第6話 ちょっとした変化

「細井が刺されたぞ」

「えっ!」

 相変わらずビルの屋上でさぼっている私の隣りでのんびりとたばこをふかしていたマコ姐さんが、唐突に言った。

「女だ」

「死んだんですか」

「いや生きてる。悪運の強い奴だ」

「・・・」

「まあ、自業自得だな。あいつは無茶苦茶やってたからな。ほんと。超えちゃいけない一線を越えまくってたからな」

 そう言って、マコ姐さんは煙草の煙をいつものように、ビル風に乗せるように吐いた。

「・・・」

「やっぱ、人間悪いことするとしっかり報いを受けるんだな」

 マコ姐さんは一人感心している。

「・・・」

 私はビルの屋上から見える、駅前の喧騒的な明かりの群れを見つめた。細井さん・・。まだそれほど日にちは経っていないはずなのに、なんだかとても遠い人のように感じた。

「天罰ってあるんだな」

 マコ姐さんは、なおも一人感心している。

「今度うちに来ませんか」

「ん?」

 マコ姐さんが私を見た。

「みんなで鍋でも」

 私はマコ姐さんを見返した。

「人のうちの団らんに、お邪魔する趣味はないね」

 マコ姐さんはにべもなく断った。

「そうですか。絶対、みんなもマコ姐さんのこと気に入ると思うんだけどな・・」

「まっ、お鍋のおいしい季節だな。でも、あたしはそういうのは苦手なんだよ。団らんとか、家族の付き合いとか。まして、鍋を囲んで和気あいあいなんてな。ガラじゃないよ」

「へぇ~、マコ姐さんにも苦手なものがあったんですね」

「ありまくりだよ」

「そうだったんだ。無敵の人かと思ってた」

「どんな人間なんだよ。無敵の人間って」

「はははっ、それもそうですね」

「まったく、どんな目で人を見てんだ」

 そう言ってマコ姐さんはスススッと私にすり寄り、ヘッドロックを掛けて来た。

「ははははっ、ごめんなさい。はははっ」

「全くお前は」

「はははっごめんなさい。はははっ」

 私たちはビルの屋上で二人、じゃれ合った。


「・・・」

 なんだか最近、雅男は時々ものすごく険しい表情をするようになった。それはこちらが怖くなるくらい鬼気迫ったものがあった。

「何があったんだろう」

 前に言っていた大企業相手の訴訟のことだろうか。

 仕事も忙しくなってきたのか、最近は家にいる時間も減っていた。

 よりちゃんも最近はレッスンが忙しいらしく、ほとんど家にいない。

 私は一人で家にいることが多くなった。


「あっ、お帰り」

 雅男が久しぶりに家に帰って来た。しかし、帰って来た雅男は、ものすごい形相をしていた。怒りと憤りと落ち込みと、色んな感情が入り混じり、般若のようになっていた。

 ぴりぴりとした空気が、ビシビシとこちらにも伝わってきた。

「雅男、何かあったの」

 私は、恐る恐る雅男に声を掛けた。

「うるさい」

 突然、雅男の怒鳴り声が響いた。私は驚いて、茫然と目の前の雅男を見つめた。

「・・・」

 部屋に沈黙が流れる。

「あっ、ごめん。つい、仕事で色々あって・・」 

 雅男は、すぐに我に返ると、私に謝った。

「ううん、大丈夫。私の方こそ、突然声かけちゃってごめんね」

 今までに見たことない雅男の一面に、私は少しショックを受けていた。

「ほんとごめん。どうかしてたんだ」

 雅男はいつものやさしい雅男に戻っていた。

「ううん、大丈夫。少し驚いただけ」

「そうか良かった。じゃあ、僕は仕事があるから」

 そう言って、帰って来たばかりだというのに雅男はまたすぐに自分の仕事部屋へと行ってしまった。

「・・・」

 私はそんな雅男の背中を見つめた。

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