思ひ出ボロボロ

 思いの外 文化祭での出し物決めに時間が掛かってしまった

 HRでも決まらず 放課後に有力候補を絞り多数決にした結果 劇になってしまったのだ


 一部のステージに上がる貧乏くじをひいてしまう生徒を抜かせば 道具を作ったりして終わりなのだから楽な部類だろう


「じゃあ これで終わりにしますので、何を劇にするのか? と、配役は明日のHRで決めたいと思います。劇の題材を各自で考えて来て下さい」


 椅子から立ち上がる音と同時に気の抜けたクラスメイトの返事が帰ってくる

 真面目に参加しようとする奴は少ないのだろう


 俺たちも教室から出て同好会のある離れの部室へと向かう


「なぁ 今日はバイト休みだから同好会に行くけど、劇の題材とか話し合っても良いか? 」

「あかりは別に良いけど 明日決めるんじゃないの? 」

「あいつらが真面目に題材を持ってくるとは限らないからな。文化祭実行委員としては、保険として予め決めて置きたい」

「だな。またHRでも決められないとかは皆も嫌だろうし」


 ん? 何かひまりの様子がおかしい

 ボーッとしていると言うか心ここにあらず。と言うか


「ひまり? どうした? 」

「え? べ 別に普通だけど」

「なら良いけど。何か思い詰めてそうな顔だった気がしたから」

「そう? 元からこんな顔なのだけれど」


 あれ? 何か素っ気ない気がするが 言われてみれば ひまりはこんな感じが通常運転だったような気もする


 部室前の花壇はレンガで囲われているのだが

 そのレンガに腰をおろして膝を抱える中学生の姿がみえた

 中学生は俺に気付くと立ち上がり ペコッと頭を下げた


「き 昨日はありがとうございました」

「え? どなた? 」

「はっ? 昨日ご馳走してくれたじゃないですか? 」


 隣にいるあかりの視線が痛い 確かに俺は昨日『来栖ひなた』と言う陽キャな金髪ツインテールの美少女にご馳走はした。

 が、今、目の前にいる中学生はモサッとした黒髪を2つに縛ったお下げスタイルで分厚い眼鏡を掛けてる 休み時間に1人で文庫でも物静かに読んでそうな女の子だ


「いやいや 金髪ツインテに……」

「もう 鈍感ですね。これウィッグと伊達眼鏡です」


 女の子が眼鏡とウィッグを外すと長い金髪が波打ち 後ろ髪を2つに分けた。

 紛れもなく昨日見た金髪ツインテール美少女である


「あっ 先パイ リップクリーム返して下さいよ」


 来栖はそう言って近付いて来ると 俺のズボンの後ろポケットに手を突っ込んで来る


「あれ? こっちだったっけ? 」


 右ポケットと左ポケットを同時にまさぐられているので 抱き締める様な感じになってしまった


「あった。あった。もう 先パイ 唇カサカサ何だから」


 昨日 引っ張り上げた際に抱き付かれたが

 その時に入れられたのか?


「立ち話もなんだし 用事があって来たのでしょ? 中に入りましょう」


 鍵を開けるとひまりはスタスタと中に入っていくので後に続いた

 あかりは終始警戒してるのか 猫みたいに毛並みが逆立っているように見える


 全員が席に着くと視線が来栖に集中する

 ウィッグと眼鏡を着け直しているので 昨日の面影はない


「で 陽太 こちらの中等部の女の子とはどういう関係で? 」


 海斗が聞いてくるが どういう関係なのだろう? 昨日知り合ったばかりで友達でもないし


「お金貰って、話し相手になりながら、ご飯食べさせて貰ったりする関係です」

「来栖、何言っちゃってんの? 」

「でも、事実じゃないですかぁ? 」

「むぅ~ 陽太どういうこと? ひまりちゃんも何か言ってよ」


 ひまりは お上品にお紅茶を飲んでらっしゃる

 表情と態度からは全く分からん


「冗談ですよ。突然押し掛けてしまい すみませんでした。私は中等部3年『来栖ひなた』と言います」

「で、 ひなちゃんは何でここに来たの? 」


 海斗は勝手にもう愛称で呼んでるよ


「海斗先パイですよね。中等部の女子の間でもイケメンで有名ですよ」

「え? マジ!? あんま年下には興味ないけど嬉しいね 」


 まっ 海斗は外面だけ見てればモデルみたいな顔してるしな


「私、相談があって来たんですけどぉ ミスコンで優勝したいんです! 」

「ミスコン? なにそれ? 」


 あかりは文化祭も初めてだったな


「あかりは知らないか。日桜学園は中等部と高等部でミスコンがあるんだ。歴代優勝者にはアナウンサーや女優にモデルになった人たちも沢山いるぞ」

「すごっ! ひまりちゃんも出るの? 」


「もう 出られないわ」


 相変わらず無表情で口だけを開く 精巧なアンドロイドみたいに思えてくる


「ひまりは中等部3年間と去年で4年連続で選ばれてるから殿堂入りで出られないんだ。中等部と高等部在籍の6年間で4回ミスコンに選ばれると殿堂入りだ。今までに2人しかいないらしいけど」

