空が落ちる時

雨宮 白虎

空が落ちる時に私は

 バーン!!

 突然レストラン内で鳴り響いた。


 あやがテーブルを叩き、彼氏に言い放った

「そんな事は、空が落ちるのと同じ事よ!」

 そんな甲高い声が店内に鳴り響いた。


 ここは、集客を集めるためにイベントやパフォーマンスを行う事で人気のある、個人経営のこじんまりとしたレストラン。チェーン店ではできなユニークな催しに惹かれて来るお客が多い。



 彼氏、文束ふみつかには目標がある。

 演劇で身を立てるのが子供の頃からの夢だ。

 大学生に入ってから、生活の為にバイトと、演劇を熱心にこなしてきた。まぁ学業の単位はすれすれで、卒業出来たらい由しと考えていたので、全ての成績が優・良・可・不可の内、殆どが『可』ばかりだった。運よく山が当たった時は『良』が付いた程度だった。

 あや文束ふみつかと付き合い始めた頃は、そんな夢に全力を向ける姿が輝かしくて惚れたのだ。


 社会人となり、互いの両親に紹介できる程に進展した今は、そろそろ身を固めたいと夢を語るようになった。

 そんな思いとは裏腹に、文束ふみつかからは長年費やしてきた夢や希望を真剣に向かい合いたいと頭を下げて願いこむ。

「今まで副業的にしている演劇だが、これから本格的に進めたい。一世一代の博打かもしれないが、ずっと夢だったんだ。これに掛けたいんだ」


 あやは「それ程に僕の言を思っていてくれたんだね。ありがとう。だけど僕は何も持っていなくてごめん。そうだ! 衣装の解れ直しに使う裁縫セットに赤い糸があった。これを左手の小指に。今度は僕から、薬指へ届けるから待っていて」

 なんて恋愛ドラマな展開を夢見ていた。

 いくら親しい仲とはいっても、そうそう都合の良い台詞が聞ける訳がないか。あや反省したものの、演劇の台詞くらい言ってくれてもいいのに、私の事を全然分かってくれない。

 なによりも、演劇に文束ふみつか奪われた! 裏切られた! そんな感情が爆発してテーブルを叩きつけたのだった。



 このレストランは色々な表現者を迎え入れ催しをするのを売りにしているので、作家作業の常連が多いのも納得できる。ある男が先程のやり取りを、

「いきなりテーブルをバーンと叩きつけるのか。突然の展開、話を強制に変えたい場合、リアルに体験できるとは思わなかったが、なるほど結構インパクトが有るモノだな。今考えてる流れを変えるのには使えそうだ。今日は収穫ありの当たり日で面白いかもしれないな?」


 ある女性は、

「擬音だけじゃ弱いわね。周囲、特にウェイトレスが怖気つく様を丁寧に表現すれば尋常じゃない雰囲気になって楽しかしら?」


 作家の卵達がネタ集めに全身を研ぎ澄ましていた。

 著作権とかの問題があるかも知れないが、表現者が行った事を引用するならレストラン経由、又は演目終了の後に直接本人を話し合っても良い。

 ただし、肖像権ならまだしも、客人の何気ない会話1つ1つにまで表現の許可が必要なのか? となると少々難しい所であるが、そこはそれなりにぼかしているのだろう。



 文束ふみつかと良く利用しているこのレストランでの会食は、あやにとっては日常であり、決して演技の協力しているとか、とかそういうのはない。真剣に結婚を考え、必死に告白をしたのだ。

 そもそも、今日の催しは無いのだと聞かされていたから、店内は静かだと思ったからこそ、この期を選んだ。

 それなのに軽く袖にされて、いとも容易く流されたのがとても悔しい。

 悔しい。

  悔しい。悔しい。

   悔しい。悔しい。悔しいよう。

    文束ふみつかにとって私は迷惑だったの?

    もしかしたら演劇の練習の為にと、それだけの為で? 今までずっと一緒に居てくれたの?



 そのまま口論となり「私と演劇と、どっちが大事なの」というお約束な言葉を吐いて、あやは店から出ようと席をった。

 個人で動画をアップしてアルバイト的に広告収入を得るなら兎も角、演劇で生活するのはどれだけ大変な事かをあやは知っていた。文束ふみつかの力になりたいと必死に調べていたからこそ「それは有り得ない!」という気持ちを「空が落ちる!」と強調して訴えたのだ。


