答え合わせ

 夕闇が迫るころ神社への階段を登る 空を見上げると巣に戻って行くのか烏が群れをなしていた

 日曜のこんな時間に小さい神社に訪れるものなどいなく 時おり風に揺られた木々の音だけがざわめく


「あの時はお昼だったね」


 俺につられたのか、あかりも首をすくめながら空を見上げ呟いた


「そうだったわね」


 同意するひまりの口元は少し緩んでいた

 あの頃を思い出しているのか それともこれからの答え合わせで起こるであろう修羅場からの自嘲からか


 境内に辿り着いたは良いが 何処から始めれば良いのか分からない

 6年前の俺の嘘から始まったのであれば俺から口を開くべきなんだろう

 ここにきて真実を本音を告げるのが怖い

 来る途中に出来る限りのシミュレーションをしてみたが その度に結末は異なったけどハッピーエンドにはならなかった 誰かが必ず傷付く 恋愛ゲームでは攻略なんて簡単でキャラ事のハッピーエンドを迎えられるのに


 冷たい風が吹き抜ける ひまりの艶やかな長い髪がなびくと片手で押さえ 俺は思わず寒さからポケットに両手を突っ込んだ


 くそっ ここまで来て怖じ気づいてどうすんだ?

 進むためには仕方ないことだろ 後戻りなど出来ない所まできてんだ

 全てを正すために

 ポケットに突っ込んだ手で力強く握り拳を作り


「6年前、事故の数日前に俺の家に電話がひまりから掛かってきた」


 ひまりは目を丸くし、あかりはビクッと肩を震わせた 。やっぱ、ひまりは知らなかったんだな


「正確には、ひまりの振りをしたあかりからだけど」

「き 気付いてたの? 」

「あぁ 少し前に俺がひまりの携帯に電話した時に取ったのもあかりなんだろ? 」


 罰が悪いように小さく頷くあかり


「その時は気付かなかったけど、6年前の10歳の俺はすぐに気付いたんだ」

「10歳の頃にあかりは私の振りをして何て陽太くんに電話を掛けたの? 」


 俺が言うよりも早くあかりが口を開く


「軽い冗談のつもりだったんだけど、私とあかりのどっちが好きか? 」


 怪訝そうに俺に視線を向けるひまり あの時に俺が優しい嘘なんか付かなければ良かった


「俺はあかりがひまりの振りをしてるのに気付いたから」


 言葉を止めた あかりにとっての残酷な一言が出てこない でも言わなければ 優しい嘘は人を傷付けるだけだ


「わざと、あかりの方好きだと言った」

「え? 」

「電話を掛けてきたのが、あかりだと知ってたから、あかりと答えた」


 嘘でしょ? とでも訴え掛けるように、あかりに見つめられる

 何でもっと上手く答えられなかったのか

 俺の軽く言った一言がボタンの掛け違いになったんだ


「じゃあ 陽太は10歳の頃から、あかりじゃなく ひまりちゃんの事が好きだったの? 」


 来た! 1番言われたくなかったけど 絶対に聞かれるであろう問い掛けが


「それも……違う」


 何に謝ってるのだろうか 10歳の頃から。と聞かれれば『違う』と言うのが答えだし、ひまりちゃんの事。と言われれば、それも『違う』と言うのが答えだ。


「ごめん」


これ以上追及されたくなくて 咄嗟に出た謝罪の言葉


「わ 私はクラスメイトの噂話から、陽太くんとあかりは両想いだと思ってたのに」


 ひまりは怪訝な表情から眉根を寄せ困惑顔になっていた。


「そ そ それは、あかりが陽太から『あかりが好き』って聞いたから、嬉しくて友だちに言っちゃったからだよ。多分」


 勘違いしていた自分が恥ずかしいのか どんどん語尾が小さくなっていくあかり

 やっぱり最低だな俺は 優也さんにも海斗にも言われてたけど 2人を弄んでたと思われても仕方ない


「私はてっきり2人が両想いだろうから、一発逆転を狙って、この神社の噂話を利用しようとしたわ」

「それはあかりもだよ。電話でしか言われてなかったし、ひまりちゃんの振りをして聞いた言葉だから、ちゃんとあかりとして聞きたかったし」


 ひまりとあかりが互いに自分の中で問題の答えを探す様に呟く


「この神社には、あかりが行こうって言ったんだよな」

「そうね。あかりが神社に遊びに行こうよ。って言ったのを利用して私は先回りしてお参りしたの。そして後からやって来たあかりに噂話にはなかったを言ったわ」

「ひまりちゃん。作り話って? 」


 ひまりは一瞬だけ目を瞑ると意を決した様に一息吐いた


「告白が成功するには相手より先に公園に付いてないといけない」



 6年前の記憶を辿ってみる ひまりが先に来ていた神社で俺たちは少しだけ、鬼ごっこやかくれんぼをして遊んでいた


「陽太。今から公園に移動して遊ぼうよ。先に着いた方がジュースおごりだよ」


