第8話 Day3〜7(残り2時間)

 月曜日からの1週間はあっという間だった。

 大学へ行って講義を受け、バイトが入っている日はバイトをし、たまには友だちと飲みにも行った。

 ごくごく普通の1週間。自分にとっては何の変わりもない1週間だった。

 ただ、常にメイが一緒にくっついてきたことを除けば。

 大学の講義では俺の横の席に陣取り(ハタから見ると俺の横の席が常に空いているように見える)、わけもわからないだろうにふんふん、と聞いていた。さすがにノートを取ったりすることはなかったけど。

 バイトは本当に困った。仕事場までフツーにくっついて来ようとするので「頼むからそれは勘弁してくれ」と懇願して、従業員出口で待ってもらうということで手を打ってもらった。そもそもくっついて来てくれと頼んだわけでもないのに、どうして俺が懇願しなきゃいけないんだって感じではあったけど。

 もっと困ったのは飲み会だ。

 むくつけき野郎4人の飲み会までついて来ようとするので、これも頼み倒して居酒屋の入り口で待ってもらうということで手を打ってもらった。別に口だしするわけじゃないし、俺の後ろなり横なりでふよふよ浮いているだけではあるんだけど、美少女に野郎ならではのえげつない話を聞かせるわけにはいかない。まして、後で「圭太さん、あの話はどういうことですか?」とか問われても困る。

 とは言え、メイの方でもこの世界への順応が進んだようだ。

 夜になると人間で言うところの睡眠をちゃんと取っているらしい。飲食はしないけど、洗い物が出たときは食器洗いなんかをしてくれるようになった。出かけるまでに時間があれば、掃除なんかもするようになったし、洗濯機の使い方を理解したので洗濯までやるようになった。

 天使見習いがこんな俗世間に染まっていいのか、という素朴な疑問があったけど、俺的にはちょっとでも家事をやってもらえるのはとても助かった。洗濯も下着があるので最初は抵抗があったが、まぁこの世界の一般女子じゃないし、と割りきってやってもらうまでに時間はかからなかった。

 

