太陽はまた昇る

賢者テラ

短編

 ぼくのせいだ

 お母さんがスーパーにかいものにいった

 ついでにおやつをかってあげるというから

 ぼくは仮面ライダーのカードがおまけにつくチョコをたのんだ

 なのに帰ってきたお母さんがわたしてくれたのは

 ふつうのチョコレートだった

 ぼくはきたいしてたのとちがうから、おこった

 母さんはいった

 ゴメンゴメン

 つぎから気をつけるから

 こんどはこれでゆるしてよ、って



 なんでだろう

 ぼくはそのとき、がまんができなくって——

 やだやだ

 仮面ライダーのカードがついたやつじゃなきゃ

 まちがっちゃったお母さんなんか、ゆるさないんだから!

 ぼくはへやにこもって、お母さんと口をきかなかった

 チョコレートもてをつけなかった

 それが、すべてのはじまりだった



 二じかんご

 ぼくは死んだお母さんとであうことになった

 じでんしゃでいそいでいたお母さんは

 かどからきゅうにとびだしてきたじどうしゃにしょうとつした

 そくしだったそうだ

 じでんしゃのかごにあったのは

 仮面ライダーのカードつきのチョコ

 ぼくのきげんをなおすために

 わざわざかいにいってくれたんだろうね

 ぼくはおかしのおまけとひきかえにお母さんをなくした



 あとでけいさつのひとがそのおかしをわたしてくれた

 ぼくはそれをじめんにたたきつけた

 ぼくのじごくのようなじんせいの

 それはしゅっぱつてんだった——



(6年後)


 私は、壊れかけている。

 死のうかと思っている。

 あ、これ他の人には内緒ね。

 つい二週間前の話なんだけど。

 私のクラスメイトが自殺した。野上君、っていうんだけど。

 目立たない、大人しい男子だった。

 中学校の校舎の隅に、焼却炉がある。

 そこはグランドからも外の道からも死角になってるような場所なの。

 だからちょっと不良っぽい子がタバコ吸ったり、イジメとかするのに都合の良い場所だったの。

 野上君は、そこで死んだ。

 枝ぶりのいい樫の木があってね。その丈夫な枝で首つりをした。



 自宅の部屋に、遺書があったそうだ。

 やっぱりイジメが原因だった。

 私、何となくは分かっていた。

 クラスにいたら、嫌でも分かっちゃうし。

 私たちは、バカだ。ほんとガキだと思った。

 今だから言えるんだよ。

 野上君がもし自殺をしていなかったら——

 私たちは、鼻もちならない世間知らずのガキとして、相変わらず好きなように生きていただろう。でも、野上君は死んだ。

 いじめてた子たちは、悪魔ではなく単なるバカだから、事件を知って青ざめていた。でも、反省したとか命について考えてるとかいう雰囲気はない。

 あいつらが心配してるのは、自分たちの将来にこのことはどうひびくか、ということだけのようだった。



 そのことになぜ、私が悩むのかって?

 実は、自殺の前日に、私はその子から告白されていたんだ。

 好きです、って。

 正直、タイプじゃなかった。

 迷いなんかなかった。

 ごめん。ムリ。悪いけど!

 今になったら、思う。

 なんで、もうちょっと優しく言ってあげられなかったんだろう。

 気持はうれしいけど、今はそういう気になれないの。

 コクるのにも、かなり勇気いったでしょ?

