「戦術行動① 正面攻撃」


 ——正面攻撃の概念——


 戦闘の基本は正面攻撃だ。

 語り継がれるような名勝負や小説だと愚策と『愚策』扱いされがちだが、迂回するにも包囲するにも突破するにも、正面攻撃の効果を理解する必要がある。

 そもそも正面攻撃とは、必ずしも味方の正面を向けての攻撃のことではなく、敵の最も強力な正面に対して攻撃することを言う。(ここで言う正面とは、敵にとって最も戦闘効率の高い方向のことを指す)もちろんわざわざ味方の弱いところで敵の強いところを攻撃する理由もないので、正面攻撃は多くの場合真正面からの殴り合いになり、消耗戦——互いに損害が増していく戦闘——となる。

 


 ——正面攻撃の容易性——


 正面攻撃はいっけん芸がないように思えるが、互いに自軍最強の方向を敵にぶつけたがるため、普通多くの戦いは正面攻撃から始まる。この動きは大変わかりやすいが、軍隊の展開が容易で素人集団でも行いやすい。新兵を無理に機動させると混乱を起こし、勝手に瓦解する恐れもある。学校での集団行動を想像してもらえると分かりやすいが、横一列になって前進するだけなら簡単だとしても、斜めに動いたり蛇行しようとすると途端に難しくなる。人数や持ち物が増えるとなおさら難易度は高くなるのだ。

 指揮官にとっても正面攻撃が最も楽だ。全校生徒を動かす時、方向がずれるたびにメガホンで指示を出すのは面倒だし、的確な指示を出すにはそれなりの実力がいる。

 だから指揮官は安易に正面攻撃を命じてしまいがちだ。同じ正面攻撃を命じた指揮官でも、楽だからやったのか、有用だからやったのかで全く異なる結果を招く。



——正面攻撃の扱い方——


 

 戦闘の勝利は多くの場合敵を撃破、撤退させることだ。遅滞や誘引を目的とする戦闘もあるが、それも最終的には敵軍、または敵政府の破壊や降伏を目的として行われる積極的な行動である。


 ・地形が厳しく他の方向から攻撃ができない場合。


 例えば敵の両側に河川や山脈があった場合、下手に側面に回ろうとすれば大きな混乱をきたすことになる。敵がその隙を見逃してくれる訳がない。しかしこれは敵が戦場を決めて主導権を握ったということを意味するので、あまり良い心地はしないだろう。



 ・練度が低く、敵の側面をつくような動きができない場合。


 そもそも敵が正面を向けてくる機動を上回れないのならば、正面から攻撃するしかない。下手すると敵に回り込まれかねないためさっさと正面から戦うべきかもしれない。


 ③ 時間的な余裕がない。


 正面攻撃は特別な準備も必要ないし、前に進むだけだから純粋に速度が出る。


 ④ 正面攻撃をしても勝算があり移動するリスクを冒すよりも良い。


 圧倒的にこちらが多数な場合、③の速度的な面もあって正面から撃破した方が早くて楽である。また移動しようとして側面をむけたり戦闘態勢を解くと、隙を見た敵が襲いかかってくるかもしれないのだ。



 ⑤敵が方陣、円陣など全方位や他方位に正面を作っている。


 全ての方向が正面なら正面から攻撃するしかない。多方向に分散している敵の正面より一方向に集中した正面の方が強い(同数なら)ので、正面攻撃が極めて有効である。

 とはいえ騎兵など側面攻撃や突破を行わなければ弱い兵科の場合、有効打とならない可能性が高いため注意すべきだ。


 ⑥ 政治、伝統、風習など。


 「我こそは〜」と名乗りあっての一騎打ちをする風習があったり、戦争してるふりをするためのパフォーマンスだったりがここに含まれる。


 ⑦ 友軍(別部隊)の作戦・戦術的な要請


 これが最も望まれる正面攻撃の形だ。他の部隊が側面攻撃を行うまで敵を拘束することは包囲や迂回の基本である。


 ⑧奇襲性


 正面攻撃は損害が多くなりがちで、いくら簡単でも出来ることなら避けたいものだ。戦力的に劣勢な場合はなおさらだろう。だからこそ夜明けや夜間などに正面攻撃を行うことで敵を混乱させ、崩壊させる可能性がある。


 他にも理由は考えられるだろうが、主要なものは上記の八つである。


 ——鉄槌と金床戦術——


 鉄床戦術は、正面攻撃を利用した最も基本的なら包囲戦術だ。敵を動かすことのできない金床にひきつけたところに、鉄槌となる部隊が脆いところを粉砕することからこの名前が付けられた。

 手順は以下の通りである。


 ・第一に正面攻撃などの手段によって敵を戦闘状態に置き、損耗と拘束を行う。圧倒的な鉄槌があるなら海や山などを金床として使うことも可能だ。


 ・第二に別働隊が側面や背面に回り込む。複雑な機動が必要なためある程度の高い練度が必要だ。


 ・第三に敵軍の側面または背面を破砕する。



——正面攻撃のコツ——


 コツというよりは基本だ。本作で紹介した戦術の原則にある『戦力集中』に従い、正面攻撃にも重心を設けるべきである。左翼、中央、右翼のいずれかに戦力を偏らせるということだ。

 わざわざ戦力を均等に配置することは、単なる戦力の分散に過ぎない。自ら包囲や突破に至る可能性を潰しているのと同じだ。両翼のいずれかに重心をおけば包囲、中央におけば突破を狙うことができる。(包囲、突破については後に詳しく)


 正面攻撃は最も単純な攻撃だが、その使い方と判断の速さで指揮官の良し悪しが分かると言っても過言ではない。小説で軍師を書くときに、あえて正面攻撃をはからせるのも手ではないだろうか。

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