 瞬き2回して何かを企む様に微笑むあかりはそう言うとダッシュして公園に向かい

 俺も後をすぐに追ったが運動神経抜群のあかりに10歳の頃の俺は追い付けず 無我夢中であかりの後を追ったんだ


「じゃあ あかりはそれを聞いて俺を公園へと誘導したのか? 」


 頷くあかり


「私がそんな作り話さえしなかったら事故も起こらなかったはず。1番最低で嘘つきなのは私だわ」

「でも、何でひまりはそんな作り話をしたんだ? 」

「……あかりだけを公園に向かわせて、陽太くんと2人きりになりたかったの。まさか陽太くんがダッシュして後を追うなんて所までは考えてなかったし、2人だけで遊ぼうと誘う勇気もないし、陽太くんと遊ぶときはいつもあかりがいたから、我が儘で性格が悪い女の子なのよ。私は」


 常にひまりは自分を良い子何かじゃない。と言っていたのは、この時の負い目からか

 子どものつく、浅はかな嘘が連鎖して最悪な結果に繋がる


「ふ~ん。でも別にひまりちゃんのせいじゃないよ。もうそろそろ公園に移動しようか? 」


 ひまりの作り話のせいで、事故に遇ったのにあかりは特に怒る様子もなく振り返ると階段に向かいながら淡々と答える


「あの時のあかりは陽太に追い付けられない様に必死に走ってたからね」


 階段を降り公園に向かう 陽も完全に落ちて辺りはすっかりと暗くなっていた


「陽太も運動神経は悪くないのに あかり良く逃げ切ってたよね? 」

「あかりの運動神経は小5レベルじゃねーだろ」


 あかりの小さい背中だけを見つめて、小さい背中だけを追い掛けてたのに、なかなか追いつかなかった


「っと、ここの信号だね」


 信号の手前であかりは立ち止まった

 点灯する赤……今でも冷や汗が出てくる この場所を危険だと本能で知らせ、心と体が嫌がっている

 全身の毛が逆立ってくるのを感じる


「あかりも怖いし思い出したくないけど、進まないとだね」


 信号は赤から青へと変わる


「渡ろっか」


 あかりの少し後ろを歩き さらに俺の少し後ろをひまりが付いてくる


「はい。ストップ! 」

「どうした? 」


 振り向いたあかりは泣いていた


「ごめんね。あかりはここで転んだんだよ」

「……っ! 」


 頭が割れそうな痛みとともに また6年前に戻る


 俺の前を走るあかりの背中に追い付きそうになった瞬間 あかりの小さい背中が視界からフッと消えた

 かと思うと俺はバランスを崩しアスファルトに倒れ込んだ

 すぐに周りを確認すると 俺の後ろであかりが転んでいた

 慌ててあかりをお越しあげようとしてる時に 車が突っ込んで来た

 あかりは片膝を着いたまま、俺の手を振り払い押し出した


 車は急ブレーキを掛けるも間に合わず、撥ねられたあかりはスローモーションみたいに、ゆっくりと吹っ飛んだ


「陽太! また赤になっちゃうから早く。ひまりちゃんも」


 あかりは俺の手を引っ張り信号を渡る


「うわぁ 陽太の手汗が気持ち悪い」


 渡りきった所ですぐに手を離される


 フラッシュバックは続き、撥ねられたあかりは

 顔だけを上げると


『陽太、忘れないでねあかりの事 あかりも大好きだよ』


 そう言って微笑んでから『ごめんね』と、口は開いていた


「だから、陽太が悪いんじゃないよ。あかりが勝手に赤信号に突っ込んで転んだだけ。それに陽太も少しだけど昏睡状態だったし記憶もなくしてたんでしょ? ひまりちゃんの振りをして電話を掛けたのを最後にひまりちゃんに謝りたかったし」


ごめんね。の言葉は俺にじゃなく俺の後ろにいた『ひまり』に向けてだったとしても


「違う! 俺が赤信号をしっかり見てれば、あんな事故は起きなかった」

「私が最初に作り話をしなきゃ良かったのよ! 自分の為だけに変な話を吹き込んだ私が1番最低だわ。謝っても許して貰えない事くらい分かってる。本当にごめんなさい」

「あ~あ ひまりちゃんまで泣いちゃった」

「だって……だって私がいけないんじゃない。2人が昏睡状態だった時は、物凄く不安で物凄く怖くて物凄く寂しくて、1人でどうして良いか分からなかった」


 顔を覆う両手から漏れた涙はアスファルトに零れていく


 正解も点数もないのに間違っている事だけは分かる この答え合わせを終わらせるには 公園へと向かい 6年前に出せなかった答えを出すしかないのだろう


 誰でも良いから間違いだらけでも 前へと進もうとする俺たち3人に花丸を付けてやって欲しい


6年前には辿り着けなかった目の前にある公園へと歩みを進めた。



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