第7話 雅男の告白

 最近は雅男が家にいてもまともに会話する時間もなくなっていた。一緒にいても何か別のことを考えているのか、雅男は押し黙っていることも多かった。

「どうもすみません。すみません」

 雅男が電話でしきりに卑屈に頭を下げている。私は首を傾げた。以前はそんなことは仕事の電話でも一切なかった。

「どうしたの」

「うん・・、まあ・・」

「なんだか仕事が変わったみたい」

「実際変わったんだ」

「え?」

 雅男は、ばつが悪そうに少し顔を下げた。

「企業弁護士さ」

「企業・・、弁護士?」

「企業の利益を守るための弁護士さ」

「どうしてそんな仕事するの。困った人たちのためにって・・」

「金のためだ仕方ない」

「えっ、でも・・・」

 雅男はあの何とも言えない険しい表情になった。

「無理だ」

「なんで?」

「・・・」

「どうしたの?」

 私は雅男の顔を覗き込む。雅男は押し黙った。

「どうしたの?」

「・・借金がある」

 雅男は、小さく言った。

「いくら?」

「・・・」

「いくら?」

「三億」

「三億!」

 雅男はうなだれた。

「・・・」

 その中には私に渡したあの一億円もあるのだろう・・。

 雅男は、後ろのソファにうなだれるように座り込んだ。

「銀行が融資をしてくれなくなった」

「銀行が?」

 私にはそのことの重大性がよく分からなかったが、なんとなくそれは大変なことなのだと察した。

「終わりだ・・」

 雅男が呟く。

「・・・」

「チクショウ、奴らは狡猾だよ。しっかりと的確に人の弱点をついてくる」

「どうして・・、そんな・・」 

「圧力だよ。以前酷い企業を訴えるって言っただろう。あれさ。相手は大企業だ。だからそのつながりで圧力をかけてきているんだ。上の連中はみんなグルなんだ。繋がってる。利益共同体なんだよ」

「・・・」

「汚い連中だ」

 雅男は吐き捨てるように言った。

「じわじわと、個人的に追い込んでいくのさ」

「そんな・・」

「クソッ」

「どうにかならないの」

「どうにもならない。八方手を尽くしたが、ダメだった。どこも貸してくれない。みんな大企業を恐れている。銀行を恐れている。下請けだから、大企業からの仕事が途絶えたらおしまいだ。融資を受けられなくなったら終わりだ。みんな自分可愛さでどうしようもない」

「自己破産は?」

「自己破産は出来ない。自己破産してしまったら弁護士資格を取り上げられてしまう。それじゃ元も子もない」

 雅男は頭を抱えた。

「・・・」

「クソッ・・」

 雅男は拳をテーブルに叩きつけた。

「人の弱いところを確実に突いてくる」 

 雅男表情からその焦燥と苦悩が伝わってきた。

「・・・」

 私にもどうすることもできなかった。今は実家の借金や生活費、カティへの仕送り、よりちゃんの借金の返済などで精いっぱいだった。しかも三億という額は桁が違っていた。

「・・・」

 私たちは沈黙するしかなかった。

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