無限の牢獄

三石 警太

無限の牢獄

ジリジリと影が、歩み寄る。

体幹は低く、手に持ったナイフは鈍く光り、赤い液体を滴らせている。

後ろには、もう下がれない。

後ろは壁で、外の雨で結露し、湿った部分が背中にあたり、寒気が広がっていく。

なんでこうなったのか、全く分からなかった。

僕はただ、雨宿りをしようとしただけなのに。

いつのまにか、僕は窮地に立たされている。

僕の魂は、今にも天国への旅路の準備を終わらせようとしている。

一瞬、目の前の巨大な黒い影が、浮いた。

瞬間、影が2つになり、両者、無我夢中で攻防を繰り広げる。

影になって2人の顔は見えない。

だが、僕には、わかった。

その影は、ヒーローに見えた。



気持ちのいい朝。

外はさんさんとした光が降り注ぎ、木々はの光を一身に浴び、ざわざわと木の葉を揺らしている。 俺は、身支度をして玄関を出た。

玄関には、蜂の死骸がぽつんとそこに存在した。

俺は、死骸をつまむと近くの土に埋めてやった。


春、俺の一番好きな季節。過ごしやすい季節。

扉の中と外で温度差がなく、外の世界がまるで部屋の延長線上にあるかに思えた。

俺はポストを確認すると、中に封筒が入っていることに気づいた。

この名前、見たことがあるような。

それは、同窓会のお誘いだった。


メンバーは、小学校一年のクラス。

俺は、電車に揺られながら、封筒の中身を確認していた。

最寄駅は人通りがあまり多くなく、大抵座れる。

この土地に引っ越したのは、小学校を卒業したあたりからだった。

親の都合で、みんなと同じ中学校に行かず、1人この土地で新しい人生を送ることになった。

そんな、完全アウェイな集団の中に歳を重ねた俺が行くのは容易なことではない。

しかし、あいつらに会えるなら。

仲が良かった4人組に会えるなら、という思いに駆られ、同窓会に向かうことにした。

ちょうど電車は職場の最寄り駅に着いたところだった。


場所は、川崎。俺の故郷。

長らくこの地に踏み入れていなかったが、久しぶりに来たこの地は、まるで異国の地のようであった。

いつも通っていた駄菓子屋さんは、民家に変わり、いつも遊んでいた草がぼうぼうと繁っていた空き地はコンビニになり、跡形もなくなっていた。

懐かしさを感じるものは何もなく、置いてけぼりにされた気分だった。

「あれ?懐かしいなあ!」

集合場所の、母校の小学校近くにあるファミレスに向かうためバス停で待っていると、後ろから声をかけられた。

「え、お前、エザキ?」

「そうだよ!エザキ!懐かしいなあ、昔はエッくんて呼んでたよなぁ。距離ができちったなぁ」

昔は、俺とエザキとナガイとキョウイチでよく遊んだものだった。

この四人組でずっと過ごしていけると思っていた。

エザキは、他の2人とは中学校で別れたらしい。

結果的に、高校で、みんなバラバラになったのか。


「エザキは今何してるの?」

俺とエザキはバスの中で最深部の席にどっかと座りながら語らった。

「ちょっと言えないかなぁ」

エザキはニタァと笑った。

歪な顔の形は肉食動物のような印象を持たせ、その顔が歪むと、不思議な愛嬌を感じさせる顔つきになる。

懐かしい。あの頃に、戻れたらなあ。

そんなことを考えていると、ファミレス近くのバス停に辿り着く。

「なんだか、緊張するな」

「エザキも緊張とかするんだね」

「そりゃそうよ、人間ダモノ」

悪戯っぽく笑うその顔に、僕は安心した。

中には、少しの集団が占領している席があり、遠目でもそこが会場だとわかった。

客はまばらで、その集団だけが異様な熱気に包まれていた。


「久しぶりだなぁ。ナガイ、キョウイチ。」

「だね」

と、短くキョウイチが答える。

「このメンバーでずっと居れると思ったのにねぇ。すっかりみんなバラバラだぁ」

のんびりとナガイが独り言のように呟く。

俺ら4人は、集団とは一歩遠目の机に陣取っていた。

俺は、たいして友達などいなかったし、それは他の3人も同じだった。


会は夜に差し掛かり、だんだんとみんなの緊張も解けていっていた。

「キョウイチのやつ、結婚しやがってぇ、羨ましいなぁこんちくしょー」

エザキは酔いが回ってきたのか、軟体動物のようにクネクネしながらキョウイチに突っかかっている。

キョウイチも飲んでいるはずだが、酔いがまわる気配はない。

「おい、飲みすぎだぞ」

「まぁまぁ、いいじゃないかぁ。楽しいねぇ」

ナガイは酔いが回っているのかどうか、判別がつかなかった。

「あのさ、エザキは川崎離れたの知ってるんだけどさ、ナガイとキョウイチは、まだ川崎に住んでるの?」

「そうだよぉ、僕はねぇ、川崎に住んでる。みんな、一回ぼくんちに来たよねぇ?今もあそこに住んでるんだぁ」

おぼろげながら、覚えている。

近代的なマンション群があり、見晴らしが良かったような気がする。

記憶があまりないことが、俺を虚しい気持ちで満たしていく。

「キョーくんはぁ?今も川崎に住んでるのぉ?」

ナガイは、半開きのとろんとした目でキョウイチのほうを向く。

「俺は、まだ川崎だ」

この2人は川崎に住んでいながら、バラバラなのか。