 それはエラいと思うな~とかさ。言ってあげてたらよかった。

 でも、その時はそんな余裕、ない。

 むしろ腹が立ったくらい。

 何でこんなヤツなわけ? 中浦君だったら喜んで付き合ったのに——

 あ、そいつ結構秀才で、ちょっとカッコイイんだよね。

 自分からは気持ちを伝えられなくて、そのまま。

 まだ本命の彼女はいないらしいけどさ、競争率が高くって。

 負けて傷つくのがイヤだから、行動的に動く女子たちを静観しているだけ。



 私が断ったら、野上君はトボトボと帰っていった。

 ごめんね

 迷惑だったよね

 ボクなんかに好かれて、確かに困ったよね

 アハハハ

 今日の事は忘れてくれていいからね——

 そう言い残して。

 私は今日はツイてない、と思った。

 愛読のファッション雑誌の占いで、今日は運勢最低だったと思いだした。

 ま、明日があるさ。

 そう思って気を取り直したんだけど——

 私にとっての明日は、最悪の形でやってきた。



 野上君の遺書には、いじめた数名のクラスメイトの実名があった。

 でも、私の名前はなかった。

 失恋したことも、まったく触れられていない。

『中学生の闇! またいじめによる自殺』

 マスコミは周囲で大騒ぎをしたので、数か月は嵐の中にいるみたいだった

 取材やなんやかやで、落ちつくことのない日々を送った。

 当然、私は野上君のクラスメイト、という以外の目では誰からも見られることはない。

 でも、私だけが……知っている。

 死の前日、私が彼をふったことを。

 それは、私だけが知る真実。

 その思いは、私の中ではぜて、火花を散らし始めた。

 今では、それは燃え盛る業火となってしまった。



 私はみるみる、健康を崩していった。

 情緒不安定になっていった。

 幻覚が見えるようになった。

 自分ではそう思ってないんだけど。

「そこに、野上くんが……」

 見えるのだ。

 周りは、みんな見えないという。

 私には、見えないというほうが信じられない。

 あんなに、ハッキリ見えるのに!

 あああああ

「いやああああああああああ」

 私の絶叫が、教室にこだまする。



 とうとう、父と母は私を精神科に連れていくかどうか、ヒソヒソ話し合うようになった。

 向こうはこっそり話し合ったつもりでも、私には分かった。

 精神病院だけは、いやだ。

 私は、おかしくない。

 見えるものは見える。ただそれだけだ。

 仕方なく、私はその日から嘘をつくことにした。

 すいません、わたしクラスメイトが自殺して、たぶん気が動転していたんです。

 今は落ち着いたから、もう何も変なものは見えません。

 御心配をおかけしました——

 先生にも両親にも、その調子で対応した。

 その甲斐あって、やがて私の生活はもとの軌道に戻った。



 でも。

 今も、野上君は見える。

 危害を加えるわけでもない。

 話しかけてきて恨み事言うわけでもない。

 ただ、いるだけ。

 だから私も、ほっとくことにした。



 それも、長くは続かない。

 無視しようったって、やっぱりできない。

 ただいられるだけでも、あの時の罪悪感が思い出される。

 そしてそれが、時折私の胸を焦がす。



 ゴメンナサイ ゴメンナサイ

 ゴメンナサイ ゴメンナサイ

 ゴメンナサイ ゴメンナサイ……



 そんな時、私は涙枯れるまで、泣く。



「秋間さん、だよね?」

 ある日、私に声をかけてきた男子がいた。

 知らないやつじゃないけど、交流もそれほどない。

 隣のクラスの三田君。

 体育や技術家庭とかで隣のクラスと授業が合同になるときだけの付き合い。

 それだって、同じ空間にいるってだけで、ほとんどしゃべったこともない。

 私は同情とかゴメンだし、付き合ってくれっていう話ならなおさらだ。

 テキトーに受け答えして切り上げようって思ったんだけど。

 三田君は、恐るべき一言を言った。

「君、何を背負っているのかな」

 それだけでもギクッとしたのに、さらに次の一言は決定的だった。

「もしかして……何か、見えてる?」




(11年後)


「もうすぐだよ」

 夫の邦明は、メモを片手に汗をかきながら数歩先を歩く。

 なだらかな坂道が、山の上まで続いている。

 私も、夫の後から離れないようについていく。

 夏の日差しを受けながら汗をかきかき歩いていると——

 10分後には、眺望の開けた場所に出た。

 広大な、霊園である。

 そう。

 私は、自分自身と対決するために来た。

 本当に幸せになるために。

 過去に何があっても、幸せになれるんだということを証明するために。



 結婚したばかりの三田邦明とは、中学の頃からの付き合いである。

 絶望する私に、救いの手を差し伸べてくれた。

 彼は、誰も分からなかった私の苦悩を見抜いた。

 なぜだろう、と思っていると彼自身が話してくれた。



 僕さ、小学校のころお母さんを亡くしてるんだ

 誰のせいだと思う?

