薄氷

 会場に響く拍手の中、咄嗟にひまりの胸に顔をうずめた


 心臓が体を突き抜けて出てきそうだ

 頭の奥底から水泡が止めどなく涌き出ててくる。

 水泡は弾けると、そこから閉じ込められていた記憶が次々に甦って来る

 自分で閉じ込めた記憶なのか 他人から抑圧を受けて閉じ込められていた記憶なのか


(陽太、忘れないでねあかりの事 あかり大好きだよ)


 頭の中にあかりの声で再生されループする言葉は

 あかりが眠りにつく前のどうしても伝えたかった最後の言葉


 そして、瞬きをしたかと思うと微笑みを浮かべ『ごめんね』口の動きは、そう開いていたんだ



「……太……陽太……おい、陽太聞こえてるか?」


 海斗の声にハッと我に返る 呼吸が乱れ息が出来ずに自分の首に手を伸ばすと


「陽太君、大丈夫だよ。落ち着いて深呼吸して」


 あやす様な優しい大好きなひまりの声が安定剤の様に染み込んでくる

 俺を見上げるひまりの目は何処と無く悲しげだ

 首に伸ばした俺の手を そっと掴むと上半身だけをお越し抱き締めてくる


「ごめんね陽太君 もう終わりにするから」


 耳元で囁かれる……

 俺は双子ツインズから謝られる様な事をされたのか?

 謝るのは俺の方なのに?


「おいおい。幕は降りて劇は終わったし、マリーは生き返ったりしないから」

「そうだよ。ラブシーンが少なかったからって、終わった後にぶちこんで来るなよ」


 無事に劇を終えた安堵感からか、クラスメイトが笑い合いながら茶化してくる


 劇は大盛況に終わったらしいが どうでも良い

 深く息を吸い込みゆっくりと吐き出す

『もう終わりにするから』頭に酸素が行き渡ったのか思考がようやく追い付いてきた。


 ひまりの言葉も気になるが、あかりの言葉をひまりが言ったことで思い出した。

 俺はあかりに謝らないと……今回は気付かなかったのに、10歳の頃の俺は気付いたんだよな。

 退化してるじゃねーか、俺の大バカヤロー!!



「みんな俺の脚本を素敵な劇にしてくれてありがとう!! このまま打ち上げに行こう」


 脚本を書いた大地が舞台袖から興奮ぎみに走り寄ってくる

 賛同するクラスメイトも多い中で

 ひまりの手を握ったまま立ち上がり、ひまりも立ち上がらせる


「お疲れ様。陽太もひまりちゃんも凄いよ、あかり感激しちゃった」

「ありがと。史上最多得票でミスコンになった、あかりの方が凄いけどね。ね、陽太くん? 」

「そうだな」


 あかりは俺の吐いた嘘を知らない それを信じたからこそ 最後に『あかりも大好きだよ』と言っていたんだ。

 とても残酷な嘘。


 今更ながら優也さんが言ってくれた優しい嘘は付くな。って言葉が突き刺さる。あの言葉を10歳の俺に言ってやりたい

 周りからはいつも通りに見えるだろう俺たちだが、3人の間には薄氷の様な脆く薄い壁があるのが感じられる

 そこに触れてしまえば軽々と壊れてしまうのが分かるからこそ 誰も今は触れようとしない

 3人の中だけに微妙な空気が流れる



「まっ 行きたい人だけで打ち上げしようぜ! 俺は行くけど、行く人は挙手! 」


 俺たちの空気を感じ取ったのか、海斗はチラッと目をこちらに向けてからクラスメイトに明るく声を掛けた。


「26、27、28っと。あっ 俺を入れて29人。今からこんだけの人数、予約出来っかな。知り合いの店に電話してみるわ」


 次々に上がる手に指を指しながら数えていた海斗は 数え終えると少し離れてスマホを操作し出した


「ってか、主役2人が来ないと盛り上がらないでしょ」


 クラスメイトの言葉が照れるぜ。主役って言われると、少し恥ずかしいな

 誰が何て言っても本日の主役は見事に難役を演じきった俺に、俺自身も異論ないけどな


「そうだよね。ヒロインのひまりさんと、ミスコン優勝のあかりちゃんがいないとだよね」

「うん。ほんっとーに、ひまりさんは綺麗過ぎて神々しく、あかりちゃんは魔法少女よりもファンシーで可愛かったし」


 そっちの2人かよ!

 俺の扱いは相変わらずなのね!

 主役やったばかりなのに、もう脇役以下のエキストラになっちゃってるよ!!


「OK! 駅前の知り合いの店が予約出来たから17時に校門前に集合で、1度家に帰りたい人は帰って現地集合でも大丈夫」


 そう皆に話すと海斗は俺たちに振り向き


「21時までは何だかんだやってると思うから来れそうなら3人で来いよ」

「あぁ 3人で行くよ」


 双子ツインズはどう思ってるか分からないし、俺の独りよがりな願望が混じってるかも知れないが、3人で行きたいんだ


 海斗を先頭にクラスメイトが次々に会場から出ていくのを見送り


「さてと。私たちは私たちで全てに決着をつけないとだね」

「ひまりちゃんも、ちゃんと10歳の頃に戻らないとダメだよ」

「で 出来るだけやるわよ」

「さっすが~ メインヒロインのマリー」



 2人のやり取りに思わず笑みが溢れる

 俺だけが傷付けば良いのに

 誰もまだ知らない答え合わせの結末がどうか……どうか双子にはハッピーエンドで終わります様に

 おそらく無理であろう自分勝手なお願いを 知っている限りの神様を頭に浮かべて力の限り願った



「よし 神社に向かうぞ」

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