『鏡』


 ウソでしょ


 こんなことがあっていいの?


 


 私が手を上げても鏡の中の私は動かない


 私が笑っても鏡の中の私は笑わない


 同じ動きをしない


 上目遣いで無表情に


 私を見つめるだけ




 鏡の中の私は


 映る私を憎んでいるようでもあり


 また悲しんでいるようでもあった




 ……あなた自分が分かってる?


 声がする


 しゃべっているのは部屋の置き物のようでもあり


 絵のようでもあり 人形のようでもあり


 私を長い間同じ位置で取り囲んできた すべてのモノの声のようでもあり


 ぐわんぐわんと声が私の頭の中で渦を巻く




 鏡に映るのはそのままの自分


 でも それは顔と体だけ


 今映っているのはもしかして……?




 鏡よ


 鏡さん


 今 私の目に見えない部分まで映してる?




 声を上げて逃げればいいのだろうけど


 部屋から逃げ出して人に会えばこの恐怖から逃げられるのかもだけど


 結局後回しになるだけだ


 どうせいつかは対決しないといけないんだと


 何故かそう思った私は


 私自身に向き直った




 ……血?



 鏡から、血が




 鏡の中の私は、血の涙を流していた


 鏡の世界での私は


 醜かった


 恐ろしかった


 そして何より 冷たかった


 


 寒い


 何でこんなに寒いの




 ……目を背けるなぁ……




 鏡から背筋も凍るような叫びがする


 私にひびが入った


 どういう意味かなんて聞かないで


 入ったものは入ったのよ





 それが本当のお前だあああ!




「いやあああああああああ!」


 私はペタリと床に座り込んで泣いた


 どうしていじめるの


 確かに私はそうよ


 分かってるのよ


 憎しみが私を行きたくないところに連れてゆき


 妬みが私のしたくないことをさせ


 自己愛が私の心臓の端をしっかり握っていること


「もうやめて もうやめて……」


 そんな泣き言、聞いてくれなかった


 ……もっとよく見ろ もっとよく見ろおおおお




 私は24時間


 自分の姿なんて意識して生活していない


 自分の顔がどんなだなんて


 ほとんど考えない


 こうしてたまに鏡をのぞき込む時に思い出すくらいなもの




 そうね


 私は自分がどんな人間かなんて


 鏡に映すように確認なんてしてなかったね


 どんなにひどい人間だったか


 親 友達 仕事仲間 社会で関係を持つすべての人に対して


 気が付かないうちに


 一体何人を傷つけたか


 誰に心無い言葉を投げつけたか

 



 灯台は遠くを照らすけど


 自分の姿を照らし出すことはない


 人のあらばかり見えて


 自分のは見えてなかった


 人に『手にとげが刺さってるよ』


 そう注意しながら


 私自身の頭にはナイフが突き刺さっていることに


 まったく気がついていなかった




 ……もう今日のこと忘れない?


 鏡の中の私は聞いてくる


「忘れない」


 私は 心から言った


 決してその場しのぎではない


 ……あなたの大事な人たちに謝る?


「謝る」 


 ……人のことばっかり分かった気になって

 自分のことを一番分かっていなかったこと

 素直に認める?


「認める」




 私の部屋のモノたちは口々にこう言った


 信じてあげる


 あなたはいつも鏡の中を歩きなさい


 人よりもまず自分を見つめなさい


 いつもあなたの自分の姿を映し出し


 自分がどんなだかを問い続けなさい


 そうすればあなたは


 人に優しくなれる


 いらだたなくなる


 寛容になれる


 希望があなたから離れていくことはない


 恨みも嫉妬も苦しみもあらゆる醜い思いも


 あなたを打ちのめし追い詰める力を持たなくなる——




 バイバイ


 鏡の中の私は、ニコッと笑った


 そしてそれっきり普通の鏡に戻った


 私の顔そのままを映し 私の動きそのままを真似る




 少し苦笑した


 映っているのは見せかけの自分


 人に見られて問題ない範囲の、鎧に身を固めた自分




 私を作っていこう


 それは何より苦しい作業


 でも楽しい作業




 明日の自分はどんなかな?


 誰に優しくできるかな


 誰に幸せを運んであげられるかな


 誰の小さな助けになってあげられるかな

 



 あなたは鏡の中に何が見えますか? 


 もしかして……




 そのままの自分が映っても


 恥ずかしくない日が来るといいなぁ




 心から




 そう思います


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