第8話 あらやだ! お味噌切れちゃってるじゃない!

 めずらしく、というのか、朝(ギリギリ朝)起きると、ヨシエさんがいなかった。


 家の中はしんと静まり返っていて、何だか認めたくないけどちょっと寂しい。


 まぁ、毎日あれだけうるさかったんだから、そう思うのは当然のことだ。


 なんてちょっとしんみりしていた時だった。


「みくちゃーん、お味噌分けてー」


 視界の端から、あのふくよかなボディが現れた。とことこと――というか、てっぷてっぷと歩いている。初めて見るエプロン姿である。何かあんまり可愛くない猫のアップリケがついたエプロンだ。


 手には小さなタッパー。


「びっくりよ、タッパー開けたら空なの!」


 成る程、この中に味噌を入れてくれってことね。


「ていうか、ウチに味噌ないですよ」

「何で?」

「何で、って。私、料理しませんから」

「何で?」

「何でって……。料理、苦手ですし……」

「ふーん、じゃ、あたしとおんなじねぇ~」


 は?

 いやいや、そんなエプロン姿で味噌を使った料理を作ろうとしてる人とは絶対同じじゃないから。


「とりあえず、ウチに味噌はないです」


 と、ぴしゃりと言うと、ヨシエさんは、ちょっと悩んでから、


「よっし! じゃあ今日は味噌汁なし!」


 と声高に宣言した。


「えっ、なくて良いんですか?」

「良いじゃない、1日くらい。まさかだし汁だけ飲ますわけにもいかないでしょ?」


 そこまで準備してるんじゃん。


「いや、ほら、何かこう……あるじゃないですか。お吸い物とか」

「あぁ! その手があったわね! やぁっだもうあたしったら! もう作らないって思って、すぽーんと抜け落ちてたわぁ。アーッハッハッハ!!」


 あっはっは、じゃないよ。

 主婦の癖に、料理出来ない私に指摘されてるんじゃないよ。


「いやー、やっぱみくちゃんは頭が柔らかいわねぇ~。よしよし、じゃあお醤油入れて、すまし汁にしーましょっと!」


 と、るんるんと、どこかへ歩いていく。一体家はどこなんだろう。まさかこの部屋の中ではないだろうけど。


 いま何時だろう、と一瞬だけその後ろ姿から目をそらす。その、わずかな隙に、ヨシエさんは、ふ、と消えていた。


「さて、私も何か食べるかな」


 と。

 

 冷蔵庫の方へ歩いていると、背後からあの声が聞こえてきた。


「みくちゃーん、お醤油あるー?」


 むしろ何ならあるんだよ、アンタんトコ。 

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