 変な言い回しをしたのには理由があった。あやは言葉遊びが大好きだで、目に映る光景を、湧き上がる想いを、言葉を換えて表現するのを愉しんでいた。

 そんなあやは、帰る間際に有り体な言葉しか言えなかった事が、何よりも悔しかった。


 独りでレジに向かうあやに女性が不自然に近づいた。

「あなた、それどこで知ったの?」

 ささやく感じだが少々勢いがある声だった。

 あやは、状況が分からず硬直するも、女性は話を続ける。

「空が何とかって言ったでしょ?!」

 あっけにとられたまま周囲を見渡すとウェイトレスらしき人が視線をそらした。先ほどの口論をこの店の人達に聞かれたらしく、しまった! 感じに赤面した。


 早くここから出て行きたくも、女性は構わず話しを続けてきた。さすがに限界を感じて

「いいかげんにしてよっ!!」

 って言うや否や、息を切らした青年がやって来た。

「どんな感じだい?」

 女性は、はっとして周囲を見渡し、あやを見直して慌てて青年に耳打ちをした。

 青年は振り返ると初老の男性の所へ向かい身振り手振りをしながら状況を説明した様だった。


 あや、先ほどの勢いは失せつつも、力を込めて立ち上がった。

「人違いよ。分かったでしょ!」

 言い放ちざまにきびすを出口に向けたが、初老の男性が両腕を軽く広げ道を塞いだ。

 避けようにも両腕が邪魔をしているし、その後ろに青年が立っている。

(なんなの? この人達は。新手のナンパ? 喧嘩したのを好機にと這い寄ってきたの? いいえ、ナンパなら女性が混ざる意味が無いわね。勧誘? 何の為に?)

 あやが困惑していると、初老の男性は真剣な眼差しでこう話した。

「どうやら我々の勘違いでした。大変にご迷惑をかけてしまって申し訳ない。しかし大事な事なのだ。少し時間をもらえないか?あまり聞かれたくない話なので、あの席までお願いできないか?」

 と、奥の席を指さした。

(やっぱり勧誘だわ。文束ふみつか助けて・・・)

 と救いを求めて先程の席へ振り向くと、その席には誰も居なかった。



 奥の席では先ず名乗りから始まった。女性は陽子ようこ、青年はわたる、初老の男性は孝史たかしと名乗った。



 ウェイトレスは空気を読んでか、飲み物を手際よく配膳し直ぐに去って行った。


 孝史たかし陽子ようこに向かい深い声で囁いた

「もっと冷静に観察しないか」

「申し訳ありませんでした」

「もういい、大事な話をするから、このテーブルの近くに客が来ないように隣のテーブルへ移りなさい」

 陽子ようこは飲み物片手に隣の壁へ移動した。


 席位置としては、奥の4人掛けのテーブルで、壁を背にして店内を見渡せる位置にリーダーの孝史たかしが、その向かいの奥にあやと通路側にわたるが座る。その背もたれ挟んで陽子ようこが席を取る。

 店内の開けた空間とはいえ、この席位置ではあやは閉じ込められたも同然だった。逃げられない。

 仮に、後ろの席に飛び退いても陽子ようこが控えているし、青年を突き飛ばしたとしても陽子ようこに追いかけられる。同じ女性だからトイレ等のプライベートは部屋に逃げ込んでも無駄だ。

 あやは逃げられない事を観念した。



 孝史たかしは両腕をテーブルをつかみ深々と頭を下げた。

「大変に申し訳ない。さっきの話は誰にも言わないで欲しい。秘密事項なのだが、すべてを打ち明ける事を我々の誠意と受け取って欲しい。その上でどうか内密にして欲しい」

 そう言うと、わたるが引き継ぐように説明をし始めた。


 話はこうだった。

・小惑星の、それも特大のモノが半年ほど前に突然消滅した事。

・衝突や爆発の痕跡が無く消滅したこと。

・それが先、月の影となる所に突然姿を現した。

・これが地球に向かっていて衝突する危険がある。

 と言うのだ。


 あやはむっとして答えた。

「馬鹿にするのもいい加減にしてよ。今まで何度も衝突騒ぎはあったじゃない。そんな話、信じられる訳ないでしょ。人を馬鹿にして何が楽しいのよ!」

 そんな怒りの言葉を聞き流して更に解説は続く


・今までの衝突騒ぎは、実際に起こらないから公開することができたのだ。

・しかし本当に危険がある場合は、どれほどのパニックになるか見当もつかないから公表ができないのだ。

・ただし情報統制のできないアマチュア天文学者のコミュニティーでは薄々気づかれている。

・そのコミュニティーでは戒厳令を避けるために隠語を使っている。

・それが「空が落ちる」

 というものだった。


 つまりあやはその連絡員と間違われたという訳だ。


 さらに解説は続いた。


 孝史たかしがある機械を持ち出した。見かけは、小さく古ぼけたAMラジオのようなモノだった

 イヤホンから聞こえてくる音は、ただの時報だった。

 しかし、やけにノイズが多い。

「デジタルが進んだ現在ではあえてアナログのほうが漏れ難いのです。だれもアナログ放送の、それも時報なんて興味を持ちませんから。そしてこの放送、これは、時報間に入るノイズが暗号のモールス信号として混ぜているのです。私達はこれで連絡を取っています」

 元々ノイズの多いラジオ放送と、スマホの精度が高いから意味の無い時報、しかもモースル信号。ここまで時代錯誤な過去の技術を持ち出されては、何周も廻って暗号通信の手段とは思わないだろう。人の意識の隙間を突いた発想としか思えない。


