「ダラダラと妄想垂れ流してんじゃねぇよ、糞坊主が。……へっ、スカッとしたぜ」


 ディアークはずっと握っていたゼバルドゥスの手を放して、顔を上げた。

 そこには一人の大柄の男が立っている。両用剣を片手で軽々と振り下ろしたままニヤニヤと、黄ばんで所々欠けた歯を見せながら笑っている。その恰好だけは騎士らしく立派なもので、鎖帷子チェインメイルの上に〈帝冠を戴く双頭の翠鷲グリューン=ドッペルアドラー〉が描かれた黒のシュールコー、更にその上から赤のマントを羽織っている。

 少年はその男に向けて、微かな笑いを浮かべながら言った。


「何故、と問うのはお前たちからだったな……。ダミアン、ゲオルク」


「……いやあ、この司祭が中々ディアーク様の居場所を言わないもので。ついカッとなってしまいましてね。元からこの聖堂の司祭がディアーク様と懇意であることはゲオルクから聞いておりましたから、魔術の探知反応が消えても特定は容易でしたよ」


 赤毛の短髪をポリポリと搔きながら、従士長のダミアンは抜け抜けと言ってのけた。それから自らの得物をゼバルドゥスだったモノから無造作に引き抜く。体液が付着した剣の手入れが面倒になりそうだと少しうんざりした表情を浮かべた。

 ディアークは立ち上がる。そしてダミアンの少し後ろに控える、頬がこけた紫髪の男に対してゆっくりと視線を向けた。副従士長のゲオルクだ。


「まさか私の探知魔術陣が解かれるとは思いませんでしたがねぇ。この司祭も中々の巧者だったということですか。……まあ、これはこれで術式に改良の余地があるということで。私としては悪くない経験だったと思いますよ。クククッ」


 ゼバルドゥスの死など何の気にも留めていない様子の、ディアーク従士の二人。

 彼らがディアーク従士として少年の前に現れたのは去年の春。帝国下級騎士ミニステリアーレの中からほぼ無作為に選ばれるディアーク従士団は、万が一にでも監視対象との親交が深まらないように二年で交代となる。その為、少年にとっては四度目に結成された従士団ということになる。そして無作為という言葉通り、選出された従士たちは粗野であったり偏屈であったり、と皇族の傍に置くには憚られる者ばかりなのだ。

 特にこのダミアンとゲオルクという、齢にして共に三十を少し超えたぐらいの男たちはその好例である。帝国下級騎士を代々輩出する家門の中でも、全く無名の家系に三男坊や四男坊として生を受けた無名の者たち。ただ無名で、粗野で偏屈であるだけならまだ許容できる。しかし彼らには、ディアーク従士としては全く以て失格に足る欠陥がもう一点だけ存在するのである。


「それにしてもこの坊主、死に際に何やら変なことを言ってましたなぁ。『ディルク様』でしたっけ? ディアーク様の名前すら間違える程に耄碌もうろくしていたとは……ここらで私が殺しておいて良かったやもしれません。ミサの時に司式の段取りも間違えちまうかもしれませんから! ハッハッハ!」


 ダミアンは両用剣を鞘に納めながら豪快に笑った。ゲオルクがそれに呼応する。


「ええ、まさにその通り。『ディルクDirk』では『統治者』の意味になってしまうじゃあありませんか。なれどディアークDirk様は一生、のですから!」


 二人の間で、下卑た笑いの渦が生まれる。一方の豪快な笑い声と、もう一方の卑屈な引き笑いが不協和な狂想曲を奏でる。少年の相貌から、笑みが消える。

 そう。彼らの欠陥とは、ディアークへの忠誠どころか敬意すらも何もかもが欠けて

いるということ。だからディアークにとって家族同然のゼバルドゥスを軽率に殺しておいて、何の反省も釈明も無い。そして面と向かって少年を侮辱する。

 そんな彼らを前にして、少年は一歩たりとも動かない。


「……さーて、死体はそのままってわけにはいかんな。こんな小さくて貧相な教会だ、この坊主以外に人っ子一人いやしねぇ。俺達だけで処理するか」


「ええ……それにしても、外はすっかり真っ暗になってしまったようで」


 ひとしきり笑った後、ダミアンはゼバルドゥスの遺体を埋葬しようと提案した。それに対してゲオルクが返したように、先ほどまで落日だった太陽は完全に地平線に消えてしまって、教会の窓から入ってくる光は月が放つ淡いものになっている。


「む、本当だな。何か灯りが欲しいが……チッ。この祭壇、燭台はあるが肝心の蝋燭が無ぇじゃねぇか。どんだけ耄碌してやがんだ、この生臭坊主がよ」


 ダミアンはそう悪態を付いて、ゼバルドゥスの潰れた頭部あたりを踏みにじった。

 そしてゲオルクも「どこかに蝋燭は無いものか」と教会内を探そうとする。二人とも光明魔術や火焔魔術の適性が無い故の行動だ。

 すると、ディアークが突然口を開いた。


「おぬしら、ここに光があるぞ」


 今までずっと立ち尽くして沈黙を貫いていた少年。

 そんな彼の言葉に、ダミアンとゲオルクはつい彼の方を振り返る。

 その時。

 

 ディアークの紅き瞳が、より強く、その鋭い輝きを放った――――。

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