく、あおいまでが類を拒否した。


「ほら類くん、服を着よ?」

「ぱぱ、あかちゃんみたい」


 どうにか、部屋着を着させた。


「ねえ、類くん。しっかりして。こんな早い時間から飲んだくれるなんて、らしくないよ」

「そんなに玲がいい?」


「なにを言い出すの、急に」

「さくらが玲と結ばれるの、ぼく全力でじゃましたし」

「意味が分からない」


「ぼくなんて若いころ、女遊びしまくったし、何度も堕胎させたし、最低な男だよね」

「ちょっと類くん、やめて。あおいもいるのに」

「その点、玲は誠実で清潔で、結婚相手にはふさわしいよね。ぼくなんて、ぼくなんて、読者さんにも『玲のほうがよかったな』とか、言われるレベル」


「ぱぱ、おかしい。へん」

「そうだね。ぱぱ、おかしい。お手て、洗ってこよう」


 手を洗いながら、あおいが聞いてきた。


「ぱぱ、どしたの? こわれちゃたの?」

「んー、きっとお仕事が忙しかったんだよ」

「『れい』って、れいおじちゃのこと?」


 あ、まずい。あおいが玲を思い出してしまった。


「そ、そうだね。たぶん」

「ままもれいおじちゃ、すき?」

「う、うん。おにいさんだもん」


「あおいといっしょ! あおい、おおきくなったら、れいおじちゃとけっこんするんだ」

「た、たのしみだね」

「うん!」


「じゃあ、皆くんにまずごはんしよ? あおい、手伝って」

「うんうん! あーん、させるの!」



 そのあと、皆の離乳食と柴崎家の夜ごはんを作って食べさせ、全員をおふろに入れた。身体にバスタオル一枚を巻きつけただけの姿で、さくらは奮闘した。子どもが三人いる感覚だった。

 そうしているうちに、酔った類はソファでぐうぐう寝てしまったので、毛布をかけてやる。さくらの力では、類を移動させられない。


 和室に、お客さま用のお布団を二組敷いて、ここにあおいと皆、さくらの三人で寝ることにした。

 弟の皆が、いいこで助かる。あおいもお姉さんぶって、せっせとお世話を焼いている。その隙に、明日の朝食と類のお弁当の下準備をする。


 様子を見に行ったら、ころころ転がっている間に、あおいは寝てしまっていた。皆も眠っている。

 お子さまが寝たことで、さくらはようやく一息つけた。


 あとは、いちばん大きなお子さまの始末だけ。


「類くん、ベッド行こうよ。ソファじゃよく眠れないよ」

「……いやあ、眠い」

「でも、歯みがきもしていないし」

「んー、むり」

「歯ブラシ、持ってくるよ」

「いやあ」

「駄々こねないの」


 まさかの、連日酔っぱらい介抱である。昨日は壮馬、今日は類。


「どうしちゃったの、類くんらしくないよ。ねえ?」


 さくらは類の頭を撫でてやった。


「……イップクが、『類がさくらのしあわせを奪った』って言った」

「あの人の発言を真に受けるの? 類くんが?」


「だって……『さくらには、もっと身の丈に合った普通のしあわせがあった』って言うんだ。ぼくが、さくらと玲のしあわせを横取りしたって」

「そんなことないよ。私は類くんとあおいに囲まれて毎日うれしい。今の暮らしがずっと続けばいいなって思う」


「でも、さくらのことをほんとうに思っているのは、ぼくじゃなくて玲だって」

「私の言うことよりも、イップクさんのことを信じるの?」


「だって。さくらと玲の信頼関係には、誰も入れないって……」

「不安にさせてごめん。もう、玲とはしばらく連絡しないって、約束したし」

「ほんとに?」


「玲は……叶恵さんと、結婚を意識したお付き合いをするみたいなんだ……」


 壮馬と親密なようにも見えた。どうなるかは分からない。けれど。


「安心して。私は、世界でいちばん類くんがだいすき。だから、お酒なんかに逃げないで」

「じゃあ、どうしてさくらには、次の子どもができないわけ! あおいが生まれてから、三年半も経ったよ? 毎日、ぼくのものをさくらに注いでいるのに、なんで?」

「そ、それは……」


「ほら、やっぱりぼくのことなんて……」

「違うよ。あおいが生まれても、京都にいたときは大学生だったし、類くんがちゃんと避妊してくれたでしょ? ふたりめが、か、解禁になったの、この春からだよ? 引っ越しとか、皆くんに授乳とかいろいろあったし、その……焦らないで。私だって、類くんの赤ちゃんがほしい。気持ちが同じなら、きっとそのうち」


「さくら……」

「類くん」

「だいすき。さくら、だいすき」

「私も、るいがだいすきだよ。離れたくない!」


 ふたりは泣きながら抱き合った。

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