時とは残酷なものだ。

出会いがあれば別れがある。

どうして出会わせるのだろう。出会わなければ、別れもないのに。


「そうだぁ、知ってるぅ?みんなで秘密基地みたいな洞窟で遊んだじゃん?あそこで変な噂が流れてるんだよぉ〜」

へ?なになに〜?気になるぅー。

と、半分無意識になっているエザキが食いつく。

それを受け流し、ナガイはキョウイチに何か話していた。

ナガイも時に残酷なやつだ。

「キョーくんは、噂知ってるぅ?」

「ああ、妻から聞いた。子供の間でも広まってるらしいな」

キョウイチが言うと説得力がある。

その内容とは、いかに。

「なんかねぇ、神隠し?が起こるんだってぇ〜、あとね、神起こしも」

「神起こしってなんだよ、グハハハ」

エザキが下品な笑い声をあげる。

「人が、いきなり出てきたりぃー、いなくなったりするらしいよぉー。」

キョウイチは無言で頷く。

俄然、興味が湧いてきた。


会が終わり、各々帰り出した。

キョウイチとナガイは家に帰り、エザキはタクシーで帰っていった。

俺も、タクシーを拾おうとしたのだが、なぜか、さっきの話が引っかかる。

11時を回ろうとしていたが、俺は洞窟に向かうことにした。


ここから洞窟までは、歩いて15分ほど。

空き地だった場所、今ではコンビニの少し奥に、洞窟はある。

ひとけはない。

その洞窟は、俺とエザキとキョウイチとナガイの秘密基地として使っていた。

いつしか使わなくなったのは、あの事件以来だろう。


雨が降る日、俺はコンビニでおつかいをたのまれていた。

帰りがけにゲリラ豪雨に見舞われて、急遽洞窟に逃げ込んだ。

その時、どこからともなくやってきた大人に襲われたのだ。

血に染まったナイフを突きつけられ、しかし、一瞬にして、形勢は逆転した。

また、どこからともなく大人がやってきて、俺のことを守ってくれた。

俺は、気を失って、気づいたら雨は止んでいて、大人達も消えてしまった。

その時、はっきり俺はわかったんだ。

あの人はヒーローだって。

あの人みたいになるんだって。

そして、俺は、まだ職にありついていない。

俺はまだ親の脛をかじって生きている、いわゆる"ニート"だ。

エザキやキョウイチやナガイは、ちゃんとした職を持ち、家庭まで持ってるやつだっている。

なのに、俺ときたら。情けない。

何のために生きているのかわからない。

そんな気持ちと決別するためにも、俺は洞窟に駆り立てられているのかもしれない。


洞窟は、あの時と姿を変えていなかった。

周りに人はいなく、鬱蒼とした雰囲気に包まれている。

でも、どこか神聖で澄んだ空気が漂っていた。

「ここで、神隠しが起きるって?んな、バカな」

半信半疑で奥へと進む、光がかろうじて届くところまで来ると、何かが、足にカンと当たった。

しゃがんでそれを掴む。

それは、血に濡れたナイフだった。

すぐそばには、刺されたような跡のある死体。薄暗く、はっきりとはわからないが、その姿に生気を感じられなかった。

「ひえっ!…さっきまで…なかったよな…?」

これが、ナガイが言っていた、"神起こし"?

途端、握っていた血濡れのナイフから、まばゆい光が飛び出した。

目を開けてられないほどの光に、目の前が真っ白になった。


ざあざあと雨の音が鳴り響く洞窟に、俺は立っていた。

目の前には、幼い子供と、それにジリジリと迫っていく男。

俺は確信した。今こそ、俺の生きる意味を見出す時だ。この瞬間のために、俺は生きてきた。この少年を救わねばッ!

「お前、何をやっているっ!」

男はギョッとしてこちらを見やると、無我夢中の様子でこちらに突っ込んできた。

俺の手には、洞窟で拾った血濡れのナイフ。

これで応戦するしかない。

男も、同じようなナイフを持っていた。

カキンッ

と甲高い音が鳴る。

「お前は、後悔するぞ?」

男は、俺に囁いてきた。

何故だか、聞き覚えがある。

「うるさいっ、これが、俺の生きてきた理由なんだッ!」

刃と刃が擦れ、ギチギチと耳障りな音を立てる。

薄暗い中で応戦しているので、相手の顔までは見えない。

足元もおぼつかなく、男は小石に躓き、ヨロけた。

俺は、その瞬間を逃さず、何度も刃で男を貫いた。

殺らなきゃ、殺られる。

我を忘れ、正気に戻った時には、男の顔を見て驚愕した。

それは、自分だった。

たちまち、その男はまるで蒸発するかのように、光に包まれ消えていった。

俺が命を賭して、殺した相手は、自分。

俺が幼き日にこの地で、襲われた時に戦っていた2人は、どちらも、俺?

あの時、憧れたのは、こんな自堕落な生活を送る俺だったというのか。

俺は絶望した。

何もかもが、嫌になった。

この、無限に続く牢獄を、今、俺が断ち切らなければ。

そして、俺は少年、幼き日の俺に血に染まったナイフを突きつけた。

その時、一瞬光に染まったと同時に、聞き覚えのある声が聞こえた。

「お前、何をやっているっ!」


この牢獄からは、抜け出せない。


–無限の牢獄–



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