 そして、1週間メイと一緒に送るうちに3つのお願いのことを、お互い忘れているかのように普通の生活をしてしまい、運命の土曜日がやってきた。

 ここで3つのお願いがメイにできなければ、メイは消滅してしまう。

 というか、仮に3つのお願いができて、神様に受け入れてもらったとしてもメイは俺の目の前から消えて、めでたく天使に昇格するわけだ。

 いずれにしても、あと2時間。メイといられる時間はあと2時間しかない。

 ここで初めて気がついた。

 先週突然降ってきたときにはただの厄介者だったメイなのに、1週間一緒に過ごしてメイのいない生活が受け入れられないということを。

 メイに情が移ってしまった……というか、メイが必要な存在になってしまったのだ。

 こうなったら、メイの願いを叶えつつ、メイが俺の目の前から消えないお願いを考える必要がある。

 時計を見る。

 あと2時間。

 どうしたらいいんだ、俺……。

 という俺を尻目に

「圭太さん、どうしたんですかぁ?」

 といつもの調子でメイが顔をのぞき込んでくる。

「あ、いや、何でもない。というかあと2時間で3つのお願いなんだよな?」

「そうですねー。そろそろお願いごとを言って欲しいなー、って思ってるんですけど、圭太さんどうですか?」

「うーん、その……なんだ。考えてるぞ。うん、考えてる。メイが消えちゃ困るしな」

「もうこれ以上落ちこぼれはイヤなんですー。圭太さん、何とかしてください!」

 俺の気も知らずに先週と同じことを言っている。

 そうじゃないんだ、メイ。

「改めて確認していいか?」

「はい」

「どんな願い事でも3つ叶えてくれるんだよな?」

「はい」

「ただ、ショボすぎるお願いは却下されちゃうんだよな?」

「はい、そこまで覚えていてくれてうれしいですぅ」

「なるほどな……」

 再び黙って考えることしばし。

 大学じゃ平凡な成績で平凡な存在の俺が、今まで生きてきた21年間で一番冴えた答えを見つけ出した。

 うん、これだ。これが通ればメイは消えないし、しかもこの世界に残すことができる。

「メイ」

「なんですか?」

「願い事は俺が直接神様に伝えるのでもいいか?」

「うーん、今までそういうのなかったし、圭太さんが言うだけで神様に届くかどうかわからないですけど、一応いいですよ。ダメなら私になんか伝わるでしょうから」

「ありがとう。じゃ、1つ目な」

「はい」

「神様、聞こえてるなら叶えてほしい。メイ……じゃなくて、俺のところにいる天使見習いをそっちの世界じゃなくて、こっちの世界で生きている人間にしてくれ」

「え? あっ、ちょ、ちょっと圭太さん!」

 しばらく間があった。

 すると、メイに変化が現れた。全身が光に包まれて、一瞬見えなくなったと思うと、今まで着ていた天使風の服ではなく、7分袖の白いブラウスとシンプルな空色のロングスカートを身に着けた美少女に変わっていた。

「お、おおおおっ」

 メイも自分の格好が変わっているのに戸惑っているようだ。

「私、天使見習いじゃなくなっちゃったんですか?」

「ちょっと待ってろ」

 背中に回ってみるとちっこい羽根がなくなっている。

「ちょっとこれを持って自分に向けてみ?」

 そう言って手鏡を渡す。今まではこの世界の存在じゃなかったから、鏡に映らなかったのだ。

「えっと、これが……私?」

「自分の姿が見えるんだな。メイは不本意かも知れないけど、神様が許可しちゃったから天使見習いじゃなくて、この世界の人間になっちゃったんだ」

「そんな……急にそんなことされても……」

「じゃ、2つ目のお願いだ、神様。もし、この元天使見習いの心に少しでもその気があったなら、俺の恋人にしてくれ」

 これもしばらく間があった。

 するとメイがモジモジしはじめた。

「あ、あの、圭太さん……」

「どうした、メイ?」

「わ、私、こういうの初めてでよく分からないんですけど……その……私の前からいなくならないでくださいね?」

「も、もちろんいなくならないぞ」

 どうやら恋人にしてくれるって話も通ったらしい。照れているらしいメイが可愛い。というか、そんなこと面と向かって言われて俺だって照れる。

 神様もこのくらい規格外のお願いだと聞いてくれるんだろうか。単に落ちこぼれ天使を厄介払いしたかったのか。まぁ、俺にとってはどっちでもいい。少なくともメイは消えずに目の前にいるし、恋人って設定も自然な形でお膳立てしてくれた。

「じゃ、最後のお願いだ。この天使見習いがこの世界で生活するのに困らないように、戸籍やら身分やらこの世界で生活する方法やらの知識を授けてやってくれ。あと、2人で暮らして行くに困らない程度のお金を自然な形でくれるとうれしい」

 またも間が空いた。

 目の前にポンと現れたのは学生証。俺の大学と同じだ。拾って開いてみると「天野芽依」って名前まで付けられている。どうやらこっちのお膳立ても全部やってくれたらしい。

「ってことで、3つの願いを叶えてくれてありがとう。これでこいつも消えないし、願いを叶えるってミッションもクリアしたってことだよな」

 返事はない。まぁ、神様だから当然か。でも、全部お膳立てしてくれているので、もう困ることはない。

「メイ」

「な、なんですか、圭太さん」

「慣れるまでちっと時間がかかるかも知れないけど、お前はもう天使見習いじゃなくって人間だ。俺と同じ人間。理解できるか?」

「はい、その……圭太さんと一緒なら大丈夫だと思います」

「まぁ、何かあったらちゃんとフォローしてやるから大丈夫だ。これから改めてよろしくな」

「はい! 圭太さんよろしくです」


 こうして、1週間前に空から降ってきた天使見習いの美少女は人間となって、再出発することになった。

 出会いは奇跡、1週間の生活も奇跡そのもので、人間になれたのも奇跡だろう。

 そして、奇跡からつながった今日からは平凡な日々が続く。それもまた奇跡なんだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神様の贈り物 飯島彰久 @cbcross

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