「さっすが、ひまりちゃん! でも、ひまりちゃんもミスコンとか出るんだね」

「ミスコンに出てれば、ほかの催しは出なくても良いことになってるからね。だから、今年は必ず劇には参加しないといけない」


 少しジト目になりながら 器用にシュガースティックをペン回しする様に回しはじめるひまり

 本気で劇が嫌そうだ くじ引きで裏方業務になるのを祈るしかないな


「あ あのぉ 先パイ方 私の相談が」

「あっ 来栖 悪い。で、何でミスコンに出たいんだ? ってか、お前可愛いから去年も一昨年も出ようと思えば出られただろ? 」

「え? 私がなんですかぁ? 聞こえなかったんで もう一回 いや、もう百回位言って貰って良いですかぁ? 」

「何で面倒臭い彼女みたいな事言ってんの? 」

「ひどぉい 先パイの彼女ですよね私 」


 あかりがプク顔のまま 来栖に対抗するかの様に


「あかりも陽太にご馳走になる事もあるし、2人でお風呂に入った事も2人一緒にベッドで寝た事も沢山ある」


 それは幼い頃で大体は

 ひまりと3人で。だろ……


「そうなんですかぁ でも日桜学園って付属の小学校ってありましたっけ? 」


 見下ろすような目線と口角を上げる来栖

 ホント良い性格してるよコイツ


「むぅ~ 」

「冗談ですって。すみません『鈴影あかり』先パイ。あまりにも可愛らしいんで、つい」

「なんなのさ。で、クルースはミスコンに何で今まで出なかったの? 」

「『クルース』って私の事ですよね」


 来栖だから『クルース』なんだろうな『ライス』じゃないだけ良いだろ


「私は目立たない。ボッチですから」

「お前 昨日はガラス窓に張り付いてめちゃくちゃ目立ってたぞ」

「それは中が見えなかったから仕方なくです。で、中学生活も何の思い出もありません。だから1つ位は残したいんです」

「それは、ひなちゃんがウィッグで黒髪お下げと眼鏡をしてる事と関係あるの? 」


 陰りのある表情をしながら来栖は頷く


「はい」

「来栖、言いたくなければ言わなくても良いが 知っていた方が協力はしやすいと思うぞ」


 来栖は罰が悪そうに唇を噛み締める 時計の針の音だけが暫く響いた


「わ 私、小学生の中学年位から苛められてたんです。女子からですけど」


 こんなヅケヅケ物を言う子が? 不思議でならない

 来栖はウィッグと眼鏡を外し机に置いた


「お父さんがイギリス人でお母さんも日本人とフランス人のハーフでしたから、その遺伝で髪の毛も金髪に近いし顔も外国人顔です」

「その影響で苛められてたのか? 」


 今どきハーフやクウォーターなんて珍しくもないだろうに そこの部分よりも可愛いから苛めの対象になった気がする

 大方、男子とも分け隔てなく話せる来栖が男子に惚れられ、その男子を好きな女子に苛められた。とか


「ハイ だから中学校は知り合いがいない、ここの学園に入って、苛められないようにウィッグと眼鏡を着けて目立たない様にしてたんです」

「隠して生活するなんて辛いね。俺だったら不登校になってグレるわ」

「それはそれで親に心配掛けちゃいますし」

「で、クルース。それとミスコンとの関係は? 」


 あかりも機嫌が直ったのか表情は柔らかい


「小学校の3年間と中学校の3年間、計6年間。私は私を記録としても記憶としても何も残ってないです。小学生はもう諦めるしかないですが、大人になった時の思い出がないのも寂しいじゃないですか? 」

「まぁ……な」



 それは6年間、昏睡状態だったあかりにも言えることだ あかりは不可抗力だったけど その間は記憶も記録もないのだから


「だから思い出として欲しいんです! 」

「でも 何で来栖は俺たちに頼るんだ? 」

「だって……」


 今度はモジモジと ひまりに流し目をする


「だって……殿堂入りした『氷の美少女』鈴影ひまり女王様がいらっしゃるではありませんか。アドバイス何て頂けたら、あっ もうダメ。とうと過ぎで目も合わせられません」


 両手で顔を覆う来栖だが 指の隙間から ひまりを見てるのだけは分かった

 当のひまりはと言うと あれ? ここまで無表情だったっけ? 氷ってより鉄なんだけど

 こっちが普通で、この前までが異常だった?

 もう 分かんなくなってきた


「どうするよ。陽太? 」

「文化祭の実行委員で忙しいし、出し物によってはさらに忙しくなるから、出来る範囲でなら良いけど」

「さっすがぁ~ 先パイ。またご馳走させて上げますね」


 何故 俺が払わなきゃならんのだ?


「ねぇ あかりもミスコンに出られる? 」

「は? 」

「だから、あかりも出たい。クルースが中等部で優勝、あかりが高等部で優勝するのだ」

「出るには2週間前までに推薦人を 20人以上集めないと駄目だぞ」

「余裕だね。他校や中等部の生徒もいるけど私のファンクラブ会員数は3桁だからな」


 それ非公認のファンクラブだろ? 何で公認みたいにしちゃってんの?


「先パ~イ。ボッチの私に今から20人の推薦人何て集められると思います? 」


 こっちはこっちで何を自信満々に言ってんだよ


「あかりはクラスの奴らだけでも十分集まるし、来栖のは俺が推薦人集め手伝うよ」

「あっりがとうごっざいま~す 大好きですよ先パイ 」


 くっ ズルい。また語尾にハートマーク付けやがったな


 語尾上げでの先パイ発言は正直キュンっとくる


「陽太! 鼻が伸びてる」

「天狗か! 伸びてるのは鼻の下だ」

「へぇ 鼻の下伸ばしてる自覚はあるんだぁ」


 あかり怖ぇ すいません

 今 縮めました。

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