一夜のキリトリセン【誕生日編】

野森ちえこ

ありがとう

 誕生日なんてなにがおめでたいのか。

 誕生日がうれしいと思うのはきっと子どものときだけ。


 まぁ、生まれてから一度も誕生日を祝われたことがないあたしとしては、ほんとうのところはよくわからないんだけど。


 誕生日だっていつもとおなじ一日。

 それなのに、年だけ一コ増える。

 まったくおめでたくないし。

 ぜんぜんうれしくないし。


「……えーっと。なんでおれは、睨まれてるんでしょうか」


 プレゼントなんてもらったって困るし。

 どう反応すればいいのかわかんないし。

 誕生日にケーキとか。ロウソクとか。

 それこそもう子どもじゃないんだから。


「お祝いとか、いらないから」

「……そっか」

「…………」


 つきあってはじめての誕生日。いらないといっているのに。彼はニコニコとケーキにロウソクをならべていく。


「誕生日ってさ、年齢と一緒にロウソクが一本ずつ増えていくんだよな。そのぶん人生も明るくなる……って、まぁこれは人から聞いた受け売りなんだけど。でも、年をかさねるたび人生が明るくなっていくって、なんかいいと思わないか?」


 現実的に考えて、ロウソクを三十本も四十本もケーキにならべられないと思うけど。いいたいことは――まぁ、わからなくもない……ような気がしなくもない。




 ぜんぶのロウソクに火をつけて。すっくと立ちあがった彼は、壁のスイッチをパチッと押した。ふ――っと部屋の電気が消える。


 暗闇の中、ちらちらと揺れるちいさな炎がまぁるくならんで――なんか、キリトリ線みたいだ。


 ……今、この時間を山折り谷折り、ちぎって切り離して保存できたらいいのに。




「消すまえに願いごとしてな」

「……願いごと」

「そう。それで、ひと息で火を消せたら願いが叶うんだ」

「……ケンちゃん、乙女みたい」

「ほっとけ。あ、歌おうか?」

「やめて」

「ははっ。じゃあほら。ふーって。ひと思いに」


 願うだけなら、いいか。

 願うだけなら、誰にも迷惑かからないし。



 ――できるだけ長く、ケンちゃんと一緒にいられますように。



 心に秘めた願いとともに、おおきく息を吸いこんで、ふうぅーーーーっと息を――あ、やった。消えた。


 パッと電気がついて。パチパチと拍手しながら彼がテーブルに戻ってきた。


「ありがとう、キミちゃん」

「? なんでケンちゃんがありがとうなのよ」

「二十年まえの今日。キミちゃんが生まれてきてくれたから、こうやって出会えて一緒にいられるんだ」

「…………」

「だから、ありがとう。生まれてきてくれて」



 誕生日なんて、年をとるだけの日。

 まったくおめでたくないし。

 ぜんぜんうれしくないし。

 泣いてなんか、いないんだから。



 だから。そんな。


 そんな。


 うれしそうに笑うな。ばか。



     (おわり)


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