午後三時頃。太陽が少し落ちる傾きを見せた頃合いである。

 ディアークとジグムント、それにラインハルトの三人は袋小路の入り口あたりにいた。小路の奥には、凄惨な死骸がごろごろと転がっている。勿論そのままにするわけではない。ジグムントの使い走りとして、ゲルトが市庁舎の方に役人を呼びに行っている。殺人が起こった場合は、それが正当か否かに関わらず、死体処理は市参事会の仕事になる。つまり、三人は役人の到着を待ちながら話している途中だった。

 とはいえラインハルトはほぼ会話には参加せず、ディアークの傍にいるだけだが。


「なるほど。アンタがディアークで、そっちの従士がラインハルトか。……なら、俺も名乗らなきゃな。俺はジグムント・ウィルクスキって言うんだ」


 少年と従士が名乗った後、青年が告げたその名前にディアークは二つの意味で驚きを見せた。自身の異母兄であり、グリューネヴルム帝室皇太子であるジギスムントを想起させる名前だというのが、第一の理由だ。

 そして、第二の理由は。


「おぬし、その名……まさか東方のヴェンデ人Wendenか?」


「その呼び名は好きじゃないが、まあ間違っちゃいねぇ。……俺と、あの小っこいゲルトって奴の祖先は東の地で暮らしてたんだが、あのにっくきリッセルスバッハ騎士団が二百年も前に攻めてきやがった。異端だからとか何とか言って、金品や女子供、それに父祖代々の土地と部族としての名誉も、何もかも奪っていきやがったんだ」


 〈リッセルスバッハLisselsbach騎士きし団国だんこく〉。大陸東部のほぼ全域を支配し、騎士団員の選挙によって選ばれる総長ホーフマイスターを君主として戴く騎士団国家である。

 三百年前に聖アルヴィネーゼ教皇の命によって創設され、大陸東部に割拠する異端の〈蛮族ばんぞく〉を教化する目的で〈東方植民Ostsiedlung〉を今も続けている宗教国家でもある。

 帝国が治めている大陸中央と騎士団領となっている東部では、もちろん使われている言語が違う。道理でジギスムントとジグムントがよく似た名前なわけだ。

 〈ジグムントZygmuntウィルクスキWilkski〉。それにゲルトGeld、か。

 そのジグムントは、自らの身の上を続けて話した。


「故郷を追われた先祖は数を減らしながら、帝国内へ流入した。だがいくら改宗しようが、どこまで血が薄まろうが、お前らはヴェンデ人だと後ろ指を差される。農民になることも、市民になることもできねぇ。それでも食いつなぐ為に……俺達は傭兵になることを選んだ。自分達の力一本で、いくら惨めだろうが狡猾だろうが残忍だろうが生き残る為の、ただ唯一の道だ。俺はそう信じてる。だから、団長になったんだ」


 普段は調子の狂う呑気な言い草ばかりするジグムントの、真剣な表情。

 灰色に近い黒色の瞳が、まるで東方の故地を思慕しているかのように遠くを見つめている。ディアークは、彼の言葉を一つ反芻する。


「団長?」


「ああ。俺は、紅の狼グラナヴォルフっていう傭兵団をまとめててよ。ついこの間、先代が死んじまったもんだから、次の戦が団長としての初陣になるんだ」


「次の戦……ヴァリダーナ回廊での、か」


「ご名答。明朝、三百人を率いて帝国騎士団と共に帝都を発つ予定さ」


 ヴェルランド聖王国との戦。確かレイナードも参陣すると言っていた。

 しかし、ここで一つ少年に疑問が生じる。


「明日発つのに盗賊狩りの依頼を受けるとは、随分と金にがめついのだな」


「……まあ、そうともいう。それと、俺の部下には荒くれ者が多くてな。二週間前に帝都に着いてから毎日のように酒場を占拠して騒ぐもんだから、少しは市民の為になることしなきゃ傭兵団ごと叩き出すって、参事会の奴らが脅しを掛けてきやがった。それで仕方なく盗賊狩りに来て、そしたら偶然アンタらに助けられたってわけさ」


 ジグムントは後頭部を掻きながら、事の経緯を説明する。

 少年が「なるほどな」と短く返すと、少しの沈黙が訪れる。


「……俺からも、色々聞いて良いか?」


 それを破ったのはジグムントだった。ディアークは頷いた。


「さっきの、盗賊共のかしらを倒した時の術は……何だ?」


 問われることは分かっていた。そしてそれに応えてしまえば、自分にとって不利であることも知っていた。それでも彼にならば教えても良いと、不思議とそう思えた。


「あれは、禁忌きんき魔術まじゅつ。聖教会から異端認定されている、私が扱える魔術だ」


「禁忌魔術だと? どうやってそれを習得したんだ?」


「私の恩人だった……ゼバルドゥスという聖職者が教えてくれたのだ。聖堂図書館には無い魔導書も、帝都大学の方から取り寄せて私に与えてくれた。それからは独学で幾つか術式を覚えて、たまに盗賊共に試し撃ちすることもある。牽制としてな」


「試し撃ち、ね。おっかねぇ皇子様だぜ、まったく。……にしても、聖職者だってのにそのゼバルドゥスって野郎は随分と災厄の皇子に優しいんだな」


 若干引きながらも、ジグムントはまた同じように疑問を呈する。

 それに対してディアークは笑いを交えながら言った。


「いや、それはジグムントもそうであろう。私が災厄の皇子であると知っていたのに、袋小路で私に助けを求めたではないか」


 聖職者であっても無くても〈災厄の皇子〉に好んで関わろうとする者など滅多にいない。自分を〈災厄の皇子〉と知っていてなお、頼ってくれる者。

 ゼバルドゥスを喪った今、目の前にいるジグムントというこの男が、唯一自分と対等に話してくれる存在のように思えた。自分をてくれる存在だと。

 だから、この男には禁忌魔術のことを話せたのかもしれない。

 ディアークはそんな風に思った。……だが。

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