『Grace ~恩寵~』


 寒い


 暗い


 そして静かだ


 誰もいない


 私は泣く


 他にすることがないから





 光きらい


 私は光を憎む


 照らすな


 私の醜さがみな照らされる


 誰にも言えないような私の恥ずかしい部分


 それがみな私の体に刻まれている 


 みんなバレちゃう


 暖かいのキライ


 私の肉は腐敗が進んでブヨブヨ


 ちょっと強く押しただけでそこから腐ってボトボト落ちる





 私は考えた


 有り余る時間があるから


 私がここにいるのは


 ある意味私のためなのかも


 闇が用意されているのは私の醜い姿が見られないため


 寒さが用意されているのは私の肉の腐敗を遅くするため


 私一人なのは恥ずかしい姿を人に見られて笑われないように


 私は苦笑いした


 最悪の状況なんだけど


 この最悪こそが最大限に私のための配慮になってるから





 美しかった髪は気が付いたら蛇に


 女優をしていた私の美しかった顔は爬虫類のような顔に


 私の吐く息は自分でも息苦しいほどの悪臭を放ち


 皮膚は醜い鱗で覆われ 


 肉は物に触っただけで簡単に痛んで腐った


 その癖またすぐに再生する


 永遠にひとりならそれもいい


 人前になどでられないから


 



 歩き回っても誰もいないことは分かっていたから


 私はじっとして思索にふける


 時間は永遠にある


 私は大成功し一世を風靡した大女優


 金も男も名声も思いのまま


 大満足のうちに生を終えた


 何がいけなかった


 何で今私はこうしている


 そりゃ成功するためには色々したさ


 人の足を引っ張った


 ライバルを陥れるための裏工作もした


 役を取るために大物とも寝た


 金の力にモノを言わせたこともあった


 でも誰が私を責められる?


 そうでもしないとトップにはなれなかった


 それが世の中だった


 成功のために必要と環境から学んだことをしただけなのに





10年ほども考え事をしただろうか


 私はここで初めて人の気配を感じた


 誰かが来る


 来るな


 来るな来るな




 来るなあ!




 お願いよおおおお


 見ないで


 ほっといて


 闇にひとりにしといて





 ひいいいいいいいいいいいいいいいいいい


 私は恐れた


 光だ


 その誰かは光り輝いていた


 白い衣から除く真っ白な美しい肌


 蛍のように飛び交う光の粒子がその誰かを覆っていた


 私の目は焼けてジュウジュウ煙を上げた


 美しいものを見たからだ


 ぎゃあああああああああああああああああ


 私は焼ける眼球を両手で覆った


 私は四つんばいで逃げた


 でもすぐに追いつかれた



 


 お久しぶりね——


 私は声で分かった


 ああ あんたは——


 地位を脅かされないよう私が手を回して


 女優として芽を出す前につぶした女


 気にもかけなかったけどあの後どうなった?


 私は不器用だから—— 


 ただ正直に頑張ったけどダメでね やめちゃった


 普通に結婚して時給いくらの仕事をしてね


 無名の人で終わったけどいい人生だった





 帰れば?


 あんたがそばにいるだけで目が痛い


 あんたの声を聞くだけで耳鳴りがする


 あんたの体から出る光が私の醜さを暴き出してしまう


 こんなところにいたってちっとも楽しくなんかないでしょ


 それとも何


 私を笑おうってわけ


 ざまぁみろってあざけろうってわけ?


 



 これも何かの縁


 私はあなたを恨んでいない


 それどころかあなたを見ていると胸が痛い


 私があなたのトモダチになる





 何ですって


 それって何かの冗談?


 ちょ


 ちょっとあんた


 正気!?





 光の女は私を抱いた


 女の白い衣は変な汁でベタベタに汚れた


 私は嫌がったが彼女はおかまいなし


 私の腐臭漂う体を優しく撫でてくれる


 皮膚にびっしり張り付いている鱗を丁寧にひとつづつ剥がす


 私が痛がると女は真珠のような涙の雫をそこにすり込む 


 すると痛みが引いた




 あんた


 いつまでそうやってる気?


 30年ほどして私はそう尋ねた


 やっと私の体の三分の一が人間らしい皮膚に変わった


 気にしないの


 時間は永遠にあるんだし


 



 私の背中に広がる醜い棘 (とげ)


 光の女は一本一本丁寧に抜いては


 傷口から毒を吸い出してくれる


 私は恐れた


 あんたイヤじゃないの?


 苦くないの?


 臭くてたまらないはず


 気持ち悪いはず


 何で逃げないの


 私にはあんたがわからない——


 光の女は言った


 きっとあなたが好きだからかな



 


 300年がたった


 光の女は言った


 今から変なことするけど誤解しないでね


 女は私の腐り落ちた肉を食べ始めた


 ちょちょちょあんたやめときなって


 臭いだけでも吐きそうなのに口にするなんて——


 女は言った


 あなたの苦しみが分からなきゃ


 私はあなたを救えない





 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお




 私の中に地震が起こった


 何でこんなに心が揺れるのか


 私の中で一体何が起こっているのか


 光の女は私にキスをした


 恐ろしい腐敗臭がするのに


 自然と涙が出た


 辛くて悔しくて泣くのはあたりまえにしてきたけど


 これは違う 


 何かが決定的に違う


 



 私の体はその構成が根本からガラガラ崩れた


 激しく分裂してはひっつき変形し


 いちから全部作り直されているような感覚があった


 おめでとう


 女は言った


 あれ


 あんたを直接見ても目が痛くない


 光を浴びても痛くない


 何より臭いが消えた


 私は自分の体を見た


 ウソ



 


 いつのまにか周囲は光に


 緑に満ちていた


 私は子どもの姿だった


 光の女も同じようになっていた


 子どもの頃からやり直すのも面白いよ


 今日からあなたと私は姉妹


 ここでは何でもかなうの


 さぁ 満喫しなさい


 心からの喜びを


 もうあなたはおびえなくていい


 苦しまなくていい


 あなたを苦しめるあなた自身はもういない



 


 さぁ 行きましょう


 新しく住む私たちの新天地へ



 


 二人で歩き続けた


 手をしっかりと握り合って


 今さらだが私は過去の事で女に詫びた


 あああのこと 別にいいのに


 女はちょっと笑って言う


 地上の人たちはかわいそう


 いわば地上で生きることは推理小説を読むのと同じ


 ヒントは世界に隠されている


 しかしどんな手がかりを選び取ってどう判断していくか


 それはその人自身が与えられる環境から判断していくしかない


 ミスリードされてしまったら戻るのが大変


 そうなったら誰かが救い出してあげなきゃ——





 ありがとね


 ありがとね


 どんなにお礼を言っても足りない


 悪意をもって傷つけたのに


 復讐どころか私を愛して哀れんでくれて


 私のような醜い者でも愛が分かったよ


 もう光は怖くない


 私はすべてを見せることができる


 すべてを誇ることができる




 お姉ちゃん


 ずっとずっとよろしくね


 明日は何をしよっか


 そのまた次の日は何をしようかな?




 ねぇ


 お姉ちゃん……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る