 突然、アラーム音が聞こえてきた。誰にでも分かるピーピー音だった。

 あや

「なにこの音」

 と不安な声でつぶやいた

 と、同時に陽子ようこの携帯電話が鳴った。携帯もまた、盗聴アプリといった監視を危惧して貸与されている物だ。


 電話の内容は分からないが、陽子ようこの言葉尻をとらえると、

 どうやら相手は同僚の彼氏らしい。職場恋愛なのか、それ以前からの交際なのかは分からない。そもそも貸与された携帯を、同じ職場の仲間としても、私用で使って良いのかどうなのという疑問はあるが、つい先ほど言い合ってた自分と重ねてしまい、気付く事が出来なかった。


 陽子ようこの電話が終わるまで話が進まないので皆待っているところ、

 電話の口調が段々荒くなるなり、声を荒立てる陽子ようこ

「それってどういうことよ!」

 (これは秘密裏の話で目立ってはいけない)と、あやが慌てて拭き向いて手を伸ばす。

 陽子をなだめるために伸ばした手を左右に振るも、電話の勢いは止まらない。


「もう会えないってどういう事なの。え! 状況が変わったって? 進路が急に変わってもう日が無いってなに? 今研究室にいる人達以外には情報シャットアウト?!」



「ねえ、1日だけでも駄目なの?」

 陽子が涙ぐみはじめる

「すまない・・・」

 そう受話器から聞こえた気がした。

「もう終末(おし)まいなのは理解してた。だから、誰もいなくていいから、ままごとでもいいから、式をしようって・・・約束したじゃない!」

 とうとう涙声になり満足に聞こえたものではないが、気持ちは通じているのだろう。あやは少々羨ましく感じた。

「1時間もいらない、衣装もいらない、、、小さな会議室でいいよ。ねぇ・・・お願い・・」

 一呼吸ほど間があり、陽子ようこが首を振り、やけになって言い放つ

「まもなく巨大隕石が落ちるのは分かってた事じゃない。もう回避できないことも!規模だって、、、空が落ちると思えるほどだってわかってたのだから、せめてごっこでいいから式だけは」

 あやは(あ~言っちゃったよ!!!)と言わんばかりに、陽子から携帯電話を奪い取った。


 しばし時が止まったように静寂になる。


 どうしてこの男たちは何もせず、ただ私たちを見ているだけなのだろう?

 そう考えているうちに力が緩んだようだ。



「以上で~す。ご清覧ありがとう、ございました~」

 陽子ようこは立ち上がり、両腕を大きく広げたポーズをしてウィンクした。

 突然の変貌に、あや、あっけにとられていると、すかざす男達も立ち上がる。

 でもなんかおかしい。視線が私・・・・じゃない。その後ろ・・・か?。

 と気づいた時には3人は深くポーズしながらお辞儀をした。


 あや、恐る恐る振り返ると・・・・

 壁掛けの大型テレビに自分が振り向いている姿が見事に映し出されていた。


 大きな拍手の中に歓喜の声や批判その他様々に喧噪ぶりままるで楽屋裏のようだった。



「御観客の皆々様。この度のアドリブ寸劇を拝観いただき誠にありがとうございます」

 どこからか司会の声が聞こえてきた。どこかで聞いた声が・・・

「来週から公演します劇団運鱈うんたらでは、ときおりこのようなアドリブ交えております。同じ演目でも足を運んで頂いた度に楽しめますよう努めてまいります」

 司会の間にウェイトレスらしき人がチケットを配っている。

 観客のスマホには、寸劇のいきさつの解説とカメラアングル、音声メニューが表示されていた。

 よく見ると、向かいに座った孝史たかしのタイピンやメガネがどこか変だ。きっとカメラが仕込んであるのだろう。

 ウェイトレスらしき人も仲間なら、テーブルの裏に盗聴マイクが設置されててもおかしくはない。

「この度犠牲になりました、とても綺麗な行きずりの女性に今一度憐みのは…っクシュン」

 かなりベタな一呼吸が入った。

「あ~あ~、改めまして、この度の寸劇の協力を頂きました綺麗な女性へ今一度大きな拍手をお願いします」

 この声は、冒頭の文束ふみつか氏の声だっだ。笑い交えながらも御機嫌を伺ってるような言いまわしにあっけをとられてしまった。


 そもそも、ここはいろんな劇団が使用するイベントカフェだ。

 ここに誘ったのは文束ふみつか

 自分の夢への本気を知って欲しかったのか、分かれるくらいならば一層のことの計略なのかは、真偽は本人にしか分からない。


 恥ずかしさと、気まずさと、嬉しさと、沢山の感情が入り交じり立ちすくんでいるあやへ贈られた。

 観客は大きな拍手と賞賛の歓声から沸き上がる、ネット小説の投稿の評価では得られなかった、甘美な思いに酔いしれる。

 あやの心に芽生えた感情が今後、どう育つのだろうか?

「あらざらむ この世のほかの 思い出に 今ひとたびの あふおもるるか」

(もうすぐこの世が終わる時、あの世の思い出にと、今一度会いたいと思えるだろうか)

 そっと、和歌の一首を引用してつぶやいた。


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