 僕がさ、せっかく買ってきてくれたおやつをさ、自分が言ったのとちがう、ってごねたんだよ

 お母さんは、それを買って帰る途中で、車にはねられた

 その時から、僕の戦争は始まったんだ

 自分がどうにかなるか、それとも生き続けるかのね

 何度も、負けそうになった

 中学に上がりたての頃、一番ボロボロだった

 こんな自分なんていなければいいんだ、って

 死にかけた

 死に切れなかった

 正直、どういう心の世界の変化があったのか描写は難しいんだ

 でも、自殺未遂をして分かった事がある

 僕が死んでもお母さんはもどらない

 僕が死んでも相変わらず太陽は昇り、そして沈む

 世の中は変わらず回り続ける



 くやしい

 僕はやるぞ

 このまま終わらない

 絶対にこの世に生きた最高の証しを立てて死ぬ

 一人でも多くの人の心に生きて

 感謝の気持ち、温かい気持ちとともに思い出してもらうんだ

 僕は母さんの死を乗り越える

 お母さんには申し訳ないけど、悲しんでいるのは間違いないけど

 ある意味、母さんの死を忘れる

 例え思い出しても、それは僕に負の感情を思い出させない

 大好きな母さん

 あなたという人間を乗り越えさせてもらう——



 だからさ。

 僕はそういう戦いをくぐりぬけてきた。

 で、君が昔の僕だと分かった。

 重い十字架を背負って、生きているのが分かった。

 放っておけなかった。

 きっと、僕の経験が生きる。

 そう確信して、声をかけたのさ——


 

 そんなことを回想していたら、夫の声でハッと我に返った。

「じゃあ、野上の墓に水をかけてやってくれ。オレは線香をあげるから」

 バッグにしまってあった線香を夫に渡し、私は水桶の水を柄杓にすくいあげた。

「……野上君」

 私は、恐れずに墓を直視し、震える声ではあったがちゃんと名前を呼んだ。

「今日はね、報告があるの。私、結婚しました」

 声に合わせて、夫も墓に頭を下げた。そしてハッキリ言った。

「僕は綾香さんを必ず幸せにします。僕がその責任を果たさないようなことがあれば、遠慮なく化けて出てきて言ってください」

 夫の言葉の後半にはウケたが、それでも泣けてきた。

 次第にそれは、号泣になった。

 だって、幸せすぎたから。



 野上君の幻覚は……もしかしたら霊かもしれない…… は、今はもう見えない。

 中学で夫と知りあって、高校時代の頃だったか。

 ぷっつり見えなくなった。

 これは私の想像でしかないが——

 野上君は、認めてくれたんだと思う。

 夫が、私を守る資格のある男だと。

 確か、私が一生側にいてほしいのは彼だ、と確信したのがちょうどその頃だった。

 心理学では、同じ問題や苦しみをもつ者はお互いに引き寄せ合うが、その関係は往々にして良いものにならない、という。しかもそれが男女の関係なら、いつかうまくいかなくなる、とも。

 でも、私たち二人にそれは当てはまらなかった。

 夫は、私が背負ったような十字架を、先に乗り越えた戦士だ。

 勝利者だ。

 私は、彼に引き上げてもらった。

 守ってもらった。

 これ以上の幸せは、おそらくどこを探してもない——

 夫にそう言ったら、笑われた。

「ちがう」

 彼は、頭を掻きながらも厳しい口調で言った。



「受けるものの中に最高なんてあり得ない。

 むしろ、与えることの方にあると思えないうちは、まだまだ人生のレッスンが残っているということだよ」



 私には、自分のわがまませいで母を亡くしたという思いがどれほど壮絶なものなのか、分からない。また、分かりっこない。

 でも、ひとつだけはっきり分かること。

 それは、夫こそ本物の人生を生きている、ということ。

 似たような目にあった者同士、共通して思う事がある。



 世の人の多くは、生きているのではない。

 存在しているだけである。



 時々、悲しくなる。

 私も、試練に遭わなければ他の友人と同じような、いわゆる平凡だが平和な人生のコースにのっかって、くだらない話題に花を咲かせる、流されるような毎日を送っていたかもしれない。

『バカは死ななきゃなおらない』

 というけれど、人間は痛い目を見ないと本質に目覚めないのだろうか?



 泣き続ける私の震える背中を、夫はさすってくれる。

 野上くんの墓石は何も言わないけれど、きっと喜んでくれていると思う。

 私、秋間綾香の十字架を背負う旅は、ここに終焉を迎えた。

 これから、三田綾香となる。

 夫と手をつないで、二人三脚で歩む旅が始まるのだ。



 きっと、私たち二人はお役にたてるはずだ。

 絶望的な失敗や不幸の中にいる人たちを救うために——。


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