12月14日

第1話

 じりりり、じりりり。


目覚まし時計がけたたましく起床時間を告げる。


「…………」


暖房のついていない十二月の自室はキリリと寒く、静かにこぼれる私の息はかすかに白い。


 目覚まし時計の騒音と凍てつく寒さの中、私は右手を天井に向けて伸ばしたままじっと動けずにいた。動かないのではなく、動けなかった。


なぜなら、片腕を直上に上げるという不自然な寝相も、すでに目覚めているのになおも目覚めを促してくる目覚まし時計の音も、何ひとつ気にならないくらい、私の心がぐちゃぐちゃに乱れていたからだ。


 心が乱れた理由はただ一つ、先程まで見ていた確かな光景だ。


(ナギサくんが、死んでしまった)


 あんな大きいトラックにはねられ乗り上げられて、一目でもう助からないとわかるほどに彼の体はつぶれてしまっていた。


痛かったろう、苦しかったろう。私を、私なんかを助けるために、優しい彼は私の目の前で死んでしまった。


思い出した彼の最期の姿が私の胸を引き裂き、思わず嗚咽おえつが口から漏れた。次から次へと瞳からこぼれ落ちるしょっぱい雫は、頬を伝って枕へと滑り落ちていく。


 私とナギサくんは朝から待ち合わせて一緒に映画を見る約束をしていた。ふたりとも普段はラブストーリーなんてガラじゃないのに、クリスマス前だから良いんじゃない?と軽い調子で言う彼に乗せられる形で、すでに座席の予約もしていたのだ。


 予約した時にはすでに座席は八割くらい埋まっていた。そのほとんどが恋人同士なのだろうと推測した私は、私とナギサくんもそんなふうに見えるのだろうか、と甘酸っぱい高揚感を抱いていた。それなのに――


(もうナギサくんはいない……)


 私は天井に向かって伸ばしていた手――彼に伸ばした右手だ――を、ぼすんと掛け布団に下ろしパジャマの袖(そで)で、ぐっ、と自分の目元を拭った。


それから緩慢な動きで体を起こすと、ようやく鳴り響く目覚まし時計を止める。目覚まし時計には十二月十四日と表示されていた。


 そこで私は我に帰る。今日は十二月の十四日だ。今日は彼の死んだ十二月二十一日じゃない。


それどころか……


(……ナギサくんて、誰だ?)


 数刻前まで私が感じていた強い思慕は不自然にかき消え、そのベクトルを失っていた。

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